4-2

『早河くん。君の動向はずっと把握していたんだ。警視庁に配属された時はいよいよ再会の時が近付いたと嬉しくなったよ。そうそう、女優の彼女は元気かな?』


 自分の知らない間に人生を監視されていた気持ちの悪さに耐えられず早河は唸った。


『俺の親父を殺したのは辰巳の命令か?』

『いや、私の独断だ。私の築く新しい世界には君の父親も邪魔だったからね』

『お前は人の命をなんだと思ってるんだっ……!』


ついに早河は怒鳴り声をあげた。彼は拳銃の安全装置を解除して狙いを定める。

貴嶋は冷笑していた。


『だから神の存在が重要なんだ。もしも本当に神がいるのなら神とは残酷なお方だ。友人の父親と自分の父親を殺す瞬間を黙認しているのだから』


 ――この世に神はいると思う?――


 12年前にまだ少年だった貴嶋の声がこだまする。


『親父はお前が辰巳の息子だと知っていた。親父の日記に書いてあったんだ。俺にすべてを話さなければならないって』

『敵の息子と自分の息子が仲良く肩を並べていたんだ。君の父親もさぞ驚いただろうね』

『結局、親父は俺に話す前にお前に殺されちまったけどな』

『恨むなら恨みたまえ。君が刑事になった時に思ったんだ。君と私は光と闇。私達は相対する道を並んで歩いているんだよ』


 貴嶋が早河に向けて発砲した。早河はとっさに避けたが、銃弾が右肩をかすめた拍子に拳銃を落としてしまった。早河の手を離れた銃は床を滑って貴嶋の足元に転がっていく。


『俺を殺すのか?』

『辰巳佑吾、早河武志、そして君……私の天地創造のためには全員邪魔者でしかない。たとえかつての友人であろうとも殺すよ』


肩の痛みに顔を歪めて早河はひざまずいた。荒い呼吸を繰り返して貴嶋をねめつける。


『お前の言うとおり神って奴は残酷かもしれない。だが神は人殺しを黙って見ているわけじゃねぇよ。神は人殺しにちゃんと罰を与えてる。犯罪者と言う一生消えない罰だ』


右肩の傷を押さえた左手は真っ赤に汚れていた。早河は血に染まる手を握り締める。


『生憎、俺は神じゃないからな。お前が人を殺すのを黙認する気はない。俺が止める。俺がお前を牢屋にぶちこんでやるよ』

『君は本当に面白いね。私を止められると思っているのかい?』

『止めるさ。命懸けでな』


 チャンスは一度きり。貴嶋の死角に入ればまだ勝機はある。


『……残念だけど君には無理だ』


 貴嶋は一瞬だけ早河の後方に視線を向け、再び早河に狙いを定めてトリガーを引いた。早河が体勢を整えて貴嶋の死角に入ろうとしたその時だ。


『早河っ……!』


 名前を呼ばれると同時に誰かに強く突き飛ばされた。直後に鋭く耳を突き刺す発砲音と何かが倒れる音。

わずか数秒の出来事だった。何が起きたのかわからない早河は目の前で倒れている人物を見て驚愕する。


『香道さん!』


 地面に伏している男は早河のバディの香道秋彦。香道のシャツの胸元が赤く染まっていた。


『どうして香道さんがここに……』


右肩の痛みに耐えながら香道を抱き起こした。脈はあるが呼吸は弱い。


{ネズミが一匹紛れ込んでいたのに君は気付いていなかったのかな?}


 どこからか貴嶋の声がした。すでに倉庫内に貴嶋の姿はなく、声は天井に取り付けられたスピーカーから漏れていた。


{これは私の賭けだった。君が死ぬか隠れているネズミが君を庇って死ぬか。私は賭けに負けてしまったようだけどね。ネズミのおかげで君が生き残ってしまった}

『貴嶋……! お前……香道さんがいるのを知ってて……香道さんが俺を庇うと……』


 すべて貴嶋のてのひらの上で踊らされていただけだった。言い様のない怒りと悲しみ、そして絶望が早河を襲う。


{君が生き残ってしまった以上、君との戦いは続くようだ。これも宿命なのかな。まぁこれはこれで面白い}

『ふざけるな!』


早河はスピーカーに向けて怒鳴った。香道の止血をしながら携帯電話を探り、着信履歴から上野警部の番号を呼び出す。

今すぐ貴嶋を追いたいが、香道を一刻も早く病院に運ばなければいけない。


{それではいつかまた会おう。今度私達が会うときが親から受け継いだ因縁に決着をつける時だよ}

『待て! 貴嶋!』


貴嶋の名を叫ぶが無音のスピーカーは答えてくれない。


『貴嶋……。お前は……俺が必ず捕まえてやる』


力無く呟く早河の頬は涙で濡れていた。

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