#07「訪れた部屋は」

 ファンとロドリゴが数人の部下を引き連れてその部屋を訪れると、部屋の主は全てを悟ったのか、抵抗すること無く素直に捕縛された。

 彼らが訪れた部屋は――。


「そろそろ説明してくれんか、ファンよ。何故、?」


 そう、二人が訪れたのは二階の二号室、旅芸人のアショエルとヴィネが泊まっている部屋だった。


「消去法ですよ、隊長。宿泊客の中で、ドメニコス導師を刺すチャンスがあったのは、ヴィネだけだったんです。

 叫び声と物音がした時、他の宿泊客は全員が廊下で顔を合わせています。しかし、ヴィネとは誰も顔を合わせていない。『ヴィネは部屋の中にいる』とアショエルが言っただけで、他の客は誰もそれを実際には確認していません。

 つまりその時、三階にいた可能性があったのは、ヴィネだけなんです。そしてそのことを隠していたアショエルは共犯者、という訳ですよ」


 ファンの説明に、ロドリゴが感心したように何度も頷く。


「なるほどなぁ。だが、ヴィネはいつ部屋に戻ったんだね? すぐに店主が三階の様子を見に行ったはずだが」

「それも簡単ですよ。アーシュの証言にありましたよね、三階で物音がして宿泊客達が何事かと廊下に出た時、アショエルが『強盗かも知れない』『危ないので皆さんは部屋の中へ』と言ったって。その言葉を受けて、アーシュ達三人はアショエルに同行、ミゲルとジョージは部屋に引きこもった。

 ……そこから店主が宿側にやって来るまでの間なら、三階にいたヴィネは誰にも気付かれず、自室へ戻れたはずです。予め二人の間で、物音を立ててしまった場合の手はずを整えていたのでしょう」


 言われてみれば、確かに単純な話だった。なるほど、確かに物音があった時に三階にいた可能性があるのは、ヴィネだけだろう。

 それに、ドメニコスは娼婦を待ちわびている状態だったのだ。誰かが部屋を訪ねてきて不用意に扉を開けるとしたら、相手は気心の知れた店主か、もしくは呼びつけた娼婦のどちらかだろう。犯人が女だったと考えると、色々と筋が通る。


 だが、ロドリゴはまだ、事件のもう一つの謎――「ドメニコスの部屋にかけられた『施錠魔術ロック』についての疑問が解けていなかった。


「ファンよ。私にはまだ、導師の部屋の扉にかけられていた『施錠魔術』のことが理解出来んのだ。『施錠魔術』で扉を閉ざしたのは、犯人ではなく導師ご本人だった。刺殺された人間が、どうやって魔術を行使するというのだね?

 導師の体には『再生魔術リジェネレーション』がかけられていたが、あれは致命傷を即癒やすような魔術ではない。心臓を刺された人間を、一瞬で魔術が使える程度まで回復するものでもない。即死くらいは避けられるかもしれんが、持って数秒もがける程度のものだろう」


 魔術の発動には極度の集中力を要する。古代語エンシェントを唱えれば即発動するような、便利なものではない。言の葉に魔力を乗せ、「世界を改変する」という強い意志を持たねば魔術は発動しない。

 もし導師が即死していなかったとしても、心臓を刺し貫かれた状態で魔術を発動出来るとは、とても考えられないのだ。


「ええ、もし導師が心臓を刺し貫かれていたとしたら、無理でしょうね。でももし、最初に刺された時点では、どうでしょうか?」

「……どういうことかね?」

「隊長、お忘れですか? ドメニコス導師の体には、『再生魔術』以外にも、もう一つ魔術の痕跡が残されていたことを――そう、『防御魔術プロテクション』ですよ」


 ファンの言葉に、ロドリゴが思わず「あっ」と驚きの声を上げる。確かに、ドメニコスの体には「防御魔術」の痕跡が残されていた。

 「防御魔術」は、人間の肉体や身に付けた衣服・鎧の強度を高める魔術だ。あくまでも「対象が元々持つ強度を増す」ものであり、自ずと限界がある。

 ドメニコスが身に付けていたのは、上等な生地だが薄手のローブ。そして本人の体は、衰えた老人のそれだ。「防御魔術」で底上げしたところで、その強度は精々「硬い木の板」程度。だがそれでも、ナイフのような小ぶりな刃物なら、運が良ければ防ぐことが出来るだろう。


「あくまで状況証拠からの推理ですが、こういう事が起こったんじゃないでしょうか?

 まず、ヴィネが娼婦を装って導師の部屋を訪ねる。導師は不用意に扉を開けて……刺された。ナイフは導師の胸に突き立ったけれども、致命傷にはならなかった。階下の人々が聞いた叫び声は、恐らく刺された際に導師が上げたものでしょう。

 そして導師は反撃に出た。部屋には『衝撃波ショックウェーブ』の魔術を使った痕跡がありましたよね? 恐らく、それでヴィネを部屋の外へ弾き飛ばし……身を護るためにすぐ扉を閉めた」

「なるほど。襲撃者から身を護る為に、急いで扉を閉めた訳だな。階下にその音が響き渡るくらいの勢いで……」


 ロドリゴの合いの手にファンも頷き返し、先を続ける。


「扉を閉めた導師は、急いで鍵をかけ……念の為『施錠魔術』で魔術的に扉を閉ざした。相手が姿を晒してナイフで襲いかかってきたので、魔術師ではないと判断したのかも知れません。魔術師以外が『施錠魔術』のかかった扉を開けるのは、まず不可能ですからね。

 そして次に、導師は胸に刺さったままのナイフを抜こうとしたのじゃないかと思います。『防御魔術』のおかげで心臓まで達しなかったものの、強化された胸板や衣服はナイフをしっかりくわえ込み、ヴィネの手を離れても刺さったままだった可能性が高い」

「ふむ。硬い木の板にナイフを思い切り突き立ててれば、貫通しなくとも突き刺さったままになるだろうな。――我が身に置き換えてみると、なんともぞっとする話だ」


 「致命傷ではないが、自分の胸にナイフが突き立った状況」を想像し、ロドリゴが身震いする。


「ええ、ドメニコス導師も平静ではなかったでしょうね。身を護る為に、『衝撃波』と『施錠魔術』を使った辺りまでは気を張っていたでしょうが、当面の安全が確保できた時点で少しだけ気が抜けたことでしょう。そんな時、隊長ならどうしますか?」

「ん? 私かね? ……そうだな。胸にナイフが刺さったままなのも落ち着かないし、とりあえずベッドにでも腰掛けて、深呼吸の一つでもしてからナイフの処理に当たり……改めて敵の襲撃に備える、かな? 『再生魔術』がかかっているとは言え、ナイフを抜けば相当の出血もあるだろう。ベッドのシーツ等で工夫して、止血帯でも作るかもしれんな」


 ナイフなどで刺された場合、それが体に刺さったままの状態では、ナイフ自体が蓋になってほとんど出血しないことがある。そういうケースでは、ナイフを抜いた途端に内部に留まっていた血が一気に吹き出すものだ。

 すぐに止血しなければ、命にかかわる場合もある。


「導師もきっと、そう考えたのでしょう。だから、ナイフの柄を両手で抑え、傷口が広がらないように注意しながらベッドを目指し――途中で

「……転んだ、だと?」

「はい。ご高齢でしたし、胸にはナイフが刺さっているという非常事態。おまけに、立て続けに魔術を行使して疲労し、ようやく安全が確保出来たと気が抜けていた。うっかり足がもつれてもおかしくありません。

 そして、ナイフを両手で支えていたので、とっさに床に手を付くのが遅れて……激しく床に倒れ込んだ。そうなると、どうなります?」

「どうなるって、それは……。あっ!?」


 ロドリゴはそこで、この日一番の驚きの声を上げた。


「そうか、それで!」

「はい。手を付くことも出来ず床に倒れ込んだことで、のでしょう。先程発見した床の傷は、恐らくその時に付いたものです。

 少しでも角度がついていれば横滑りしたかも知れませんが、運悪く、直角に近い角度で接触したのでしょうね。その結果、ナイフの柄には導師の全体重と転んだ勢いが加わって――」

「心臓の手前で留まっていたナイフの刃先を、心臓に押し込んでしまった、という訳か! 宿泊客達が聞いた『硬い物が落ちる音』の正体は、これか! ――ん? 待てよ。ならば導師の遺体は、うつ伏せの状態で見つかるはずでは?」


 ドメニコスの遺体は仰向けの状態で発見された。ファン達が立ち入るまでの間に、遺体が勝手に裏返ったとでも言うのだろうか。


「その点は、隊長も仰っていたじゃないですか。導師の体には『再生魔術』がかけられていた。致命傷を受けても、数秒くらいはもがけたかも知れないって」

「むぅっ。た、確かに。致命傷を受けていても意識がまだ残っていたなら、もがいて体をひっくり返すくらいは出来た、だろうが……むむむむ」


 ロドリゴは何やら納得しきれない様子だった――が、実を言えば、推理を披露したファン自身も似たような気持ちだった。

 ファンの推理は、あくまでも状況証拠と「理論上可能」という根拠に基づいたものだ。机上の空論である可能性もある。

 結局、密室の中で死んだドメニコスの最期について知る者は、ドメニコス本人しかいないのだ。――いや、あるいはドメニコス本人も、訳が分からぬまま死んだのかもしれないが。


 人間は時を遡ることは出来ない。どんな大魔術師であっても、だ。

 誰も目撃していない出来事は、後から客観的「事実」を推理することは出来ても、それを「真実」だと証明することは誰にも出来ないのだ――。

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