#02「魔術師は密室で死ぬ」

「――参ったな。本当にドメニコス導師だ」


 遺体の身元を確認し、ファンは思わず天を仰いだ。


 場所は、一般居住区にいくつかある、旅人向けの安宿の一つである。

 一階が酒場に、二階と三階が宿になっているという、ライマでも珍しくないタイプの店だ。料金は格安、品質はお察しという塩梅で、お世辞にも「良い店」とは呼べない。

 そんな場末感漂う安宿で、とんでもない人物が刺殺されていた。


 ――ドメニコス導師。

 ライマの街の最高意思決定機関である「十二導師」の一人。既にかなりの高齢だが、第三席の実力者として、魔術に政治に、今でも辣腕を振るっていた。強化魔術と再生魔術の専門家として、大陸全土にその名が知れ渡っている大魔導師だ。

 そのドメニコスが、死んでいた。しかもだ。


 更には――。


「しかし……犯人は一体どこに? この部屋は我々が開けるまで、完全にだった。物陰に誰かが隠れているということもない。誰がドメニコス導師を刺し殺せたというのだね? 導師が自らの胸を、ナイフで刺したとでも?」


 ファンの上司であるロドリゴ隊長が、心底不思議だと言わんばかりの表情で首を傾げていた。

 ――そう。ロドリゴの言った通り、この部屋はいわゆる「密室」だったのだ。

 導師は、密室の中で胸を刺されて殺されていたのだ。


「隊長。自殺だとして、自らの心臓にナイフを突き刺すだなんて出来ますか?」

「……私には無理だな」

「僕にだって無理ですよ。誰にだって無理でしょう……よしんば出来たとしたって、そんな事をする理由がない。ドメニコス導師のような知恵者なら、もっと楽な自殺方法くらい思いつくでしょうし。

 ――少し、状況を整理しましょう」


 二人の所属する「第二警備隊」は、一般居住区の警察組織にあたる。街の治安維持や犯罪人の捕縛が主な仕事であり、ファンは副隊長を努めている。

 その第二警備隊詰め所に、安宿の店主が血相を変えて駆け込んできたのは、数刻前の日暮れ時のことだ。


『ドメニコス導師が、うちの店で何かトラブルに巻き込まれている』


 対応した隊員は、最初なにかの冗談だと思ったそうだが、それも無理はない。

 街の最高権力者の一人が、下町の安宿でトラブルなど起こすはずがない。そもそも、絶対に寄り付かない場所なのだ。


 だが、万が一にも本当であったなら一大事である。店主の様子も必死そのもので、嘘を言っているようにも思えない。

 事態を重く見た警備隊は、隊長のロドリゴと副隊長のファン自らが現地へと出向くことを決めたのだった――。


「まず、導師は三階に二つある部屋の内、階段から見て奥の部屋を一人で利用していた。連れは無し、と。

 そして数刻前、階下の部屋の客達が、大きな物音と誰かの叫び声、そして扉が勢いよく閉まる音を聞いて……店主さんに報告した、と。間違いないですかね?」

「へぇ……へぇ。間違いないでやす」


 ファンが確認すると、店主はその禿頭まで青ざめた様子で何度も頷いた。

 街の最高権力者が自分の店で殺されたのだ。何か責任に問われるのではないかと、気が気ではないのだろう。


「それで、店主さんが導師の部屋の前へ行って声をかけたが反応が無かった、と」

「へ、へぇ。導師様もご高齢なんで、何かあったんじゃねぇかと心配になって、声をかけてから鍵を開けようとしたんでやすが……」

、と」


 そう。店主は自らが持つ合鍵を使おうとしたのだが、鍵を鍵穴に差し込んで回そうとしても、びくともしなかった。

 当然、扉は押しても引いても開かない。何か強い力で固定されているかのように、うんともすんとも言わなかったのだ。


 ――それもそのはず。

 扉は物理的な鍵ではなく、魔法の鍵――「施錠魔術ロック」によって施錠されていたのだ。

 「施錠魔術」は、魔力によって扉と鍵をする魔術だ。力任せでは、決して開けられない。


 「施錠魔術」を「解錠魔術アンロック」によって解除したのは、他ならぬファンだ。

 ファン達が駆け付けるまでの間、店員の一人が扉の前を見張っていたらしいが、その間も扉は閉ざされたままだった。


 ――そして、開かれた扉の近くで、ドメニコスが床に倒れ伏し死んでいた。

 胸にナイフを突き立てられた状態で、だ。

 顔には苦悶の表情を浮かべている。最後の力を振り絞ってナイフを引き抜こうとしたのか、両手はナイフを握ったままの姿勢で固まっていた。

 恐らくだが、扉の前で胸を刺されて、そのまま後ろに倒れ込んだのだろう。血痕が少ないのは、ナイフ自体が蓋になって出血を抑えたからのようだ。


 当然、部屋の中には死んだドメニコス以外、誰もいなかった。

 窓の木戸はしっかりと閉められ、内側からロックされていた。ロドリゴが「密室」という言葉を使ったのは、その為だ。


「普通に考えれば、犯人が導師を殺した後、『施錠魔術』をかけて立ち去ったことになるんでしょうが……それも解せませんね」

「そうだな。そんな、魔術師がいるとは思えん」


 ――魔術を扱えぬ者の多くは知らぬことだが、魔術には使えば必ず「痕跡」が残るという特徴がある。

 そもそも魔術とは、「神の定めた世界の法則」を一時的に書き換える術だ。

 「世界を編んだ神々の言葉」を人間の手で再現した古代語エンシェント。それを、体内魔力オドを籠めながら唱えることによって行使される、人の手による奇蹟だ。


 魔術を行使すると、大なり小なり「世界との矛盾」が生じることになる。

 それは魔力的な「歪み」となってその場に残り、通常は時間をかけてゆっくりと世界に修正され、消えていく。

 そしてその「歪み」には、魔術を行使した者の体内魔力の「波長」が色濃く残っているのが常なのだ。


 体内魔力の波長は、人によって異なる。

 言ってみれば、魔術における指紋のようなものだ。

 「歪み」は通常目には見えないが、「探知魔術」によりその存在と形を浮かび上がらせることが出来る。


 ――そしてファンは、「探知・分析魔術」のエキスパートである。

 つまり、ファンが「探知魔術」により「施錠魔術」の痕跡を分析し記録しておけば、それはそのまま事件の決定的な証拠となるのだ。


 既に、扉にかけられていた「施錠魔術」の痕跡は分析し、してある。

 後は、容疑者を絞り込んで痕跡と体内魔力を照らし合わせれば、犯人はすぐにでも判明するはずだが――。


「流石に、そんな間抜けはいないと思いますがねぇ」


 ――厄介な事件になりそうだ。

 ファンは一人、心の中でため息を漏らした。

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