第45話「君の中に在るもの」

 ~~~先崎忍せんざきしのぶ~~~




 関原せきはらの1曲目、『イチエイズム』は大好評に終わった。

 自己紹介がてらのMCを挟む間に、観客席から疑問の声が飛んできた。


 ──レンちゃんはどうしたの?

 ──今日は来れないの?

 ──もしかして、体調不良?


 予選会で見せた圧倒的なパフォーマンスのおかげで恋の……いやレンの人気はあたしたちの中でもぶっちぎりの1位だ。気になるのも当然だろう。


「ええーと……」


 返しに困っているあたしの肩に手を置くと、関原が代わりに答えた。


「ごめんね? ちょっとあのコ、遅刻してるの。今全力でこちらに向かって来てるから、来たら全力で叱ってあげて?」


 関原がくすりとほほ笑みかけると、質問をした観客はぽうっと上気したような顔になった。


「……なんだよおまえ、その手慣れた感じ」


「あなたこそいいかげんに慣れなさいよ。客あしらいも仕事のうちでしょ?」


 関原はあたしの耳元に口を寄せると、小さくしかし力強くこう言った。


「さ、次はあなたの番よ。せいぜい張り切って、天岩戸あまのいわとに引きこもったお姫様を引きずり出しなさい」 


「ちぇ……簡単に言ってくれるぜ」


「あら、それぐらいのことが出来ないで、トップアイドルになれるつもりなの?」


「……あたしは別に、そんなご大層なものになろうだなんて……」


 言い返そうとした時には、関原はもうあたしを見ていなかった。

 観客に対して手を振り、盛んに愛嬌を振りまいている。


「……ちぇ」


 変わったな、と思う。

 あいつは変った。

 去年までのハリネズミみたいにトゲトゲしてた面影はまるでない。


 変わったのはたぶん、『アステリズム』に入ったからだ。

 恋やあたし、プロデューサーに志保しほ黒田くろだ。 

 仲間たちと多くのステージを経験し、多くの観客と接するうちに変わっていった。

 トゲが抜けて丸くなった。硬さが取れて柔らかくなった。

 浮かべる笑顔は、あたしが見てすら可愛く思える。


 しかもこいつ、言ったよな。

 さっき間奏の時。

 楽しいって、あの状況で。


 あたしは覚えてる。

 それは学祭の時、レンの口から出た言葉だ。

 未来の世界で無残に死んで、過去の自分の体を間借りして、再び立てたステージ。

 そこであいつが、万感の思いをこめて放った言葉と同じだ。


 まったく同じものだとは思わない。

 何せふたりは、置かれた環境がまるで違うから。

 だけど限りなく近いものであることはたしかだ。

 そしてたぶん、そこにこそアイドルの本質がある。

 あたしのまだ知らない、境地がある。


「ああ……やってやるさちくしょうっ」


 あたしはステージの中央に立つと、右の拳を頭の横で回した。

 グルグルと、エンジンでも掛けるように。

 

 それを合図に、ギターの鳴り響くロック調のイントロが始まった。


「2曲目行くぜ! タイトルは『CHANGE!!』」


 イントロの終了と同時に、あたしはステージの最前列でソロを始めた。


 ──Change! 重苦しい世界の底から。

   Change! 絶望と不安のおりの中から。

   Change! 抜け出る方法、それはひとつだけ。

   わかってるだろう、そうだ叫べ。 


 あたしがマイクを向けるしぐさをすると、会場中が『Change!』と叫んだ。

 完全に温まっている観客席から、耳をつんざくほどの大声が返って来た。


 ──Change! 壊したいのは常識。

   Change! 壊したいのは不理解。

   Change! 行く手に立ち塞がる壁を打ち砕け。

   やり方は簡単だ、そら拳を握れ。  


 Bメロの終了と同時に起こった『Change!』の大合唱を聞きながら、あたしは後ろを振り返った。

 すぐ後ろにいた関原と片手を上げて握り合わせると、その場でぐるぐると回りながらCメロに入った。


 ──自分は無力だって思ってた。

   足が遅いし頭も良くない。

   テレビの向こう側を眺めているだけのただのモブ。

   誰でも僕の代わりは出来るし、誰の代わりも僕には出来ない。 

 

 回転の中で、あたしと関原は無力を歌う。


 ──でもある時、事件が起きたんだ。

   突然君が輝き出した。

   モブ仲間だったはずの君が、急に主役になった。

   みんなの中心で太陽みたいに、恒星みたいに輝き出した。


 あたしたちはターンしながら左右に分かれ、サビAを歌い始めた。


 ──こっちへおいでよと君は言った。

   変われないなんて嘘だ。変わろうとしていないだけ。

   その気になれば変われるよ絶対。

   だって僕は知ってるから。

   君の中にる光、そのまばゆさを。 


 黄色と緑のサイリウムが波打つ観客席に向けて、今度はサビB。


 ──一緒に行こうよと君は言った。   

   さあ手を取って。僕と共に遙かなるこの道を。

   怖いことなんていくらでもあるさ。

   でも大丈夫、僕は知ってる。

   君の中に在る光、その名前はさ、勇気っていうんだ。


 間奏に入ると、あたしは積極的にレスを送った。

 会場の手前に、奥に。

 このステージを見てくれる観客すべてに。

 感謝の気持ちをこめて手を振り、不器用なウインクをした。


 そして同時に──恋に対してもメッセージを送った。


 なあ、見てるかって。

 なあ、聞いてるかって。

 あたしへの拍手、あたしへの声援。

 熱く燃えるような熱視線。 

 この土台を作ったのは、他ならぬおまえなんだぜ?

 男勝りの空手バカをアイドル候補生に変えちまったのは、おまえなんだぜ?

    

 たしかに今、おまえは苦しい状況にいるのかもしれない。

 レンを失って、自分自身の立ち位置すらわからなくなってるんだろう。


 でも、なあ。

 ひとつだけたしかなことがあるじゃないか。

 今あたしがここにいるのは、隣に関原がいるのは。

 中心におまえがいたからなんだ。

 レンだけじゃない、おまえがいたからなんだよ。


 だから、なあ。

 あたしは思い切って前に一歩を踏み出した。


「そろそろ戻って来いよ──」


 まったく同じタイミングで、関原も一歩を踏み出した。


「そろそろ戻って来なさいよ──」


 何億分の1かわからないような奇跡的な確率で、あたしと関原の息が合った。

 それに気づいたあたしたちは、顔を見合わせてくすりと笑った。


 そして、構わず続けた。


「あたしたちが待ってるんだ!」

「お客さんが待ってるのよ!」

「ステージを温めて!」

「あなたの到着を!」

「だから!」

「早く!」

「戻って来い!」

「戻って来なさい!」

「恋!」

「恋!」

 

 手を差し伸べながら、あたしたちは叫んだ。

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