第24話 桜の下に捨てられた子供

 サターンは目の前の光景が信じられなかった。フェルシもルトロスも、まるで知らない人のように見える。今起きていることの全てが理解できなくて、サターンは育ての親であり兄弟だったはずの二人に悲痛な声で問いかけた。


「ねえ、何が起きているの? まるで二人とも知らない人みたいだよ! もう隠すのはやめて! 全部教えてよ……!」


 今にも泣きそうなサターンの声に、フェルシが悲しそうな顔をする。けれどルトロスは紫の蝶の羽根を優雅に羽ばたかせて、優しく笑うばかりだった。


「俺たちの愛しいサターン。お前が知りたいと言うのなら、昔話をしてあげよう。さして面白くもない話だが、神の愚かさを理解するには参考になるはずだ」


 そう言って、ルトロスは羽根を大きく羽ばたかせる。紫色の鱗粉のようなものがサターンとリリー、ロベリアに降り注いだ。途端に強烈な眠気が三人を襲う。眠りに落ちるサターンが最後に見たものは、泣きそうな顔のフェルシと楽しそうに笑うルトロスの姿だった。



※※※



 気がつくと、知らない森の中にいた。側には誰もいない。サターンは森の中にひとりぼっちだった。みんなはどこだ、とサターンはキョロキョロ辺りを見回す。すると、突然すぐそこの茂みから何かが飛び出してきた。サターンは驚きに声を上げようとして、声が出ないことに気づく。


 飛び出してきたのは男の子だった。白い髪に桃色の瞳が可愛らしい、まだ幼い少年。彼は目の前にサターンがいることにも気付かず突進してくる。サターンは避けようとするが間に合わなかった。ぶつかる瞬間、思わず目を閉じる。ところが驚いたことに、少年はサターンの体をすり抜けたのだ。


 そこでサターンはここがどこなのか気がつく。ルトロスは昔話をしてあげよう、と言っていた。その後眠らされてここに来たということは、ここは二人の過去であり自分の見ている夢なのだろう。ということは、もしかしてこの少年は……。


「ルトロス、ルトロス! はやく、はやく!」


 少年が聞き覚えのある名前を呼んだのを聞いて、サターンは確信する。この少年は、幼い日のフェルシなのだ。


「待ってくれ、フェルシ。そんなに急がなくても、木は逃げたりしない」


 先ほどの茂みから、ルトロスが現れる。サターンの知るルトロスよりも少しだけ背が低かったが、紺色の髪も蒼い瞳も今と変わっていなかった。


「でも、おはなは、ちるかもしれないじゃんか! だから、はやくみにいかなくちゃ」

「分かった、分かった! 俺も急ぐよ」


 まだあどけないフェルシは髪と目の色こそ見覚えがないが、せっかちでおとなしくしていられないところはサターンの知っているフェルシのままだ。森を駆け抜ける二人の後を、サターンは追いかける。突然彼の視界に、美しい桃色が飛び込んできた。


 それは森の中にたった一本だけある桜の木だった。はらはらと風に吹かれて舞い落ちる桃色の花びらは、息を飲むほど美しい。


「すごいな。今年も、綺麗に咲いた」

「だろ! ぜんぶちるまえに、ルトロスにみせなきゃっておもって。おれ、がんばってはしったんだよ!」

「ああ、見られて良かったよ。ありがとな、フェルシ」


 二人はしばし桜の下に座り込んで、楽しそうにおしゃべりをしていた。昨日食べた木の実は美味しかった。あそこの川の魚を獲るのに失敗してしまって悔しい。森に棲むクマに追いかけられて、危うく死ぬところだった。会話から、二人の平和な毎日がどのようなものなのかが垣間見える。


 しばらく話をしてから、フェルシが寂しそうな顔をしてルトロスに聞いた。


「ねえ、ルトロス。おれのかあさんは、なんでおれをすてたのかな。ルトロスは、このさくらのきのしたでおれをひろったんだろ? かあさんは、なんで、さくらのきのしたにおれをすてたのかな」


 その問いかけに、ルトロスも悲しい顔で首を振る。それから幼いフェルシの肩を抱いて、優しく告げた。


「分からない。でも、俺はお前と出会えて良かったよ。お前がいるから、俺は一人ぼっちにならずにすんだ。だから、そんな悲しい顔をしないでくれ」


 フェルシはそんなルトロスの胸に抱きつくと、安心させるようににっこり笑う。


「ごめん。おれも、ルトロスとであえてしあわせだよ。だから、これからもずっといっしょにいような」


 抱き合う二人を、桜の花が優しく見守っていた。

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