第14話「CHANGE!!」

 ~~~先崎忍せんざきしのぶ~~~




 レンみたいな女の子になりたいって思ってた。

 顔が小さくて、体も小さくて、声なんてウソみたいに綺麗でさ。

 可愛いものを可愛いって素直に言えるメンタリティを持ってる。


 あたしはダメさ。

 可愛いものはダサいって言っちゃうし、そもそもの問題として体がデカい。

 似たようなタイプとゴツゴツ殴り合ってるのがお似合いだ。


 だからこそ、アイドル活動に誘われた時は驚いた。

 恋の支えになるって名目上ではあるけどな。


 でもちょっと……なあ、ここだけの話なんだけどさ。 

 あたしはすごく、嬉しかったんだ。

 自分にも可能性があるんじゃないか、なんて思ったんだ。

 恋みたいな女の子になれる、そんな可能性がさ。



 しかし──

 でも──



「これはさすがに似合わねえよなあー……」


 昼休みの教室。

 一番下の階の一番端の教室、窓から二列目の最後尾の自分の席で、あたしはため息をついていた。


 食事はとうに済み、机の上には何も書かれていないルーズリーフとシャーペン、パックのコーヒー牛乳だけが乗っている。

 と言って、別にお勉強をしようってわけじゃない。

 うちの両親もその辺は諦めている。


「ううー……歌詞なんて書けるかよおー……」


 直面している課題の重さに頭をぐしゃぐしゃにかきむしっていると、ぼそぼそと周りの声が聞こえてきた。


 ──おーおーおー……先崎せんざきの奴、険しい顔しちゃってまあ……。

 ──なんか勉強してる風だけど絶対違うかんな。あれきっと、絶対殺す奴リスト通称絶殺リストだから。

 ──……それ、略す必要ある?


「……っ」


 勝手な囁きにいちいちつき合っていたらきりがない。

 殴りかかりたくなるのを、あたしはギリギリのところで堪えた。


「まあーなんせ、形だけとはいえなあー……?」

 

 アイドルになるわけだし。

 などと、誰にも聞こえないようにひとりごちていると……。


仙崎忍せんざきしのぶ!」


 教室の戸をガラリと開けて現れたのは、黒髪をひっつめたメガネ女子、関原一恵せきはらいちえだ。

 1-A(Aは特進クラス)に所属していて、生徒会では1年だてらに副会長を務めている。

 お勉強が得意ないい子ちゃんで、小学校の頃からあたしとはなかなかソリが合わなくて……。


「はあー……? なんだおまえ、あたしに何か用……」


「あんた、アイドルになるってホント!?」


『………………!!!?』


 その瞬間、教室の空気が音を立てて固まった。


「な、な、な……っ?」


 あまりのことに言葉が出てこなくなるあたし。


「ほら! もたもたしてないできちんと答えなさいよ!」


「ちょ、ちょっと待て……」


「待たないわよ! ほら答えなさい! あんたアイドルになるの!? ならないの!?」


「待てっつってんのがわかんねえのかああああ!」


 あたしは関原の襟を掴むと、無理やり教室から引きずり出した。




「うおおおおおい! 何してくれてんだおまえはああああ!?」


 屋上に出てふたりきりになったところで、あたしは改めて声を荒げた。


「なんであんなところでその話をしたあああああああああ!?」


「ああでもしないと、あんた正直に答えないでしょ」


 乱れた襟を直しながら、まったく悪びれもせずに関原。


「計算づくであんなことしやがったのかああああああああ!?」


 胸倉を掴んで睨みつけるが、関原は微動だにしない。


「目的のためなら手段を選ばない。わたしがそういう女なの、知ってるわよね?」


 メタルフレームのメガネの向こうから、底冷えするような冷たい目を向けてくる。


「暴力にも脅迫にも屈しない。それも知ってるわよね?」


「ちっ……」


 そうだった。 

 精神的武闘派であるこいつに、脅しは通じない。

 すればするほど、闘争心に火をけるだけだ。


「……それ、どこで聞いたんだよ」


 しかたなく関原を解放すると、あたしは金網にもたれかかった。


レンはともかく、あたしまでがってのはおかしいじゃん。よっぽど裏事情に精通している人間でないと知らないことじゃん」


 あたしのその疑問に、関原はこれ以上ない明白さで答えた。


「これよ」


「……ああ?」


 ズバッと差し出されたのは2枚の入部届だ。

 部活は現代服飾文化研究部。

 入部希望者はあたしと恋。


「ああー……」


 そういやそんなもの書かされたなあ、と思い出した。


「名前はあれだけど、活動内容はコスプレでしょ? そんなとこになんであんたが……と思って恋に聞いたのよ」


「あいつ……」


 あたしは頭を抱えた。

 関原がこういうめんどうな奴だなんて思わず、そのまま答えたのだろうが……。


「一応断っておくが、アイドルになりたいってのは恋だからな。あたしはただの人数合わせ」


「ふうん……なるほどね。赤根さんだけじゃ部が成立しないところを逆手に取ったのか……さすがは会長。やることにそつが無い」


 あたしの答えに、関原はふむふむとうなずいた。


「納得したか? じゃあもういいだろ? あたしはとっとと教室に戻って騒いでる奴らを黙らせないと……」


「ダメよ。まだ終わってないわ」


「はあ? まだ何かあんのかよ」 


 立ち去ろうとしたところを止められ、あたしはため息をつきつき振り返った。


「辞めて欲しいんだけど、部活」


「……はああ?」 


 こいつ何言ってんだと思って睨みつけると……。


「恋がアイドル目指すのは構わないわ。そんなの個人の自由だし。でもやるなら学外でやってほしい」


「……なんで?」


「会長よ。あなたたちのお遊びにつき合うことで会長の時間が削られるのが、わたしには我慢ならないの」


「……ほうー」


「あんたにはわからないかもしれないけどね、頭脳明晰運動神経抜群、人望もあり先を見通す力も兼ね備えた、あの人はスペシャルな存在なの。その力は生徒会長という公的で重要な職務において存分に発揮されるべきであって、アイドル活動なんていうチャラチャラした分野においていたずらに消費されていいものじゃないの」


「チャラチャラねえー……?」


 正直言うならば、アイドル活動に対してはあたしも似たような偏見を持っていた。

 やたら露出の多い衣装を着て、適当な歌を歌って踊って、チヤホヤされて。

 ああ、楽そうだなあーってさ。


 でも、実際にやってみたら違うんだ。

 一曲につき3分前後。

 まったく休まずに踊り歌い、しかも笑顔まで振りまくなんてのは尋常じゃない。

 テレビの中にいるあいつら、ほとんどアスリートだ。


 しかもそれを、恋がやろうとしてるんだ。

 運動神経ゼロで根性もない。

 そんなあいつが、死に物狂いでやろうとしてんだ。


「わかってねえなあー……おまえは」


 あたしはゆっくりかぶりを振りながら、関原に言った。


「なんでも自分の物差しだけで計ってんじゃねえよ」


「……はあ? 何言ってんのよ、あんたは」


「あたしら秋の学祭のステージに出るからさ、そいつを見てから物を言いな」


 戸惑う関原の肩を、あたしはぽんと叩いた。


「プロデューサー……じゃなくて、会長のことしか見えてねえ色ボケしたその目に、焼き付けてやっからさ」


「はあああああっ!? あああああんた、何言ってんの!? い、い、色ボケえぇぇぇぇぇ-!?」


 顔を真っ赤にして動揺する関原はさて置き、あたしは屋上を後にした。


 そして、この時の気持ちを歌詞にしたのが『CHANGE!!』だ。

 人は変れる。

 努力さえ怠らなければ、なりたい自分になれるんだ。

 そういう気持ちをこめた歌だ。

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