#05「旅芸人と冒険者と行商人と」

 ――アーシュ一行は、今の所だった。では、残りの宿泊客に犯人がいるのだろうか?

 ファンとロドリゴは事情聴取を続けた。


 次に部屋へやってきたのは、二号室に泊まっている二人の旅芸人。青年アショエルと妖艶な美女ヴィネだった。

 アショエルもヴィネも白く美しい肌の持ち主だ。聞けば、二人共に北方の島国ウォディアッコーの出身だという。北方の人々の肌は白く美しいことで有名である。

 更に、ヴィネは胸元と腰回りにヒラヒラの生地を巻いただけの、極めて露出度の高い衣装を身にまとっている。踊り子としての衣装だというが、それにしても白い肌が眩しすぎて、ファンとロドリゴは眼のやり場に少しだけ困ってしまった。


「コホンッ! えー、では少し当時の状況等をだね、聞かせてもらえるかね?」


 ロドリゴがわざとらしく咳をしながら、先を促す。その視線はヴィネと部屋の片隅を行ったり来たりしている。中年男の哀しい性というやつだろう。

 一方のファンはしっかりしたもので、気持ちを切り替えると、アーシュ達の時と同じく一つ一つ丁寧に聞き取りを始めた――。


 ――アショエル達の証言は、ほぼアーシュ達と同じであった。

 ヴィネがずっと部屋の中にいた、というのもアーシュ達の証言と符合する。ヴィネは物音がした時も廊下に顔を出さず部屋に留まり、今ファン達に呼ばれるまで、ずっと中にいたのだという。

 念の為、水晶で体内魔力の波長を調べてみたが、こちらも空振りだった。


「ご協力ありがとうございました。どうぞ、部屋へお戻りください」


 軽い脱力感を覚えながら、ファンがアショエル達に一礼する。

 ――彼らにも怪しい所はない。ヴィネなどは、終始ドメニコスの遺体に怯えているくらいだった。「悪いことをしたかな?」等と考えつつ、ファンは次なる宿泊客を呼び出した。


   * * *


 ――三番目にやってきたのは、三号室の宿泊客。自称「冒険者」のミゲルだった。


「どうも! もしや、熟練冒険者である俺の力が必要になりましたか!? ――って、ええ!? し、死体ぃぃぃ!?」


 部屋へ入ってくるなり威勢のよい言葉を吐いたミゲルだったが、ドメニコスの遺体に気付くと一転、顔を真っ青にして後ずさり始めた。

 ファンは「忙しい奴だな」と思いながらも、まずはミゲルをなだめるべく声をかけた。


「落ち着いてください、ミゲルさん。遺体の方は調査中でしてね……。まだ片付けるわけにはいかないんですよ」

「……そ、そうでしたか! 『すわ新たな被害者が?』と思わず身構えちゃいましたよ、ハッハッハ!」


 わざとらしく大声を出すミゲルを冷めた視線で眺めつつ、ファンは改めて彼の姿を注意深く観察し始めた。

 年の頃は……思っていたよりも若い。まだ十代そこそこと言っても通用する程度には、幼さの残る顔立ちをしている。

 そして何故か、室内にもかかわらず鎖帷子チェインメイルを身にまとい、腰には大振りな剣を帯びていた。これから魔物退治にでも出掛けるかのような恰好だ。


「ミゲルさん。何故、室内で武装を?」

「え!? あはは! 強盗が入ったと聞いたので、用心の為、ですよ! どこに賊が潜んでいるのか、分かったもんじゃないですからね! 見つけ次第、のサビにしてやりますよ!」

「それは頼もしい。でも、それだけの気概があるなら、最初に物音がした時に真っ先に現場に駆けつけそうなものですが……」

「……あー、それはですね。あれです、敵が何人なのか、どんな連中なのかも確かめずに突っ込むのは、戦術として下の下だからですよ! まずは部屋の中から様子をうかがって、慎重に判断する。戦いの知恵です!」

「なるほど……?」


 もっともらしいような、いい加減なような。そんなミゲルの言に、ファンは首を傾げながら頷く。

 ――どうにも、このミゲルという青年は、挙動不審に過ぎる。

 「名剣」と豪語した剣も、こしらえを見るに粗末な代物に思える。そこいらの古道具屋で仕入れてきたかのようだ。

 鎖帷子も、ろくに手入れをしていないのか、所々にサビが浮いてしまっている。


 「冒険者」というのは、一所に定住せず、諸国を渡り歩きながら古代遺跡の探索や傭兵家業で糧を得る人々の総称だ。

 国や組織の後ろ盾などを持たず、何よりも「自由」を尊ぶ。全てを自身の身一つで賄わなければならない為、中途半端な実力の持ち主では、あっという間に野垂れ死にすることになる。厳しい生き方を選んだ人々への尊称とも言える。

 翻って、このミゲルは……とてもではないが、そんな剛の者には見えない。魔術師であるファンでも組み伏せられそうな弱々しさを感じる。


 ――もちろん、それもである可能性もあるのだが。


 結局、ミゲルからも目新しい情報は得られなかった。

 アーシュやアショエルと違って要領を得なかったものの、「上の階から誰かの叫び声と破裂音がして、次いで扉の閉まる音、最後に何かが聞こえた」らしく、他の証言とも一致する。


 ミゲルは「硬い物が落ちる音」、アーシュは「重い物が落ちる音」とそれぞれ表現したが、これは互いの部屋の位置の違いからくるものだろう。

 ミゲルの部屋は、ドメニコスの部屋のすぐ真下に当たる。より音のニュアンスを感じ取れたのでは? と、ファンは考えた――。


   * * *


 ――そして最後の一人、一番奥の四号室に泊まっている行商人ジョージがやってきた。

 やけに背が低く胴は太い、樽のような体格をした老人だ。行商人というだけあって、肌はよく日に焼けており、真っ白な頭髪と好対照だった。


「……おお、これは気の毒にのう。せっかくこんな歳まで生きとったのに、かように無残な最期を遂げるとは……。――父なるルネ神よ、迷える魂を楽園へといざない給え」


 信心深いのか、ジョージはドメニコスの無残な遺体を目にすると、「冥界の神ルネ」への祈りの言葉を呟き、その冥福を祈り始めた。

 一見すると気の優しい老人にも見えるが……全ては、演技かも知れないのだ。


「ジョージさん、わざわざご足労いただいて申し訳ない。早速ですが、少々お話を伺いたいのですが――」

「――はい? 何だって? すまんがのう、もう少し大きな声で話してくれんかのう? 最近、とみに耳が遠くなってのう……」

「それは失礼しました! このくらいの大きさで良いですか――?」


 その後、ファンは意思の疎通に苦労しながらも、何とかジョージから証言を引き出した。

 相当に耳が遠いらしいが……もし、これを演技でやっているのだとしたら、とんだ名優である。


 耳の遠さもあってか、ジョージの証言は他の宿泊客に比べて精細さを欠いていた。

 精々が「なにか物音がした」だとか「声が聞こえた気がする」程度だ。


 とは言え、他の宿泊客の証言の裏付けにはなった。これで、それぞれの客の証言に齟齬が無いことは確認できた。

 ――ファン達としては、むしろ齟齬があった方が良かったのだが。

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