第二章 警備兵

第一話 自転車

「待て、待てと言ったら待て」

「へへっ捕まるもんか。鈍亀」


 俺の制止を待たずに、スリは俺を馬鹿にすると逃げ足を速めた。

 俺ソリンフォード、警備兵だ。

 辺境の街クィンウェルは治安が悪い。

 魔獣が頻繁に出る事もあって一般人まで武装している有様だ。

 スリ、置き引き、泥棒といったものが毎日のように出る。

 丁度今、俺はスリを追いかけている最中だ。




 スリは身軽なフットワークで障害物のゴミをさけながら、路地裏を駆け抜ける。

 段々とスリとの距離が離れていく。

 くそう、見失った。

 逃げられた、ちくしょう。

 俺は置いてあったバケツを蹴り飛ばし、八つ当たりした。

 カランカランとバケツがむなしく転がる。

 スキルの作用で重く無いはずの剣や警棒などの装備が重く感じた。




「ソリンフォード、その様子だと、また逃げられたな。串焼きを一本サービスするから、気を落とすな」


 息を荒くしてヨタヨタと大通りに出ると、露店の店主から声を掛けられた。


「ああ、サンキュー。今度、犯罪者を捕まえて報奨金がでたら、たんまり買わせてもらうぜ」


 俺は串焼きを受け取りながら感謝の言葉を口にした。


「期待して待ってるよ」


 店主は串焼きを焼きながら、軽い調子で答えを返す。




 俺は犯罪者を捕まえるのが主な仕事だ。

 採用されてから今日まで失敗続きになっている。

 同僚はまだしも犯罪者にまで馬鹿にされる始末だ。

 そろそろ、やばいかもしれない。

 今日、首にならない事を祈る。




 警備兵の支部に戻るために道を歩きながら、串焼きをかじった。

 俺だってわざと逃がしているわけじゃない。

 剛力のスキルの副作用で、どうしても走る速さが犠牲になる。

 何か乗り物があれば、全て解決なんだ。

 しかし、平の警備兵の給料じゃ駄馬さえ買えない。

 せめてスキルのオンオフが出来れば良いんだが、パッシブスキルだからな。

 串焼きを食べ終わり、ステータスの確認をする。


「ステータス・オープン」


――――――――――――――――

名前:ソリンフォード LV34

年齢:22

魔力:85


スキル:

剛力


称号:

亀の才

――――――――――――――――


 称号の名前が嫌で嫌でたまらない。

 皆に鈍亀だなんて呼ばれて、犯罪者までもが俺をそう呼ぶ。

 そしたら授かっていた称号だ。

 効果は防御力が上がるという物で、走る早さには影響はない。

 有り難い称号なんだが、名前が気に食わない。


 今度の休みレベル上げするか。

 レベルが上がると少しだけ身体能力が強化されるから、走る速さも少しぐらい上がるだろう。




 支部は大きな建物で百人程の警備兵が勤めている。

 部屋では幾人もの同僚が並んだ机の上で報告書を書いていた。

 俺は自分の机で黙々と今日の業務日報を書く。


 同僚のキャルナードが後ろから覗き込む。

 さすが鈍亀と言ってから、大笑いして去っていった。

 むかつく、今に見ていろ俺だって、そのうち犯罪者を逮捕してみせる。




 小隊長の机に行き業務日報を差し出すと、無言で受け取り流し読みする。

「なんで、お前はこうもとろいんだ。剣の実戦では中々やるというのに。努力が足りん。精進せい」

 小隊長は唾を飛ばし怒りながら説教した。


「スキルの副作用が足を引っ張るんです」


 俺は情けない気持ちになりながら、言い訳した。


「言い訳するな! 男なら次は必ずとか言ってみろ」


 小隊長の怒声が部屋に響く。


「次は必ず捕まえます」

「今日は帰っていいぞ」


 俺の言葉に満足したのか小隊長は頷いてから言葉と共に手で追い払う仕草をした。




 参った、小隊長に次は必ずなんて言っちまった。

 お、ちょうどお誂え向きに露店の魔道具屋があるぜ。

 ゴザを広げた上に、色とりどりの魔道具が並んでいる。

 店番の爺さんは本を読んで暇そうだ。

 足が速くなる魔道具とかないのかな。




「爺さん、足が速くなる魔道具はあるか?」

「無いぞ。今まで聞いた事も無い」


 俺は念の為確認し、爺さんは肩を竦めて返答した。


「無いのか。うーん、期待してたんだぜ」


 俺は落胆して言葉を紡ぐ。


「そうじゃ、良いのがあるぞ。確か……ここら辺じゃったか」


 爺さんは何か思いついたようで、魔道具の中から一枚の羊皮紙を出した。そして、俺に差し出す。


「これは、何だ?」


 俺は羊皮紙を受け取りながら、問う。


「神器じゃ。神の眷属が希望の品を売ってくれるらしい」


 爺さんは説明をはっきりしない口調ではなす。


 神は物語では殆んど悪魔だ。眷属も同様だろう。

 しかし、この状況を抜け出すには利用するべきか。


「幾らだ?」

「おまけして、銀貨一枚じゃ」


 俺の値段を問う声に、爺さんは嬉しそうに金額を提示した。


「買った!」


 値段の安さに俺は良く考えず勢いで返答する。


 考えるに、きっと爺さん厄介払いしたかったんだな。

 爺さんから起動の呪文を教わり、露店を後にする。



 本当に眷属と係わって大丈夫か。急に不安になってきたぜ。

 今度、犯罪者を逃がしたら首もありえるな。

 神器を使うしか無い。


 人気の無い所を探して、路地に入る。

 爺さんに教わった呪文はこうだったな。


 意を決して俺は呪文を唱えた。


「デマエニデンワ」


 プルルルと奇妙な音が神器からする。

 この鳴き声なんだよ、眷属の声か、人型だと良いな。

 会話が通じないとさすがにお手上げだ。

 ガチャという音と共に念話が繋がる。


 銀貨、五十枚で眷属に乗り物を注文した。


 ガチャという音がして、念話が切れてほっとする。

 汗で手がぬるぬるだぜ。




 一時間ぐらいアパートでくつろいでいたら、突然光が溢れて見知らぬ男が立っていやがる。


「ちわー、アイチヤです。配達に来たっす」

「犯罪者が復讐に来たと思ったぜ」


 アイチヤの声に、俺は焦った声で返答を返した。


 悪魔には見えない純朴そうな男だ。心は読めないから、どういう性格か分からないが。


「こちらがご希望の品、自転車になるっす」

「どうやって使う?」


 商品の名前を告げるアイチヤ。

 珍妙な乗り物だ。車輪が二つしか付いてない。引っ張る動物はどこだ。

 俺は不思議に思って聞き返す。


「外でやって見せるっす」


 アイチヤはドアの方に視線をやると返答する。

 自転車を外に出すと、アイチヤは器用に乗り始めた。

 よく倒れないな。

 荷台に乗れというので、荷台にまたがると颯爽と街を走り始めた。


 早いな軽く走るのと同じぐらいか。

 もっと早く出来ないか聞いたら、力があればもっと早く出来ると言う。




 教会の広い庭を借りて練習し始める。

 おっ、ふらふらする。

 最初はアイチヤが支えてくれたので乗れたが、手を離すと見事に転んだ。

 何回も転ぶうちに、段々と安定してきた。

 おっ乗れているな。

 やった、乗れたぞ。

 辺りを見ると夕暮れ時だ。


 アイチヤに曲がるときのコツやブレーキとギアの操作を教わる。

 メンテナンスもしっかり教わった。

 よし、これから毎日練習するぞ。


「そろそろ、支払いをお願いするっす」

「世話になったな」


 アイチヤの催促の声に俺は感謝と共に金を渡す。


「リョウガエ。ありあとーしったー! デマエキカン」


 アイチヤはスキルで金を何やら紙に変えてから、光に包まれ帰って行った。




 それから何日も練習した。

 何回か体を打ちはしたが、剣の模擬試合に比べれば軽いものさ。

 称号の有難味を感じたぜ。

 今日は自転車の初陣だ。




 街中を自転車で快走する。

 自転車っていうのは自分の足で進んでいる感覚があって気持ち良い。

 一体感というのか、自転車が体の一部のような感覚がある。

 今日は最高速度にチャレンジしてみるか。




 ギアを段々と上げていき最速に入れる。

 風景がどんどん流れていく。

 大通りは馬車も通るから、道の真ん中は空いている。

 そこを疾走。

 このスピードなら、俊足のスキル持ちにも対抗できる。




 おっと、子供が道の真ん中にいたぜ。

 全開ブレーキと剛力を使った足ブレーキの出番だ。

 なんとか止まり、タイヤが少し焦げ臭い。

 もっと大事に使わねば。

 子供に注意を促し、その場を後にした。




 さっそく人ごみでスリを見つけ、自転車で追跡に掛かる。

 後を付けられたのを知ったスリは走って逃げ出した。

 よし、ギアを最速にいれるぞ。

 スリは振り切ろうと懸命に走るが、自転車の敵ではなく、狭い路地もスイスイ走った。

 後少しで追いつくという時、スリが最後の力を振り絞って全速力で走る。

 結局、最後にはへばって地べたに座り込んだ。




 縄を掛けられたスリはとても悔しそうだ。

 後ろ手に縛られたのを外せないかモゾモゾしながら、支部へ連行されて行く。


 報告書を持って小隊長の机に行く。


「良くやったな」


 褒めてくる小隊長。

 更にお前は戦闘は得意だ。

 だから、走りをなんとかすればこの支部では敵無しだなんて手放しで褒めてくる小隊長。

 肩に手を置かれ更に頑張れと言う。


「良い道具を手に入れましてこれがあれば百人力です」


 俺は自信を持って断言した。

 まだ時間はあるな、自転車で巡回しよう。




 大通りをゆうゆうと自転車で走っていたら、前にいた男が走り出した。

 良く見たら警備兵の制服を着ている。

 なんだキャルナードじゃないか、更に前をみると男のかっぱらいが女物の鞄を抱えて走っている。

 よし、捕まえるぜ。

 ギアを最速に入れ懸命に漕ぐと、キャルナードを追い越し犯人に近づいた。

 犯人を追い越しざまに警棒を一振り。

 やったぜ、キャルナードの手柄を奪ってやった。



 キャルナードが息を荒くして俺の元に駆けてくる。


「随分ゆっくりだな」

「僕にもその道具があれば……貸せ!」


 俺の煽るような口調に、キャルナードは乗ってきた。


「ああ、良いぜ。乗れるならな」


 俺は自転車から降りると、ハンドルをキャルナードに押し付けるように渡し、煽った。



 キャルナードは自転車にまたがると、ペダルを踏んで無様にこけた。


「ははははっ。どうした。道具があれば出来るんだよな」

「くそう、馬鹿にしやがって」


 俺の笑いながらの発言に、キャルナードは悔しそうに悪態をついた。

 キャルナードを横に置いて犯人に縄を掛ける。

 犯人に活を入れ、支部まで連行していく。




 支部に帰ると小隊長が俺を待っていた。


「凄いじゃないか。一日で二人だぞ。この調子で頼む。期待している」

「まかせて下さい。これからはバリバリ働きます」


 小隊長は見たことの無い笑顔で賛辞を贈ってきた。

 俺は胸を叩き自信に満ち溢れた口調で返した。



 キャルナードの姿を見て思った事がある。

 もしかして、アイチヤは俺が練習の時に無様に転ぶのを見て楽しんだんじゃないだろうか。

 操作の習得にわざと時間の掛かる物を寄越したに違いない。

 何せ神器だって作れるんだから、早く走れる魔道具ぐらいちょろいだろう。

 きっとそうだ、むかつくぜ。

 まあ、呪いを掛けられると厄介だから、反抗はしないが。

 物語の通りに眷属も悪魔だな。

 あの人の良さそうな顔と人懐っこい表情が演技だなんて、人間不信になりそうだぜ。



――――――――――――――――――――――――――――――

商品名  数量  仕入れ    売値   購入元

自転車  一台  二万五千円  五万円  サイクルショップ

空気入れ 一個  三千円    サービス サイクルショップ

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