4-5

 香道秋彦の葬儀の翌日、警視庁では早河の処遇を巡って会議が開かれていた。早河の単独行動は上司である上野警部と捜査一課長の許可を得てのことではあるが、それにより香道を死なせ、貴嶋を取り逃がした責任は大きい。

早河の処分は停職2週間となった。


『すまない、早河。全部俺のせいだ。お前をひとりで行かせたばかりにお前や香道まで……』

『警部の責任ではないですよ。ひとりで行くと決めたのは俺です。それに俺が頼りないから香道さんが後をついて来たんだと思います。俺が香道さんから独り立ちできていなかったんですよ』


早河は自分の警察手帳を上野に渡した。これで2週間は職務が出来なくなる。


 小山真紀が小さな箱を携えて早河の側にやって来る。彼女は箱を早河に差し出した。


「早河さん、これを……。香道先輩のデスクの片付けをしていて見つけました」


早河と上野は真紀が差し出した小箱をまじまじと見た。有名ジュエリーブランドのロゴの入る白い箱の中身は開けずとも大方の察しがつく。


「引き出しの中に入っていたんです。確認のために中を見ましたが、桐原さんへの婚約指輪かと」

『だとしたら、どうすればいいんだろうな。俺が恵さんに渡すわけにもいかない』


早河は困惑した。上野と真紀も葬儀の際に桐原恵が早河に掴みかかった現場を見ている。早河がこれを渡しに行けば彼女はまた早河に罵詈雑言を浴びせるだろう。

上野が真紀の手から箱を受け取り、早河の手のひらにそっと置いた。


『香道のご両親に返すのがいいだろう。ご両親の判断で桐原さんに渡してもらえばいい。これを渡すのは早河の役目だ』

「私もそう思います」


 上野と真紀の後押しを受けて早河はこの指輪を香道家に届ける決心を固めた。警察手帳と引き換えに香道秋彦の想いのこもる指輪を手にして警視庁を出た。


携帯電話の着信履歴を見ると恋人の玲夏から着信が入っていた。折り返し玲夏の携帯にかけ直す。


{処分の結果どうだった?}

『停職2週間。今の俺は目の前に犯罪者が現れても逮捕できない身分になっちまった』

{そっか……}


玲夏の声は沈んでいた。


『そっちは? 仕事中じゃないのか?』

{もうすぐスタジオ入り。明日からロケで北海道だよ}

『夏の北海道か。いいな。頑張れよ』

{北海道から戻って来たら会いたいな。香道さんのご実家にもお焼香に行きたい}

『そうだな。香道さんお前の大ファンだったよな。俺よりも玲夏の出演作に詳しくて……』


額を押さえて街路樹の植え込みの前でしゃがみこむ。溢れる涙を止める術が今はない。


『玲夏、悪い。俺……』

{いいよ。仁が泣き止むまでこうしてるから}

『ごめん……』


 どんなに泣いても死んだ人間は戻らない。そんなことわかっているのに、どうして人は涙を流すのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る