第33話 戻りたいのか?
そうして僕は勝手に優香さんの携帯電話の通話の終了ボタンを押した。
電話の向こうの元婚約者の男が言葉を発する前にだ。
優香さんに携帯電話を返す。
僕は謝るべきか一瞬悩んだが少し悲し気な表情の優香さんを抱きしめて「ごめん」と言った。
優香さんは僕に抱きしめられたまましばらくなにも言わなかった。
「私の方こそごめんなさい」
僕のなかの優香さんは泣いていないか気になった。
「嫉妬した」
「えっ?」
「優香さん。僕は本当にあなたのことを好きになったんだよ。だからソイツと嬉しそうに話すあなたの顔を見ているのが辛いんだ」
はあっと深いため息をついてから僕は決心して優香さんの顔をのぞき込んだ。
彼女は泣いてはいなかった。
「彼が『こんなことになってごめんな。大丈夫か?』って言ってたの」
僕はそんな身勝手なことを言う奴だと怒りが湧いて出て気持ちを抑えるのに体が震えた。
「勝手すぎる。優香さんを捨てたのはソイツだろ?」
「そうだよね。だけど智史くんのいうように彼の声を聞いて嬉しかったのかもしれない」
結婚式を挙げる約束までしておいて捨てた男なのに嫌いになりきれない。
僕には分かる気がした。
今、琴美が許して欲しい。やり直してほしいって言って来たら僕は優香さんと琴美とどちらを選ぶんだ?
琴美の赤ちゃんが僕の赤ちゃんなら琴美を選んでしまうだろうと思った。
だけど僕は優香さんが好きなことにも変わりがない。
「キスして」
「ああ…うん」
重ねる唇の感触は確かなもので僕たちは何度も口づけては息苦しくなるほど交わし続けていた。
(ソイツの元に帰りたいのか?)
戻りたいのか? ソイツのところに。
優香さんとキスをしながら僕のなかに広がる疑念の思い。
僕の頭は鈍く痛んだ。
目の奥が熱くズキズキと痛い。
だめだ。柔らかい優香さんの唇に僕は集中しよう。
恋結びの宿の朝ごはんの時間まで僕と優香さんは何度も口づけて布団の中で過ごしていた。
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