序章 試練の洞窟 2

本来ならば、一vs多数の戦闘は逃げ一択。

よほどの戦力差がない限りは戦う選択はあり得ない。

しかし、今はこのホールに閉じ込められているせいで逃げの選択肢は消えてしまうので、正面からやり合う以外に他は無い。


「─────」


短く吐いた呼吸を止めて、骸骨たちの集団の先頭に立った浮いた一体を手にした剣で叩き割る。

動き回るロウの足が止まった一瞬を狙わんとばかりに切りかかるが、すぐさま後ろに跳んで距離を開け、間一髪のところで躱すことが出来た。


ある程度の知恵を持って襲い掛かってきたのなら、今頃ロウは刻まれて骸骨たちの仲間入りをしていただろう。

しかし、多少の傷を負ってはいるが動きに支障はなく、未だ健在に骸骨たちを一体づつ叩き割っていた。


どうやら骸骨たちには協力するという考えどころか、戦い方の知識すら存在していないようだ。

眼前にいる命あるものを殺す為にと我先に襲い掛かってくる骸骨たちは、互いが互いの足を引っ張り合っているがために、未だロウを仕留める事が出来ないでいた。


「──これで、残り5体だ。やっとここまで来たか…長かった」


うじゃうじゃといた骸骨たちは今はもう残り5体。

ロウの眼前で未だに互いに足を引っ張りながら襲い掛かる相手に、ここまで来てやられることは無い。


振り下ろされた刀を打ち払って一体、そのまま返した刀で後続の2体を叩き割る。

残りの2体も同じように打ち払い、そして──


「終わりッ!」


組み伏せた骸骨の頭蓋骨を踏み砕いて、ホールには静寂が訪れた。

息荒く、滴る汗を拭うロウは、たまらずにその場にしゃがみ込んだ。


「何だよコイツ等…。結局動いてる原理もよく分からなかったし、…柵も開いてないのか。…疲れただけじゃねぇか、クソ」


『力を示せ』と言っていたから、てっきり骸骨たちを蹴散らしたら開くものだと思ったが、変わらずに静かに道を塞いでしまっている。


ホールの中央に置かれた石の上に座り、骸骨たちと戦う前と何か変化は無いかと辺りを見回すが、何処を向いてもレンガで囲われた壁があるばかりだ。


「…ってなると、まだ仕掛けがあるとみるべきか…? 確か『道を選ぶために力を示せ』みたいなこと言ってたような気もするが…いや、ちょっと違うか?」


目を閉じて先程頭の中で響いた声を思い出す。


「力は示すモノだ。これは間違いない。消去法で考えるなら、後は確か…『選ぶ』、か?」


選ぶ? 何を? この骸骨しかないだけの場所で何を選ばせようというのだろうか。


地面に転がる骸骨たちにも慣れ始め、いったん落ち着こうと後ろ手に手を土会時だった。

右手の人差し指が固い岩の表面に刻まれた何かに触れる。


「コレは…割れ? 見た感じ古い岩だから割れがあっても不思議は無いが…やたらきれいに割れてるな」


ロウが腰かけていた岩の中央部に、細い楕円の形をした切れ込みが入っていた。

埃をかぶっている様な古い岩なので、今更切れ込みがあったところで気になる物でもない。…が、改めてロウが腰かけた岩を見て見ると、古い岩に入った割れはそこ一か所だけだった。


「…何だコレ? この岩にこれ一つだけってのも不思議だが…それに何度見ても綺麗すぎる。自然に割れたって感じでもないし、もしかして誰かがわざと刻み込んだのか?」


自然に傷がついたものでは無く、誰かがここに付けたのだとしたら?

何度も何度も指で触っていると、その割れに対してもう一つ気付くことがある。


「これ…剣でも刺さりそうな割れ方───」


ロウの脳裏に一つの考えが思い浮かぶ。


「まさか選ぶって…この岩に刺す剣を選ぶって事か? そうすれば道が開く…力を示せってのは骸骨から剣を奪ってここに刺せって意味か?」


最初に手に入れた剣を最期まで使っていた剣を躊躇うことなく突き刺した。

そして、予想通りに突き刺した剣は岩の割れの形とぴったりと嵌る形状をしており、差し込んだ瞬間、岩の割れから強烈な光が漏れ出した。


思えば、ここで浅はかなことをしたと言わざるを得ない。

ココはロウも知らない異常な場所であり、骸骨たちも自然と動き出してしまうような場所だ。


「───」


あまりの眩しさに腕で遮ると、──強烈な衝撃が体を突き抜けた。


「ぐぅお!?」


衝撃は強く、ホールの中央にいたロウは壁際まで吹き飛ばされており、打ち付けた体は激痛を伝えてくる。


「…何が……起きた、んだ?」


くらくらする頭を抑えながら立ち上がると、再び先ほどの声が頭の中で響き渡る。


【 シメセ 】


一度だけ聞いた機械音のようなあの声が、痛みに揺らぐ意識の中でハッキリと聞こえる。


【 ミズカラガ ススム ソノサキヲ エラブタメ シメセ ──チカラヲ 】


「……冗談…きついぜ…」


頭の中で響き渡る声が聞こえなくなった頃、地面に転がる骸骨たちの暗い瞳に光が灯る。

全て砕き割ったハズの骸骨たちは再び立ち上がり、腰に差した剣を再び抜き放って振りかぶる。


ふらつくロウへ向かって一斉に飛び掛かっていった。


◇◇◇


二度目になると体力的に厳しいものがある。

しかし、文句を言って休ましてくれるような手合いでもなく、一心不乱に襲い掛かってくる骸骨たちはむしろその瞬間を今か今かちお待ちわびている事だろう。


戦い方は先程と変らない。囲まれない様に適度に動き、浮いた一体を順番処理していくやり方だ。時間は掛かるが、安全第一に越したことは無い。


「…考え方は間違っていないハズ。間違ったのは選んだ剣の方だろうか」


最初に骸骨たちが襲い掛かってきた時は目の前の相手に手いっぱいだったので、骸骨それぞれを観察することは出来なかった。

でも今は二度目で、先ほどと同じように動くことでどぅにかクリアできることは証明されている。その僅かな安心感がロウの心に余裕を持たせることが出来るようになった。

見渡したたちはよくよく見れば、それぞれが扱っている武器は刀剣の類がほとんどで、身に付けている装備は一体一体が別々の物を持っていた。


腰に未だに抜いていない剣を差したままだったり、双剣のような二本一対の刀を振り回す奴も居る。

おまけに、頭に王冠のような形をした帽子を被る骸骨までいて、随分とオシャレに気を遣った奴らだろうと、苛立ちを込めて皮肉っぽく呟いた。

そして──


「…げほッ、……はぁ、はぁ。終わり…だよな?」


杖代わりにした剣を支えにしてどうにか立ったまま周りを見渡す。

自身の周りに動く相手がいないかどうかを確認し、骸骨全員が沈黙たことにようやく安堵の息を吐いた。


周囲を観察しながら戦い続けた結果、先ほどと比べて二倍近くの時間が掛かってしまっている。

当然、かかった時間に比例して体に掛かる負担も増えていく。


「…考えなきゃいけないのは大きく二つだ。あの声と選ぶ剣について」


いつまでも骸骨と遊んでばかりはいられない。この部屋から脱出するために、疲弊した体に鞭を打って思考を巡らす。


一つ目は選ぶ剣について。

骸骨たちとの戦闘がやり直しになってもあの黒い岩は消えず、どれだけ剣で切りかかろうがあの岩には一切の傷をつける事が出来なかった。

加えて地面に転がる骸骨たちの獲物が刀剣しかないというのならば、この部屋で探すものは剣以外に思い浮かばない。



そして二つ目は頭の中で響いた声について。

『ミズカラガ ススム ソノサキヲ エラブタメ シメセ ──チカラヲ』


この声についてはもう考えずとも分かる。

『この部屋を出たければ襲い来る骸骨たちを己の力で蹴散らして正解の剣を奪って部屋を出ろ』

要約するとこんな感じだろうか。


「考え方は間違っていないはずだ。間違っていないはずだけど…それだけでどうしろっていうんだ?」


愚痴をこぼしながらも頭をフルで回転させる。


「選ぶ、…選択、…選定? ……剣? まさか──」


固い岩を手でなでる。ひんやりとした石独特の感触に、ある一つの考えが浮かんだロウの手が震える。


「選定の岩の剣。古い国の王を選ぶために行われた催し物のアレか? だがアレは伝説上の話だぞ?」


浮かんだ考えに何度も疑問を問いかけるが、目の前に起きている現象と思考があまりにも合いすぎて、それ以外の考えがまるで思い浮かばない。


「もし仮にそうだったとして、…俺はどの剣を嵌めれば良いんだ?」


眼前に広がる骸骨の亡骸の横に転がる何本もの剣を見ながら、そう呟いた。


◇◇◇


しばらくして、ロウは十分に体を休めた後、覚悟を決めて立ち上がる。


「岩に刺す剣はどれでもいいか」


そう言って、近くにある適当な剣を一本拾い上げ、中央の岩に突き刺した。

当然の如く剣を適当に選んでいるので、その後は同じように壁まで吹き飛ばされた後、頭の中にあの声が響き渡った。


「…やっぱダメか。ワンチャン行けるかと思ったが、適当はダメだな」


聞こえると同時に深呼吸をして自らを落ち着かせる。


「行くぞ」


静かな声で発せられた声を合図に一斉に飛び掛かる。骸骨たちは今までと同じように我先にと襲い掛かってくる。そしてまた、ロウも同じように骸骨たちを相手取るがが、ただ一つ、先ほどまでとは違う点がある。


それは砕く骸骨を選んでいる事だ。


岩に刺しこむ剣を骸骨を倒した後に選ぶやり方はあまり適切では無いことは、先の二回で証明されている。

故に必要最低限倒さなければいけない骸骨だけを選別しながら、岩に刺す剣を誰にするかを決めるというモノだ。


骸骨たちの体力がどうなっているのか分からないが、少なくともこちらの体力は減っていく一方で、さらにいうなれば体力よりも精神の方の負担が大きい。


骸骨たちは選ぶ剣を間違える度に回復するのだろうが、こちらは疲弊したままで戦う事になるので勝負は短く終わらせなければならない。


「……見つけた」


ロウが狙っている骸骨は王冠のような帽子を被った奴らだ。普通、という言葉が当てはまるかどうかは分からないが、王冠を被っていない一般の骸骨たちの鎧はとてもじゃないが王様という雰囲気でもない。


何より、王冠を被っている骸骨が持っている武器が一般の骸骨とは違ってそれぞれが特殊な刀剣となっている。


 身の丈ほどの長刀、双剣、二刀流、そして一つだけ明らかに違う薄らと光って見える両刃の剣を持った四体だ。


選定の岩の剣。湖の精霊から受け取ったと言われる王の聖剣。

選ぶとしたら一つしかない。


そこまで見えたところで、眼前の骸骨ごと叩き割りながらロウへと迫る長刀の一太刀を、上半身を後ろにそらし鼻先を掠らせながらどうにか躱す。


身の丈ほどの長刀を持つ骸骨はその後も近くの骸骨には一切に気を払うことなくロウへと直進してくる。


「──行くぞ」


長刀が襲ってくるタイミングを計り、骸骨の大きな踏み込みと同時に放たれた突きに合わせてロウも踏み込む。

右頬と肩を長刀が掠めるがいまさらそんな事に怯むこともない。


踏み出した骸骨の足を膝から踏み砕き、体勢の崩れたところを柄を骸骨の手の上から掴んで力任せに振り回す。

周囲に集まってきていた骸骨を一斉に砕けば、目標とする両刃の剣を持った骸骨まで一直線に道が出来ていた。


「─────」


周りの骸骨が態勢を立て直す隙をついて一直線に突き進む。

横から突き出される攻撃に眼もくれず真っ直ぐに走り込み、真上から振り下ろされた一撃を、鍔の位置に手区部が当たるように受け止める。

ロウの手首に骸骨の両刃の剣の唾が当たると同時に振り下ろしの勢いそのままに、足を払って組み伏せる。

関節が極められて身動きの出来ない骸骨の肘ごと圧し折り目標の両刃の剣を奪い取る。


「コレで───」


偶然すぐ近くにあった岩へと駆け寄り、手にした両刃の剣を一息に突き刺した。


「───クリアだ!!」


中央に鎮座された岩へと剣を真っすぐに付き刺した。そして、何が起きるのかと待ち構えていると、突き刺した剣の隙間から光があふれ出す。


──瞬間、ロウの体を強烈な衝撃が貫いた。


「が───ぁ─────」


【 ミズカラガ ススム ソノサキヲ エラブタメ シメセ ──チカラヲ 】


自分が至った考えが否定され、受け身をとるのに失敗したせいで頭を強く打ち付けてしまった。


朦朧とする頭を振って再び思考を回そうとするが、平静とは程遠いロウの今の思考では、この状況で一から考え直すのは不可能だった。

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