第21話「かつての相棒」

 ~~~三上聡みかみさとし~~~




「いったいどうしたんだ? こんなところへ連れて来て」


 部室でする話ではないという関原せきはらの後をついて行くと、たどり着いたのは人気のない屋上だった。

 秋めいた涼やかな風を身に受けながら、関原は常と変わらぬ生真面目な瞳を俺に向けてきた。


「単刀直入に言います。現代服飾文化研究部を辞めてください。高城恋たかぎれんをプロデュースするのも辞めて、生徒会長職に集中してください」


「辞める……」 


 意外な申し出ではなかった。

 生徒会長と他の部活を兼務するなんて、どだい普通の発想ではないからだ。

 絶対どこかで無理が出るし、そのことはいつか誰かに指摘されるだろうと思っていた。

 

「俺の仕事、雑になってるか?」 


 なるべくそうならないように努力してきたつもりではあったのだが……。


「いいえ、そんなことはありません。会長はいつも通り完璧で、業務遂行に一分の隙もありません。依然変わらず、生徒会全員の目標のままです」


「なら別に辞めなくても……」


「でもたぶん、本気ではないですよね?」


「……っ」


 その指摘は、鋭く俺の肺腑はいふえぐった。


「会長ならもっと出来るはずです。完璧のさらに先を目指せるはずです」


「それはおまえの買いかぶりで……」


「失礼ですが、拝見させていただきました」


 そう言って関原が取り出したのは、地域自治体との交流イベントの企画書だ。

 昔の……タイムリープ前の俺が行おうとしていたものだ。


「多摩川ゴミ拾いナイトツアーに断捨離だんしゃりフリマ、久鷹町くだかまちプレバトランキング。どれもこれも独創的かつ地域貢献活動として多大な意義のある、素晴らしいイベントばかりだと思います。どうしてこれを行おうとしないんですか。机の奥にしまい込んだままにしておくんですか」


「それは……」


「これこそ100%じゃない証拠じゃないですか。アイドル活動にかまけてる証拠じゃないですか」


 生徒会長職に100%でない、それは事実だ。

 中学高校の生徒会、そして大学の自治会に至るまでずっと俺の隣で副会長を務めてきた関原には、それを断罪する資格がある。


 いや……そうじゃない。

 それはかつて過ごした未来の話だ。

 今の俺は二度目の俺であり、こっちの関原の未来はまだ確定していない。


「……」


 もしここで俺が生徒会長を辞めればどうなるのだろう、と思った。 

 役職を放り投げてプロデューサー活動に集中したら、どうなるのだろうと。


 俺を尊敬している節のある関原は、当然ショックを受けるだろう。

 生徒会長の座をスライドする形で引き継いで、不本意な形で遂行していく。

 それは今後の彼女にどんな影響を与えるだろう。


「……」 

 

 甘さだ、と思う。

 プロデュース活動に全力を費やすなら、そんな甘えは捨てたほうがいい。


 そんなことはわかっている。

 わかっているのだが、捨てたくないとも思っている。


 不義理だと感じるからだ。

 かつての相棒、関原に対して。

 そして、こっちの俺に対しても。

 

「…………これは、聞いた話なんだけどな」


 手すりに背をもたせながら、俺は言った。


「昔々あるところに、ひとりの女の子がいたそうだ。歌も踊りもルックスも人並み。でもどうしてもアイドルになりたくて、他の誰より努力した。努力は実り、その女の子は見事アイドル事務所のオーディションに合格した」


 アルファコーラスのアイドルはチームアルファ、チームガンマ、チームベータの3チームから構成される。

 それぞれは20人編成で、サブチームとしての練習生たちがその他に90人いる。

 総計150人の美少女たちの戦場に、レンは飛び込んだわけだ。


「と言って、いきなりゴールデンの歌番組やら武道館でコンサートなんてわけにはいかない。最初は一番下の練習生からだ。メインチームの控えのサブチームのメンバーって位置づけなんだけど、それでもアイドルはアイドルだからさ、本人は大喜びだった」


「……」


「プロデューサーは、メインチームにひとつにつきひとりずつついていた。その他にサブチーム総括のがひとりいた。サブチームからメインチームに昇格するには、双方のプロデューサーの承認が必要になる仕組みだった。流動性の確保、そして競争意識を煽る意味合いもあって、入れ替えは頻繁に行われた。そうすると時々、不思議な昇格があるんだな。どうしてあのコが? 全然目立たないし歌も踊りも良くないのに……。メンバーだけじゃなく、ファンからも疑問を持たれるようなやつがさ」


 加瀬かせPは当時、サブチームのプロデューサーだった。

 練習生たちの人事に強く口を出せる地位にいたわけだ。


「その女の子がメインチームに上がった時、こんな噂が立ったんだ。なんじゃないかって。プロデューサーと肉体関係を持って、つまりは実力以外の魅力をアピールして昇格したんじゃないかって」


 実際、加瀬Pは何人かのアイドルに手を出していた。

 本気で性根の腐った人間だったんだ。

 でも……。


「その女の子に関して言うなら、まったくの無実だった。女の子のことをずっと見ていたメインチームのプロデューサーが、自信を持って抜擢したんだ。にも関わらず、噂は消えなかった。それはある写真のせいだった。サブチームのプロデューサーが働いたセクハラめいた行為。その瞬間をフォーカスした写真が、暴露掲示板に流出した。アイドルのファンってのは特殊でさ、醜聞のあるコを嫌うんだ。より綺麗な、新雪のようなコを求めるんだ。その女の子の人気はだから、実力に比して上がらなかったよ。そうこうしているうちに時は経ち年齢もかさみ、卒業の時が来た……」


 最終的にレンは、チームガンマのフロント、ライトウイングにつくことが出来た。

 それだけでも十分な成果だとはいえるが、疑惑さえなければセンターにつくことさえ可能だったはずだ。

 ファンだってもっと数多く獲得出来て、卒業だってもっと先のことになって、それこそアイドルたちの頂点に立つことだって出来ていたはずだ。


「無念だったと思うよ。悔しくて、しかたがなかったと思うよ。だから俺は……」


「いったいどのアイドルのことを言ってるのかわからないですけど……というかそもそも、わたしはその辺の業界事情なんてさっぱりですけど……」


 めんどうになったのだろうか、俺の話を遮るように関原は言った。


「いずれにしろ、それと高城恋とは関係ないでしょう。あのコは一介のアマチュアです。今後だって、なれるかどうかはわからない」


「いや、なれるさ」


「……ずいぶんと自信がおありのようですが」


「俺がそう信じているから」


「……っ」


 堂々と宣言すると、関原は一瞬息を呑んだ。

 ぎゅっと唇を噛んで、悔しそうに俺を見上げてきた。


「生徒会長って職はな、学校生活を送る上での問題点や課題を見つけ、改善し、生徒全員を過ごしやすい環境に置いてやることが目的なんだ。生徒たちの自主性自発性を引き出し、もっと上の階梯に送り込んでやることが出来たら最高だ。最高なんだけど……それだけじゃ足りないんだ」


「……足りない?」


「俺はさ、欲張りなんだ。生徒全員の底上げはもちろん、個々人についてもクローズアップして伸ばしてやりたい」


「それが高城恋だっていうんですか?」


「あいつには可能性があるんだ。誰よりまばゆい、輝くような光があるんだ。俺ならそれを引き出してやれる。誰にも邪魔されることのない、最高の環境に置いてやれる。現代服飾文化研究部員としての活動は、その第一歩なんだ。だから辞めない。今後も二足の草鞋を履き続ける」


 そう告げると、関原は「うううう……」と低い唸り声を上げた。


「ううううう……」


「ど……どうした? 関原」


「うううううー……わんっ!」


 関原は顔を真っ赤にすると、犬みたいに吼えた。


「ダメです! それでもわたしは認めません! 会長の100%を高城恋にとられるなんて……そんなの絶対許せません!」


「そんなこと言われてもだなあー……」


 驚き戸惑う俺の目の前に、関原はビシリと人差し指を立ててきた。


「じゃあこうしましょう、次の学祭のステージで人気ナンバー1をとること! それが出来たら兼務を認めてあげます! でも、とれなかったら即解散! 会長もそこまでおっしゃるなら自信があるんでしょう!? だったらこれぐらいの約束、出来ますよね!?」


「解散っておまえ……そんな無茶な……」


「約束ですよ!? 約束は絶対厳守ですからね!?」


「いや俺は全然納得してないんだが……」


 止めようとしたが、関原は一切俺の言葉を聞かずに屋上を後にした。

 ひとり取り残された俺は、しみじみとつぶやいた。


「あいつホント、真面目だなあー……。よっぽど生徒会を大事に思ってるんだな。だけど……」


 だけどさあ、関原。

 そして昔の俺よ。


「俺にはもう、大切なものが出来ちまったんだ。これだけは譲れないんだよ」

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