第17話「どうして知ってるんだ?」

 ~~~三上聡みかみさとし~~~




 ──本日は、日高町夏祭りへご来場頂きまして誠に有り難うございます。ご来場のお客様へご案内致します。朝顔柄の浴衣を着た9歳の女の子、七海ななみちゃんを見かけた方、お兄さんが探しておられます。心当たりの方は盆踊り会場入り口のテントまでご連絡下さい。繰り返します……。


「なんてことだ……完全に油断してた……」


 日高町の迷子案内を聞きながら、俺は雑踏をかき分けかき分け走っていた。


「そうだ。未来で生きてるからっていっても、過去で無茶をすればその限りではないんだ……っ」


 七海は重度の喘息持ちだ。

 激しい運動は出来ず、屋外での活動も限定されている。

 あれほどアイドルが好きなのに、自分自身がなろうとしないのはそのためだ。


 昔の俺は、そんな七海のための努力を惜しまなかった。

 日常生活のあらゆる局面でケアを怠らなかった。

 アイドルのプロデューサーになろうと思ったのだって、極論するなら七海のためだったのに……。

 

「やり直しだからって緩くなってた……っ。こんな時間に外に連れ出して、あまつさえ目を離すだなんて……っ」


 ギリッと奥歯をきしらせながら、走って、走って……。




 七海発見の報告は、レンからのスマホ通話で届けられた。

 神社の境内でうずくまっているところを見つけたとのことだった。


 駆けつけてみると、七海は恋に抱えられるようにしてベンチに座っていた。

 喘息の発作を起こしているのだろう、ひゅーひゅーと苦し気な呼吸音を立てている。


「きょう……はちょっと、はしゃぎすぎちゃ……てっ」


 額に汗を浮かべながら、七海は俺を見上げた。

 俺と恋をふたりきりにさせようと思って神社の境内に隠れていたらしいのだが……。


「もうしわけ……ない、ですなあ……」


「バカ、謝るんじゃないっ」


 胸を詰まらせながら頭を撫でてやっていると……。


「大丈夫よ、七海ちゃん」


 顔を青ざめさせる七海の背中を撫でてやりながら、恋は厳しい顔を俺に向けた。


「プロデューサーさん、吸入器出してください。持ってますよね?」


 手を差し出し、自分に渡すように言って来る。


「あるけど……おまえ使えるのか?」


 俺の持っている加圧噴霧式定量吸入器はガス圧式で、吸入する時は薬の噴射と薬を吸い込むタイミングを合わせる必要がある。

 使い慣れていない者だとただただ闇雲に吸入させようとするだけになってしまうのだが……。


「大丈夫、使えます」


 恋はきっぱり言うと、慣れた手つきで七海に薬剤を吸入させた。

 その後の処置も完璧。

 三十分もすると、七海は笑顔を見せるようになった。

 自力で歩けるまではいかないが、当面の危機は去った。



 

 やがて──うつらうつらし出した七海を背負った俺に、恋が申し訳なさそうな声をかけてきた。


「今日はごめんなさい。わたし、わけもわからず七海ちゃんを連れ回しちゃって……」


「恋、それは違う。おまえにはわかるはずのないことだ。気をつけなければいけなかったのはあくまで俺の方で……」


「でも……っ」


「だが……っ」


 さんざん責任を引き取り合った後、恋はううむと唸りながら折衷案を示してきた。


「じゃ、今夜のところは同罪ということで」


「……ん? 同罪?」


「だって、プロデューサーとアイドルは二人三脚なものでしょう? もたらされる栄誉も、挫折も共有のもの。ましてやわたしたちは恋人同士なんだから……ね? だったら次こそ上手くやればいいんですよ。ふたりとも七海ちゃんから目を離さず、それでいて互いに楽しめばいいんです。などとちゃっかり次回・ ・の約束をしつつ……えっへへへ」


 照れ笑いしながら、恋は続けた。


「今日はもう帰りましょう、プロデューサーさん。七海ちゃんを安静にしてあげないと」


「ああ、わかった。でも恋、おまえは……」


 まだ子供の恋を、このままひとりで帰していいものかと悩んでいると……。


「わたしのことなら心配しないで大丈夫です。しのぶちゃんたちが近くにいるみたいなんで、そっちと合流しますから」


 俺の問いに、恋はにっこりと笑みを返してきた。


「そうか……じゃあお言葉に甘えて……」


 恋に礼を述べ、さあ行こうとした時だった。

 ふっと胸の内に、疑問が湧いた。

 

「……なあ、少し聞いていいか?」


「えっと……なんですか?」


 恋はきょとんと小首を傾げた。


「恋、おまえは七海とは初対面だったよな? なのにどうして、七海の好きなものを知ってたんだ? スーパーボールすくいだけならまだしも、焼きそばの紅ショウガ抜きとか。アイドルの好みもさ。いや、もちろんそれぐらいだったら単に趣味が合った結果なのかもしれないけどさ……。どうも俺には……」


「……」


「考えてみれば喘息の対処も、あれはずいぶんと手慣れたものだった。手慣れすぎている、と言えなくもないぐらいの……。なあ恋、おまえはいったい……」


「たまたま、ですよ」


 わずかに笑みながら、恋は言った。 


「好みが合ったのはたまたま。喘息に関しても、たまたま親戚に患者さんがいたから慣れてたんです」


「…………そうか」


「もう、なんだと思ったらそんなことですか。プロデューサーさんったら変なことばっかり気にしちゃってー。もっと気にしなきゃいけないことが他にあるでしょ? 例えば七海ちゃんのこととかー」


「う……」


 それを言われてしまうと、ぐうの音も出ない。


「なーんて、ごめんなさい。意地悪言っちゃいました。今日はホントに楽しかったから、まだテンション上がってるみたいですね、わたし」


 恋はてへぺろと舌を出した。


「ともかくおやすみなさい。また今度、練習で会いましょう。七海ちゃんも元気でねっ。お姉ちゃんとまた遊ぼうねっ」


 微かに寝息を立てている七海に手を振ると、恋は元気よく駆け出した。

 止める間もなく、雑踏の中に消えた。


「たまたま……か」


 七海とふたり取り残された俺は、ぽつりとつぶやいた。


「普通に考えりゃそうだよな……そうなんだけど……」


 たまたまでなかったらいいな──そんな風に、思ったんだ。

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