「FirstSongs」
第2話「諦めるのはまだ早い」
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さて、状況を整理しよう。
今は10年前の7月8日。
俺が動かしているのはその頃の自分の体だ。
見た目や声の若さ、内臓諸機関の動きから、それはほぼ間違いない。
平日の昼間に授業に出ていることから考えて、『もうひとりの自分』のようなパラドックスを内包した存在もいないと見ていいだろう。
タイムトラベル系SFの分類で言うならばタイムリープ。
直訳するなら時間跳躍。
意識だけが昔の自分に戻った状態だ。
理由は──考えるまでもないだろう。
雷の直撃を受けたか倒木の直撃を受けたか。
極度の衝撃による魂の飛翔だ。
ならばレンだって一緒に来てもいいはずだが、現実問題として来ていない。
今目の前にいるのは、アイドル『レン』ではなく、ただの中学一年生の『
「……っ」
一瞬気が遠くなったが、なんとか耐えた。
ショックをうけてる場合じゃない。
ともかくやれることをやらなければ。
「……まだ終わりと決まったわけじゃない」
誰にも聞こえないようにひとりごちた。
そうだ、諦めるのはまだ早い。
レンが時間差でやって来る可能性は無くなっていない。
俺がこうしてここにいる以上、ゼロじゃない。
だったら俺は、何よりもまずその
「……うしっ」
とりあえずの方針を定めると、俺はパチンと頬を張って気合いを入れた。
まずは状況の確認──
場所は
教室の掛け時計によると、時刻は14時50分。
時間割と照らし合わせるなら6限、古典の授業の真っ最中。
教壇にいるのはごま塩頭の
叱る時にチョークを投げつけてくるのが特徴の攻撃的な先生だが、さすがに状況が飲み込めていないのだろう。今はただただポカンとした顔をしている。
生徒たちの大半も困惑しているが、一部面白がる余裕のある生徒もいるようだ。
──ちょっ……会長どしたん急に?
──突然1年の教室乗り込んできて、告白?
──あ、これそういうの? やっべーじゃん。
生徒のざわつきを耳にした坂井戸先生の目に、理解の色が灯った。
みるみるうちに、顔面が紅潮していく。
──つか、相手はなんで
──可愛くないわけじゃないけど、地味だよねえーっ。
──やっべ……ごまちゃんの例のあれが出るぞっ!?
「三上ぃぃぃぃーっ! 人の授業中に何をしてやがるんだあぁぁぁーっ!」
叫ぶなり、右手を一閃。
白いチョークが宙を飛んだ。
矢を思わせるような凄まじい速度──だが大丈夫だ。
黒田君がよく額にくらっていたから、その軌道は覚えている。
『うおおおおおっ!?』
俺が人差し指と中指でチョークをキャッチすると、教室中が湧いた。
「ななななな……っ!? おまえいったい……!?」
俺は顔を真っ赤にして立ち尽くしている坂井戸先生の元へ歩み寄ると、チョークを手渡した。
頭を下げ、失礼を丁寧に詫びた。
「先生、授業のお邪魔をしてしまい、大変申し訳ありません。ですがご安心ください。用事を済ませ次第すぐに退出いたしますので」
「三上! そうじゃない! そういう問題じゃない! 退出するとかしないとかじゃない! そもそも何しに来たかと言っとるんだ!」
しかし坂井戸先生は、なかなか許してくれない。
「というか、さっきからおまえのその態度はなんなんだ! 大上段から人のことを
「大上段から見下す……?」
まったくそんな意図は無かったので驚いた。
だが考えてみれば、身長160も無い坂井戸先生と、この当時で180を超えていたはずの俺との間には、特に何もしなくたって20センチ以上の差がある。
傍にいるだけだって、脅威に感じてしまうものなのかもしれない。
──ユンユンやレミィちゃんはプロデューサーさんの目つきが鋭すぎるって怖がってますから。たまにはこうやって大きく開いて、ニコーッて笑ってあげないと──
唐突に、レンに言われた言葉が脳裏に蘇ってきた。
「そうか、そういうことか……っ」
身長差だけじゃない、極度に悪いこの目つきのせいで坂井戸先生の怒りが納まらないんだ。
なるほどと腑に落ちた俺は、さっそく実行に移すことにした。
思い切り顔面の筋肉に力を入れ、目を大きく開き……。
「先生、度重なる失礼。誠に申し訳ございません。ですが誤解なさらないでください。俺は全然、先生を見下してなどいません。このご時世に生徒にきちんと範を示せる立派な方だと尊敬しております(ニコオ……ッ」
「なななななんだあーっ!? そっ……そんな恐ろげな形相をして、殺る気か!? この俺を殺ろうというのかあああーっ!?」
しかしなぜだろう、坂井戸先生は前にも増して怒り出した。
教卓を盾にしゃがみ込むようにして、盛んに威嚇して来る。
「だが残念だったなあー! この坂井戸幸太郎、決して暴力などには屈しない男だ! どんな理不尽にだろうと抗える、一本筋の通った男なんだよおーっ!」
歯の根をガクガク震わせ、顔を真っ青にしている。
明らかな恐慌状態で、こちらの言葉が届いていないのがわかる。
──おおおー、すげえ会長。あのごまちゃんを一蹴だよ。
──マジでひとにらみだぜ? えげつねえー……。
──あの人、顔はいいけど目がねえ……。怖いんだよねえー……。
「……ま、いいか」
もはや言葉の通じない存在になった坂井戸先生はさて置き、俺は恋の方に向き直った。
状況の確認の次は、恋との関係性の構築だ──
「なあ恋」
「……ひぃっ?」
一歩近づくと、恋が怯えたような声を出した。
「……おっと」
どうも俺の笑顔はウケが良くないらしい。
顔をもみもみと揉んで表情を元に戻すと、改めて恋に対した。
「すまんな、話の途中で」
「え……や、そのっ。そういった意味ではまったくなんの問題もないんですけどっ。むしろずっと途中のままでも良かったんですけどもっ」
「いや、それではダメだ。このままというのは良くない。お互いの立場をはっきりさせておかないと」
生徒会長が授業中に1年の教室に乗り込んできた──この異様な状況に対するとりあえずの説明をしておかないと、恋だってやりづらいだろう。
「お……お互いの立場ですかぁー……っ?」
「聞いてくれ。俺がどうしてここへ来たか。おまえに何の話をしようとしていたか」
「は……はひっ、聞きますっ、聞きますともっ! おまかせくださいっ! こう見えても聞き上手の恋ちゃんって、ご近所では有名なんですからっ! だからその……それ以上急激に近づくのはぁー……っ!?」
両手をパタパタさせて慌てる恋。
──おいおい……あれってどう見ても……。
──オラオラ系の告白だよね。壁ドンして、『俺とつき合えよ』ってやつ。
──あの顔と迫力でそんなことされたら、そりゃあイエスって言うしかないよなあ……。
「あー……」
このままでは俺と恋との関係を誤解されかねない。
アイドルとプロデューサーがそんな風に思われるのは、非常にまずい。
「恋、悪いが方針転換だ」
「ほうしん……てんかん?」
「場所を変えよう。今は何せ授業中だし、皆の目の前だし」
「い……今さらそれを言いますかあっ?」
ガクッと肩をこけさせる恋。
「いやまったくその通りだ。おまえの言ってることは100%正しい。こんなタイミングでこんなところで……否はすべて俺にある。ただひとつ言い訳をさせてもらうなら、我慢できなかったんだ」
「我慢……?」
「おまえがここにいると知っているのにも関わらず、のんびり席に座って時間の過ぎるのを待つなんてこと、出来なかったんだ」
「〆◇£¢§☆◎○!?」
「すぐに会いたくてしかたがなかったんだ。声を聞いて無事を知って、とにかく落ち着きたかったんだ。すなわちすべて、俺のわがままだ」
「@▽%&¥¢〆≧!?」
なぜだろう、言葉を重ねれば重ねるほどに、恋から落ち着きが失われていく。
「あ、あのー……なんというかそのー……勘違いだったら申し訳ないんですけどもー……」
恋は両手の指をもじもじさせながら、上目遣いで俺を見てくる。
「もしかしてその……会長さんて……わたしのこと……好きだったりなんて……? あ……あははっ。ま、まさかですけどね。そんなことないないってわかっていながら聞いちゃいましたっ。あは、あは、あははははっ」
「ああ、好きだぞ?」
「……っ?」
俺はあっさりと首肯した。
「おまえは可愛いからな。顔の作りが綺麗なだけじゃなく、くるくる表情が変わるから一日中見ていても飽きないしな。耳に残る声と合わせて強力な武器にもなっているな。ダンスレッスンのおかげで最近は体つきもシャープになってきたし、キュッと上がったヒップがキュートなんて声も、けっこうあるみたいだぞ?」
「…………」
「性格的にもいいよな。明るいし、多少の失敗じゃへこたれない。いつも周りを見ていて、メンバーがどんな状況にあるのか把握してるのもいいところだな。弱ってるやつのフォローしてやったり声かけしてやったり、おまえのおかげでやりやすいって皆が言ってるぞ? もちろん俺もプロデューサーとして大いに助けてもらってるし。……ってすまんな、今のおまえに言っても意味ないのか」
「………………」
「あれ? どうした恋?」
声をかけても目の前で手を振っても、何の反応も示さない。
スイッチの切れたロボットみたいに活動を停止している。
「バカ! あんたが変なこと言うから気絶してるんだよ!」
隣の席の女生徒が、慌てたように恋の肩を揺すっている。
「え、気絶? なんで?」
本気で意味がわからない。
「俺、そんなに変なこと言ったか?」
どうしていいかわからず立ち尽くしていると……。
『うわあああああああ!』
教室中に歓声が響き渡った。
──すげえ! すげえの見た!
──衆人環視の中での生告白!
──表情も変えずにべた褒めの褒め殺しだよ! やるねー会長! 男だねー!
──一日中見ていたいとか、ヒップがキュートとか、よく言うわー!
──性格的な部分も超褒めてたね! あれはオチるわー!
──てかホントにオチてるけどな! 高城、立ったまま気絶してやんの!
お祭り騒ぎみたいに騒ぎ出す生徒をたちを
「三上ぃー! ここかあああー!」
騒ぎを聞きつけて来たのだろう、桜子先生が肩をいからせながら教室に突入して来た。
「人の授業を抜け出してどこへ行ったかと思ったら、1年の教室だと!? 気でも狂ったか!」
「いえ、狂ってません。極めて冷静です」
「狂ってる奴は皆そう言うんだよ!」
元バレーボールの東京都代表だったこともある桜子先生が、ぐいと凄まじい力で俺の襟首を掴んできた。
「すいません先生、俺はまだ約束を……」
「詳しいことは後で聞く! とにかく戻るぞ!」
恋と話し合うための日時と場所を決めないままに、俺は教室の外へと連れ出された。
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