第11話「CallMe」

 ~~~三上聡みかみさとし~~~




 練習終了後、片付けをしてから生徒会室を訪れた。

 残っていた副会長の関原せきはらに職務の進捗を確認してから家路に着いた。


 すると、意外なことが起こった。

 校門に寄りかかるようにして、レンが立っていたのだ。


「なんだ、先崎せんざきと帰ったんじゃなかったのか?」


しのぶちゃんは空手道部に顔出すとかで……。それでわたしはその……会長さんと帰りたかったから……」


 学生鞄と体操着の入っているだろう袋を体の後ろにして、恋はモジモジとしている。


「そりゃあまあ構わんが……なんでまた?」


「な、なんで……っ?」


 俺の質問に、恋はなぜだかびっくりしたような顔をした。


「え、ええーと……? あのその……わたしたちってつき合って……ませんでしたっけ?」


 恋は自信の無さそうな表情でこちらを窺ってきた。


「なるほど、そういうことか……」


 そういえばそういう約束だった。

 恋がアイドル活動をすることの条件として出したのは、俺との恋人活動。

 ならば一緒に帰るぐらいは当たり前か。


「よし、一緒に帰るか。考えてみれば、こんな時間に恋みたいな女の子がひとりで帰るというのもあれだ」


「れ……恋みたいなってのはその、どういう意味のあれなんですかね……?」


 歩き出した俺の隣に並ぼうと、恋が小走りになって追いかけて来た。


「ん? ああ悪いな、言葉足らずだったか。恋みたいな可愛い女の子をひとりで帰すのは危ないだろうという意味で言ったんだ」


「…………っ!?」


「なんだ、どうした?」


 急に道端にうずくまった恋に声をかけると……。


「な、なんでもないですっ。その……ホントになんでも……っ。ただちょっと、不意打ち過ぎて膝にきたといいますか……」


「膝に? ……ああ練習がキツかったかな。たしかに考えてみれば、初日なのに無理させすぎたかもしれん」


「い、いえいえぜんぜんそんなことっ。たしかにちょっと、明日になったらものすごい筋肉痛で歩けなくなりそうな感じはありますけどもっ。でも今のところは全然なんともっ……ってえええええ!? ホントにそんなこと言うの!? 勢いつけすぎて引かれないっていうかなんでもありませんただの独り言です!」


「……ん?」


 何もない空中をかき回すようなしぐさをした後、恋は俺の足元辺りを見ながら言った。


「その……やっぱり限界で……正直もう歩けないぐらいなので……おぶってくれたりすると嬉しいです……」


 蚊の鳴くような声で、ぼそぼそと。


「なんだ、そんなことか」


 俺は気軽に請け負うと、恋を背負った。


「ふぉああああっ!? ホントに!? ホントにおぶってくれた!? くださった!? くださったのですか!? いやちょっと、なんかすいませんっ! わたしごとき路傍の石がわがまま言ってしまいましてっ! 会長さんにこんな……こんなあああ……っ!?」


 筋肉が断裂して炎症を起こしているのだろう、恋の体は燃えるように熱い。


「というか匂いとか大丈夫ですか!? いやめちゃめちゃファブってはいるんですけどね!? それでも少しでも香ったりしたら……したらわたし、この場で死んでお詫びします!」


「いや別に、死ななくていいよ」


「だって、わたしごときのせいで会長さんが……!」


「おまえはいい匂いだよ。春の日向みたいな匂いだ。ずっとそこにいたくなるような、幸せの匂いだ。嫌な気持ちになんかならないよ」


 どこまでもどこまでもな恋の卑下を止めようと、俺は強く言った。


「……っ!!!!!?」


 ボンッと顔から湯気を出した後、恋はへなへなと俺の背に顔を埋めた。


「…………ひゃい」


 ようやく納得してくれたのだろう、小さく返事をしてくれた。




「なあ、今日の練習はどうだった?」


 暮れ落ちていく夕日の中を、俺はゆっくりと歩いた。


「ああー……けっこう辛かったですかねえー……。普段使わない筋肉を総動員した感じと言いますか……。エネルギーって0以下になることあるんだなと言いますか……。あ、いや、だからどうってわけじゃないんですけどねっ? 今のはただの感想と言いますか……っ」


「そうだろうな」


 俺はあっさりと首肯した。


「おまえはまだ若いし、肉体的にも成熟していない。スポ小にも入ってなかったわけだしな、いきなりこんなに動いたら、反動がくるのも当然だろう」


 背負っているからなおさらわかる。

 尻の張りや太ももの肉付きひとつとったって、レンとは比べものにならない。

 もっともレンのそれは、肉体的成熟と本格的なダンスレッスンの成果によるものではあるのだが……。


「これから頑張らなきゃだな、恋」


「え、ええーと……? まあ頑張りますけども……?」


 未来の自分と比較されているだなんて夢にも思わないだろう恋は、不思議そうに首を傾げた。




「っと、ああーっ。ここ、ここ、ここぐらいでけっこーですっ」


 家の手前数十メートルぐらいのところで、恋はニワトリみたいな声を出した。


「これ以上は家人かじんにっ、家人に見つかってしまいますのでってわたしっ、家人って単語初めて使いましたっ」


「お……おおそうか。そう言われてみればそうだな。大事な娘がこんな男と一緒にいられるところを見たら、親御さんも平静ではいられないだろうな」


「こここここ、こんな男なんてことはないですけどもっ。むしろわたしのほうがこんな塵芥ちりあくたみたいに思われる側だと思うのですけどもっ。ともかくそのっ、実に名残惜しくはあるんですけどもどうか降ろしてくださいぃぃっ」


 慌てるのを降ろしてやると、恋はよたよたしながらも大急ぎで俺から遠ざかっていった。

 よっぽど俺と一緒にいられるところを見られるのがまずいのだろうと思って眺めていると……。


「ああー……っと、そうだっ。会長さんっ」


 道の角からひょこりと顔だけ出して、恋は言った。


「これからわたし、会長さんのことなんて呼べばいいんですかねっ? っていうのはその……こういう関係になってしまった以上は会長さんっていうのは変じゃないですかっ。まだ部活でない以上部長さんでもないし、と、ととととということはですよ……っ? み……みみみ三上みかみさんとかっ。あるいはし、下の名前で……っ?」


「プロデューサーさん」


「……え?」


「プロデューサーさんって、呼んでくれ」


「え……と、あ、はい? そういう感じのやつですか? まあたしかに、会長さんではなくその……役割を考えるとそうなのかもですけど……」


「……ごめんな、恋」


「え、ええええっ!? なんでですか!? なんで謝るんですか!? 全然悪いことなんかないですよっ! こういう関係になったの、わたし的にはむしろラッキーですしっ。一緒にいられて、形の上だけでもこ、恋人関係になれたのは僥倖ぎょうこうですしっ」


 さんざん言葉を選んだ後、恋は言った。

 頬を染めて、はにかむようにして。


「その……おやすみなさい、プロデューサーさん。これからもよろしくお願いします」


 それだけ告げると、角の向こうに消えた。




「……ああ、おやすみ」 


 しばらくその場を動くことが出来なかった。

  

 軽いとはいえ女の子を学校からずっと背負って来たからか。

 あるいは想像以上に疲れているからか。


 わからない。

 わからないけど俺は、その場に立ち尽くしていた。


 暖かい夏の夜の入り口で。

 懐かしいその呼び名を噛みしめていた。

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