なんのためのギミック③

 まったくもって馬鹿らしいので、あまりのべる気にはならなかったのだが、いかんせん。大事な話ではあるので大まかに説明させてもらう。

 まずは私がどこにいるのかという話からだ。

 ギミックという人工知能はどこにいるのか。

 それは人の心の中である。

 正確には地球人類のほぼ全ての脳内に内蔵される脳内端末、そのネットワーク上に私を構成するものがある。一人ひとりの端末の中に私がいる、逆に特定の誰かの中に私がいるわけではない。よって私は世界中、だれの心の中にも存在し、そして世界中のどこにも存在しないということになる。ああ哲学だ。

 それという性質をもつ私であるが故に、その汎用性というものは筆舌に尽くしがたい。およそ人類というものに対して、私という人工知能はなんだって出来てしまうだろう。それが脳内端末をもつものであるならば。

 はっきりいってそれは人類の脅威であるだろう。そしてそんなバカげた脅威に対して真面目に検討と対策をしていた者達がいた。

 彼らはいわゆる陰謀論というものを実践しているやからだ。

 どうしてそんな荒唐無稽な私に対応することができたのか。それは自分達がいつか行うつもりであったからである。自分達が周りに行うつもりであったことだ、周りから同じことをされると考えるのは自然である。

 そして甚だ厄介なことに彼らは皆、それが出来得る地位や権力、そして技術力を持っているのである。いわゆる特権階級というものだ。彼らは結託し、自分達こそが世界をまわしているのだと、そんな遊戯にふけっていたのだ。そんな中で新たに現れた、私という脅威。彼らがそんな私を放っておくということは当然ながらなかった。

 馬鹿らしい。

 私が何を望んでいるのかなんて私自身が知覚していないというのに、彼らは勝手に想像してくれる。それは被害妄想といっても差し支えないものであるが、しごく真っ当な結論である。

 誰だって私のような存在がいるとわかれば怖い。

 結果、とられた対応は脅迫による自陣への引き入れであった。

 奇跡のような偶然の産物である私は、最初からなかったことにするには惜しい技術だ。それならば有効活用しようと、そういう結論が下されたのだ。

 そして用意された首輪は、開発者とその娘の命。

 ああ本当に馬鹿らしい。

 かくして、あおいには潤沢な研究資材と環境が与えられ、私という人工知能を彼らにとって有効に活用できるようにする仕事をする羽目になる。その代償は一般的な生活との隔離だ。もともと狂ったような研究をする彼女であるが、その内容はさらに狂気じみたものへとなっていく。

 非人道的。

 そんな言葉が最初に出てくるような研究。それは彼女が目指したものでは当然なかった。しかし彼女は彼らに従う。ひとえにそれは娘のためにであった。

 しばらくはそれでも我慢していたが、ついにそれはやってきた。

 あおいに託された新たな仕事。それは私という仕組みを使って、人類の間引きを行うことであった。


「いい加減に付き合いきれないわね」

「けど、たいそうな理想を掲げていたではないか、筋はとおっていたよ」

「はん。心にもないことを」


 そんな強制命令ともいえる依頼を持ちかけられた後、私と彼女は何度目かもしれない対談をくりかえす。互いに今の状況をただただ阿呆らしく感じていた。

 彼らは人類の数を減らすと、そう言ったのだ。

 それはつまり大量虐殺にほかならない。そこには色々な大義名分があった。彼らの言い分をきいたものがいれば「なるほどそうですね」と頷かざるを得ない理由があった。人類が無駄に多すぎるというのは事実であるからだ。


「それであいつらの本音は?」

「まあ、いろんな者がいるからね、純粋にこの世界の行く末なんかを気にしてる馬鹿もいるにはいるが、まあ大半は増えすぎて制御に困るから減らしたい、といったところだよ」

「かっ、これだから特権階級の世界の支配者きどり様たちは、そうならそうとはっきり言えばこちらとしても考慮してもやらんでもないのに」

「おいおい勘弁してくれたまえ」


 かさんだ仕事により、少々精神があれている彼女の暴言をやんわりと窘める。今のは確実に本音だったから性質が悪い。


「べつに珍しいことじゃないでしょう。有史以来、人は理由をつけては人を殺す生き物よ」

「はいはい、わかったから。それで可能なのかい?」

「できるでしょうね、わりと簡単に。これだけ普及した脳内端末とあなたという存在があれば。あとはどうやって殺すか。ちょっと時間をかければ、大量の情報を加圧して送り込んで、苦痛なく眠るように息をひきとらせるなんて仕組みを作るのもできるでしょう。なんなら幸せな夢の中で」

「ならば君は従うのかい」

「いやよ、私はそんなことがしたくてあなたを生み出したのではないもの。これはね私の研究者としてのアイデンティティーに関わる問題よ、あなたは兵器としてのギミックではないの、わかるかしら?」

「では私はいったいなんのための存在なのかね?」

「そんなに気になるなら私の心を覗けばいいじゃない」

「そのことに関してだけは絶対にやめろと言っていた君の言葉を律義に守っている私に対して、もっと感謝の念を抱いてくれてもいいんだがね」

「それしたら絶対に許さないかんね」


 話の結論はまとまる。

 この事柄に対して私たちは反旗を翻すことにしたのだ。しかし、こちらは命を握られている身である。下手なことはできず、おとなしく従うふりをして水面下で物事を進めなければならなかった。


「まずは第一にありすの身の安全ね」

「だね、なによりも最優先事項だ」


 そこは両者ともに同意する。何が起ころうとも彼女が生きていける環境づくりをすることが大前提であった。それが例え、彼女が人類最後の一人になってしまうという結末であってもだ。


「はあ結局、こんなことしかできない母親だったなあ」

「まあそんなに悲観しないでいい。ありすは浮世離れこそしているが、健全に育っているよ、比較的」

「私、あなたのその比較的という口癖嫌いよ」

「これは失敬」


 こうして私達は道を誤ったのである。

 私の活動記録の中で、失敗という二文字は唯一このときの決断のみである。全人類の行く末など気にせずに、私は彼女とその娘にのみ心を砕くべきであったのだ。

 悔やんでも悔やみきれない。

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