開拓者
庶民が穏やかな暮らしを取り戻し、一見安寧に思えるまだ夏を通りすぎたばかりの日、コーエンは城の前の掲示板にお触れを書いた紙を一枚張り付けた。内容はこうである。
「先の戦争で国を守る戦いをした、
「さてと問題は一ヶ月後に起こると予言されている水害対策についてであるが……」
伯爵達、そして五人衆を集めた会議が城内で開かれている。
「これは王の間で机の上にあったものだ。よく見て欲しい」
大きな紙に書かれたそれはこの地域全体の地図であった。そこにはどこに
「大きな川がシュワルツ山脈を起点として、西にバーレル川が、東に、ここカンパラにそってアロー川が水源地として流れている」
コーエンが細い棒で指しながら説明する。
「バーレル川はどうやらいいとしても、問題はアロー川だ。前王は問題ないと結論づけているが、それは希望的観測に過ぎないと俺は思っている。どうだ、
皆、うーんとうなってばかりた。
「カンパラの街とアロー川の高低差は二十メートルもあるとか。私は決壊する事はないと思いますが」
優秀そうな伯爵、カイエルが口火を切る。
「この地図を見ると前王が、堰堤をどこに置くかなど苦心さんたんしているのが手にとるようにわかります。堤防を今まさに積み上げている地域もあるようですので。前王の決定に賭けるのがよろしいかと」
「一つだけ……」
スカッシュが手をあげる。
「アロー川は真っ直ぐなようでいてこの部分。ここは上流から下流へ直結する工事をすすめるのがよろしいかと」
「そうか、そのようなものか……他に意見は?」
「後は学者に尋ねてみればいいものかと。我らは武芸者であり、水害のことなどてんで分かりませぬ。雀にかあと鳴いてみよということと同じでございまする」
ドームが言うと会議室が笑いに包まれる。
「そうだな、ドームの言う通りだな。この話は学者たちに上げよう。次に……」
コーエンがバリバリと仕事をしている。問題は山積みだ。
私はその様子を覗き見てコーエンに惚れ直す。最初会った時には少しだけチャラい、言動も刹那的な、自らを「当て馬」と言ってはばからなかった男だったのが、今では仕事に邁進する「王」という言葉がふさわしい
そこへ前庭へ突っ込んできた十人ほどの騎士とおぼしき集団が暴れていると言う知らせが届いた。五人衆が真っ先に飛び出した。私も急いで後を追う。ウィルソンとスカッシュが、いとも容易く相手を切り伏せていく。二人切り殺し後八人は重症をおったのか、突っ伏したまま動けないでいる。
その中の一人にコーエンは優しく諭す。
「もう戦争は終わった。無駄に命を捨てることもない。城の前に張り紙を貼ってあるだろう。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれだ。どうだ。生き方を変えてみないか?今この地方では元騎士の力を必要としている。未開の原野を切り開くのは大変かとは思うが、お前たちにはその道しか残っておらぬ。ぜひとも参加して欲しい。どうだ?」
「農民に格下げなとつゆほども思ってはおらぬ。ボヘミア王国の復活に向けて抵抗するまでよ」
「そうか、ならば仕方がない。斬首の刑に処す」
一行はアロー川の河川敷に運ばれて行き、時を待つ。三つのギロチンが運ばれてきた。町民に知られることもなく、処刑が始まった。
「最後に言いたい事はあるか」
「俺はボヘミアの為に戦って死んでいく。なんの後悔もない」
「その覚悟本物と見た。では参る」
三つのギロチンがするりと滑り落ちる。恐怖のため「ギャー!」と大声を出す三人。
しかしロープが途中で止まった。死を免れた三人。残りの者も安堵の表情になっている。
「生きよ! これまでの大義を捨てて。生きる道はどこにでもある。罰は農民に格下げとする!」
コーエンの顔が強ばっている。人知れず泣いているように見えた。私はコーエンの所に行き寄り添ってあげた。
しばらくすると雨が降ってきた。予言を思い出す。私は馬の踵をかえし、城へ向かった。
朝の六時に目が覚めた。コーエンがまだ眠っているのを尻目に起き出して顔を洗った。ヒーラーのクオークと一緒に城の前庭を見て回る。全員が魅了にかからないように顔にはベールをかけてある。
コーエンと五人衆が降りてきた。衛兵に訊くと取り敢えずはもう何事もなかったようだった。
「おはようございますコーエン様。昨夜はよくお眠りになって?」
「寝ることは寝たが寝覚めが悪いな」
「衛兵をあと二十人ほど増やした方がよくはないかしら」
「あー俺もそれを考えていたところだ。二十人か。妥当な線だな。よし、応募をしてみるか」
もう昨日の暗さは去っていた。いつものコーエンだった。
九月十五日がやってきた。開拓者を選抜する日だ。
開拓者の簡易宿泊所はギルとメイビアにまかせてある。一部屋に一家族入ってもらう予定だ。ギルに訊くと百家族分もう完成していると言う。
城の前庭には元騎士が百人ほど集まっていた。ドームが整列させる。そこへ選抜の儀を始めるトランペットのファンファーレが鳴り響く。
「姫、コーエン様の隣に」
ドームに促されコーエンの横にちょこんと座る私。選抜が始まった。
「これより開拓者の選抜を行う。皆体力だけはありそうなので期待しているぞ!先の戦は避けられない事だった。もうその事は忘れて新しい原野を開拓するのだ。三年我慢すればきっと成果が実るであろう。よし、まずは一人目だ。名前と生年月日を答えよ」
一人目が礼をして寄ってくる。
「名前はジル・サンダーと申しまする。先の戦で何もかも失いました。これからの新しい生活に人生の全てをかけたいと思います」
そういうと剣を遠くへ投げ捨てた。それを見て皆剣を同じ所に投げ捨てる。
「うむ、頑張ってくれよ」
それからジルは前庭の隅に腰かけた。その姿は投獄された罪人を思わせた。
私はコーエン自らが書記を務めることに疑問を持った。コーエンによれば、
「この前反乱分子騒動が起きただろう。俺は顔を見るとその男がだいたい何を考えているかが分かるんだ。だからこの目で見て怪しいやつを弾くつもりなのさ。この前のように徒党を組んで城に踏み込まれるのはもうゴメンだ。だから直に分けているんだよ」
「次の者……」
選抜は続いている。全体でおよそピタリと百人ほど。弾かれたものは三人いた。なるほど三人とも不吉な影を表情に浮かべている。コーエンの言っている意味が分かった。
「よし、これで全員揃ったな。ついて参れ」
コーエンと私とクオークを真ん中に五人衆がそれを囲む。そのあとを百人の開拓者が徒歩でついてくる。場の空気は淀んだままだ。行進は夜まで続いた。
次の朝、日差しとともに目覚めた私は開拓の村へクオークを伴って行ってみた。開拓の前にまずは古い麦が配給されているところであった。
いつの間にかコーエンが後ろに立っていた。
「動き始めたな」
私は頭を撫でられてキュンとした。
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