第5話「花園の告白……告白?」

 ~~~三上聡みかみさとし~~~




 待ち合わせの場所に指定されていたのは、学校の奥庭おくにわだった。

 これは久鷹くだか中独特の言い回しで、コの字型の校舎の開口部中央にあるのが中庭、そこから校舎を挟んで上に位置するのが奥庭となる。

 校長が時おり散歩する以外は用務員さんしか使用しないスペースで、秘密の話をするにはまさにうってつけの場所だといえた。


「なるほど、ここなら人目にもつかないってわけか……」


 色とりどりの花が咲き乱れる花壇と温室に囲まれるようにして設置されている白いベンチに、恋が座っていた。


「おっと、まったくのふたりっきりってわけじゃないからな。おかしな気を起こすんじゃないぞ?」


 恋の隣に座っていた女子が、俺の姿を認めるとすっくと立ち上がった。


「……仙崎忍せんざきしのぶか」


「へえ……アタシのこと知ってるんだ?」


「これでも会長だからな。目立つ生徒のことは知ってるさ」


 ツンツン尖った短髪にモデルのような長身。

 一年ながら女子空手道部のエースで、将来的には空手の日本代表にまで選出される猛者だけあって、ただ立っているだけでもものすごい迫力がある。


「じゃあ、アタシの役目も察してくれてはいるんだろう?」


「……ボディガード、だな?」


 答える代わりに、仙崎は鷹揚おうようにうなずいた。


「その通り。恋がアンタに押しきられないようにね。あとはまあ……」


 仙崎が眼光鋭くにらみつけると、俺を尾行して来たのだろう、数人のギャラリーがそそくさと逃げて行った。


「なるほど、人払いも兼ねてると」


「そーゆーこと」


 仙崎はひらひらと手を振ると、俺たちの声が聞こえないぐらいの距離まで離れてくれた。





「忍ちゃんは、家が近所の幼なじみなんです」


 仙崎のほうをチラリと確認してから、恋が立ち上がった。


「強いし、見た目も迫力があるんですけどホントは優しいコなんです。今日だって、いいって言ったんだけど、わたしのためにどうしてもって来てくれたんです。でも、だからって特別何かをするつもりなんてないので、あまり悪く思わないでくださいね?」


「わかってる」


 俺はうなずいた。

 粗野な言動に反して、仙崎が問題を起こしたことは一度もない。

 これまでも、これからも。

 むしろそういった連中を止める側の人間だ。


「昨日、気絶したおまえに真っ先に駆け寄ったのもあいつだったしな」


「うわあ……よく見てましたねえ、会長さん?」


 恋は目を丸くして驚いた。


「まあ職業柄……ではなく、役職柄な」


 ゴホンと咳払いして、俺は続けた。


「そういう見えづらい部分も見ておくのが役目だ」


「ははあ……さすがは……」


 恋は感心したようにうなずいた後、「だからわたしなんかのことも見ててくれたのかな……?」とごにょごにょつぶやいた。


 そしてパッと、顔を赤くした。

 

「そ、そうじゃなくてその……っ、今のは違くて……っていうかそもそも聞こえてましたっ? ましたかねっ? ……あ、聞こえてないですか。なら良かった……っていってもあんまり変わらないんですけどね。だってこれからするのはそうゆー・ ・ ・ ・お話なわけですし、けっきょく順番が遅いか早いかの違いでしかないので……ってあれ、これって自分で自分を追い込んでるみたいになってるっ?」


 両手をわたわた動かしながら恋。


「何やってんだろうわたし……ってあああっ? 会長さんが呆れたような目をしてるっ?」


「いや、してないが」


「だだだだって、いつもより目が細いですしっ、なんかこう顔の筋肉に力が入ってますしっ」


「ああ、これは単純に眠いんだ。昨夜は眠れなかったからな」


「眠れなかっ……ってああ、そうでした。今朝自分で言ったことなのに、わたしもう忘れてる」


 恋ははふうと大きなため息をついた。


「ホント、やだなあ。わたし、記憶力がなくて……」


「……」 


 そうだな、とも。

 そんなことないだろう、とも言わなかった。

 だってそれは、いつもレンが口にしていた悩みだったからだ。


「なあ、恋」


 とにかく話を進めようと、自分から口を開いた。


「昨日のことなんだけど……」

「っとと、その前にですよ? 本題に入る前に、ひとつだけたしかめておきたいことがあるんですけどいいですか?」


 パタパタと忙しく両手を動かしながら恋。


「そもそも会長さんはどうして、わたしのことをそんなに知ってるんですか?」


「どうして……」


 答えに窮しているところに、畳みかけるように訊いてきた。


「忍ちゃんは目立つからわかりますよ? でもわたしは、全然そんな感じじゃないじゃないですか。地味で大人しい、どこにでもいるよーな女の子じゃないですか。なのになんでそんなに詳しいんですか? しかもなんでその……夢のことまで知ってるんですか? 今まで誰にも、教えたことなんてなかったのに」


 たぶん、一番聞きたいのは最後の部分なのだろう。

 トップアイドルになる夢は、恋がひた隠しにしてきたことだった。

 それこそ高校一年になってアルファコーラスに入るまで、誰にも。


「ああ、それはな……」


 さすがに正直に話すわけにはいかない。

 だから俺は、嘘と真実を巧妙に混ぜることにした。


「ずっと見てたからだ。他の誰でもない、おまえを」


「わたしを? ずっと……ですか?」


 怪訝そうな顔をする恋に、俺は言った。

 レンから聞いた情報思い出を含めて。


「最初は電気屋の前だった。まだ小さなおまえがテレビに映ったガルエタの『New Season!!』を一緒になって熱唱していたのを見た」


「ちょ……っ?」


「次は四越デパートの屋上だ。昼間の誰もいないステージで、おまえが踊っているのを見た。あれはトリプルラヴァーズの『マンボ№6』だったな。実にノリノリだった」


「ちょちょちょっ……?」


「清掃のおじさんも最初は笑って見ていたんだが、あまりにもおまえがやめないからとうとうしびれを切らしてステージに上がって無理やり掃除を始めて……なのにおまえはそれをジョイントライブ的なものと受け止めてしまって逆にハッスルして……」


「ちょちょちょちょちょちょーっ!?」


 恋は顔を真っ赤にすると、拳法家みたいな奇声を上げた。


「ちょっと待ってくださいお願いだから許してくださいそれ以上は死んでしまいますというか思ったよりも核心を突くようなエピソードだらけでびっくりしてるんですけどいやいやホントによく見てますねっ!?」


「目についたんだ。他がモノクロみたいに見える中、おまえだけがフルカラーで見えたんだ」


「ちょ……っ?」


「一挙一動自体はお世辞にも洗練されたものじゃなかった。だがその眼差しには紛れもない、選ばれし者の光があった」


「ちょちょちょーっと! ストップ! ストップですよ会長さん! それ以上はさせませんよ!」


 両手をビシッと前に突き出す恋。


「なんだ、どうした?」


「どうしたもこうしたもないでしょう! ホントに会長さんはどうしてずっとそうなんですか! 会った瞬間から褒めて褒めて褒めて褒めて褒め殺して来てっ、そんなことされた女の子がどんな気持ちになるかわかってやってるんですか!?」


「……もしかして、不快だったか?」


「そうじゃなくってぇぇぇぇぇぇぇー!」


 恋は頭を抱えて絶叫した。


「もう! なんでそうなるんですか! もう! そうじゃないでしょう! わたし今、不快そうな顔してますか!?」


 顔を真っ赤にして……大きな目をさらに大きく見開いて……やたらと声を張り上げて……。


「少なくとも、怒っているようには見える」


「それはそうかもですけどおおおおー!」


 恋は身悶みもだえするように体をくねらせた。


「すまない。俺は生まれつき鈍くてな。人情の機微きびにはうといんだ。もう少しわかりやすく伝えてもらえると助かるんだが」


「ええ! わかります! それは今までのやりとりで十分すぎるほどよくわかりました! わかりました! けども!」


 さすがに叫び疲れてきたのだろう、恋は肩で息をしている。


「ああー……もうっ、こんな感じでいいのかなあー……?」


 やがて、精も根も尽きたというようにその場にしゃがみこんだ。


「なんかこれ……わたしの思ってた告白シーンと違うんだけど……」


 何やらぶつぶつとつぶやいているが……。 


「なあ、恋」


 俺はすっと手を差し出した。


「混乱させたのならすまない。だがこれは、俺の正直な気持ちなんだ。おまえと手を取り、一緒に歩きたい。共に同じ夢を見て行きたい。そしていずれは……」


「待った! 待ってください! また話が猛スピードで走って行っちゃってますよ!? いきなり将来の話とか、いくらなんでも気が早すぎないですか!?」


 恋は慌てたように制止してきた。


「そうか、すまない。性急すぎた」


「もう、ホントですよ。……まあ、そこまで真面目に考えてくれてるんだっていうのは嬉しいことなんですけども……」


 恋は乱れた前髪を直すと、ハンカチで丁寧に手指を拭った。

 顔を手で扇いでから、よし、と気合を入れると……。


「えーっと、それではその……」


 おずおずと俺の手を握ってきた。


「改めてお願いしますというか……」

「そうだな。俺からもお願いするよ」


 ふたり、同時に口を開いた。


「いきなり恋人ってのはさすがに恥ずかしくて死んじゃうので、まずはお友達からで……」

「いきなりトップアイドルのステージには立てないからな、まずは地道にイベントをこなしていこう」


 ………………。

 …………。

 ……。


「……あれ?」

「……え?」


 俺たちは、同時に首を傾げた。

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