第42話 ただじっと抱き合う二人

 こんな時にも波は変わらず打ち寄せては引いていく。


 以前来た鎌倉の海となにも変わらなかった。

 あの日は横にいたのは琴美で結婚することに僕は浮足立っていたけれど。

 すでに琴美にはもう不安しかなかったのかもしれない。


 ずっと慶太と親友気取りでいた。

 慶太とはお互いずっとなんでも話してきたと思っていた。

 友達として信頼していたから。


 僕は僕で琴美を精一杯愛していると思っていたけれど、琴美が求めた愛情の形は違うものだったんだろう。


 僕は優香さんを抱きながら穏やかな気持ちになっていた。

 琴美との恋の終わりを感じていた。

 もう自分の気持ちには決着ケリがついていた。


 琴美に対してはもう「許せない」と言えるわけがない。

 僕にも悪いところがあったからだ。


 ただ。

 慶太のことだけは許せるわけがなかった。

 慶太は琴美を抱くならば優香さんときちんと別れるべきだったと思う。

 

 琴美に慶太の子が宿らなければ、二人は僕たちに隠れて関係を続けていたんだろうか?


 僕と優香さんは出会うことなく、互いのパートナーの秘密に気づかずに偽りの幸せのなかで騙されたまま。

 そうして片方だけが注ぐ愛情の家庭を築きながら、ずっと過ごし続けていたのかもしれなかった。


 傷ついたけれど偽りのなかで馬鹿みたいに過ごさなくて良かった。


 これからは優香さんを支えられるなら僕に優香さんの横にいることが許されるならば、それが僕にとっても優香さんにとっても最善で癒やしに繋がるんじゃないかと思っていた。


「優香さん。宿に戻ろうか?

 どこかに行きたいなら僕が連れて行ってあげるけど」

「ううん。宿に戻りたい」

 僕と優香さんは砂浜から立ち上がり

砂をはたいた。

 砂はパラパラと落ちていった。

 二人で手を繋いだ。


 車に戻り恋結びの宿に戻る。


 僕と優香さんはしばらくは無言だったが泣きやんだ優香さんの顔はもうそんなに悲痛な感じはしていなかった。


 この時は。


 僕と優香さんの二人には超えられる壁であるような気がしていた。


 何年か経ってみたら、過ぎ去る今日を振り返ったら。

 

 ずっとこの先に二人の関係が続いていくなら、今は辛くて苦くともドラマチックな思い出の一ページに変わるんじゃないかと僕はそう…思っていた。

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