第22話 ありがたいお告げは最後まで聞きましょう

「うわ、すっごい行列……!」

「なんか、仮装行列みてー。バカっぽい」


 『勇者チャレンジ』挑戦者の行列を見て、サターンは思わず驚きの声をあげ、フェルシは呆れて呟いた。


「こら、フェルシ。そんなことを言ってはいけないわ。ここにいる皆さんはとっても真剣なのだから。まあ、その、魔王の私が勇者になる試練を受けることになるとは思ってもみなかったけれど……」」


 ロベリアがそんなフェルシをたしなめる。とはいえ、意味不明な状況に彼女の顔は困惑でいっぱいだったが。


「人は皆愚かだね。教会でさえ、もはや勇者のなんたるかを見失うとは」


 ルトロスは静かな声で告げた。桃色サングラスのせいで、その表情はよく見えない。


「本当に、並んでいる最中からウィッグとサングラスを付けなくちゃダメなのか?」


 リリーがうんざりといった様子でルトロスに問いかける。ルトロスはもう白髪ウィッグと桃色サングラスをばっちり着用していた。


「そういうきまりのようだからな。みんなも、勇者の剣がどんなものか見たいだろう?」

「見たいけどさ……勇者スタイル、あまりにもダサくないか?」

「ダサい。でも、リリーは前髪で目が隠れてるから桃色サングラスしてもあんまり意味ないね? 前髪がピンクに見えるよ」

「確かに。リリー、お前のそのサングラスの掛け方新しいわー」


 リリーは目を覆い隠している前髪の上からサングラスをかけていた。サングラスがまるで意味を成しておらず、一行は揃って爆笑する。笑われたリリーは少し不服そうだったが、爆笑している全員が似合わない白髪ウィッグと桃色サングラスを付けている絵面はあまりに異様で、それがおかしくてリリーも結局笑い出した。


「それで、順番が来たらどうなるんだっけ?」


 落ち着いたところで、サターンがルトロスに尋ねる。


「勇者の剣はこの列の先の教会の礼拝堂に置いてあるらしい。チャレンジをする前に神託を受けた教皇様からのありがたいお告げという名のアドバイスを受けてから、一人一回だけ引き抜くチャンスが与えられるそうだ」

「偉い教皇様ってどんな人なんだろう?きっと威厳のある、すごい人なんだろうな」


 リリーの言葉に、ロベリアも頷いた。


「そうなのでしょうね。私が魔王だってバレないといいのだけど」

「そのときは僕がロベリアを守るよ!」


 サターンの言葉に、ロベリアは頼もしそうに微笑む。それからかなりの時間行列に並び続けて、ようやく彼らは教皇の元にたどり着いたのだった。



※※※



「お待たせしました。こちらが教皇様であらせられます」

「ぐー、すぴー、ぐー……」

「教皇様、次の挑戦者がいらっしゃいましたよ。起きてください」

「あと5分待って……ぐー」

「とのことなので、5分少々お待ちください」


 目の前で繰り広げられる茶番のような会話にも、もはや一行は何のリアクションもしなかった。ここまでのグダグダ感を踏まえれば、想定の範囲内であったとでも言おうか。


「教皇様、威厳全然ないね」

「優しそうなお爺ちゃんって感じだな」

「よかった、私の正体はバレなさそうね」

「なんつーか、大丈夫かこの教会」

「……呆れて言葉も出ない」


 五人は口々にそれぞれの感想を述べる。ロベリア以外は聞こえないように配慮することもなかったので、教皇の側近は申し訳なさそうな顔をした。


「申し訳ありません。お若い頃は非常に才覚のある素晴らしい方だったのですが……教皇といえども歳には勝てないようで」

「いいえ。お気になさらず」


 ルトロスが無表情で謝罪の言葉に答える。その顔はもはや無というほかなかった。


「むっ!?」


 ところが、そのとき教皇がカッと目を見開いて、一同に緊張感が生まれる。教皇はしばらく口をパクパクとさせていたが、やがて大きな声でこう告げた。


「ワシにはわかる!巧妙に隠してはいるが……!」


 その視線がロベリアに向く。彼女は思わず体を強張らせた。


「あんた、ものすごいべっぴんさんじゃな? ……ぐー」

「「「「「……」」」」」


 側近があちゃー、という表情をする。誰も次の言葉を口にできなかった。


「えー、げふんげふん!以上が教皇様のありがたいお告げです。では礼拝堂へどうぞ」


 しばらくして、側近が事務的な口調で沈黙を破る。一行も特に何も言わずその誘導に従ってさっさと教皇の部屋を出た。だから、側近も一行も誰一人教皇の様子が変わったことには気づかなかったのだ。


 誰もいなくなった部屋で、教皇はもう一度目を見開く。そして今度は威厳のある声で叫んだ。誰にもその声は届かなかったけれど。


「待て、その者らを礼拝堂に連れて行ってはいかん!」



※※※



「ここまで、いろいろなことがあったな」


 礼拝堂まで歩いている途中、ルトロスがサターンに言った。他の三人には聞こえないように、ひっそりと。


「そうだね。大変だったけど、楽しかった」

「そうか」


 ひどく穏やかな顔で、ルトロスはサターンに問いかける。


「イラの森で俺が言ったこと、覚えているか?」

「ルトロスが言ったこと?」

「何があっても、どんな秘密を抱えていても、お前を愛する心に偽りはない、と」


 その言葉に、サターンは強く頷いた。


「そのこと? もちろん覚えてるよ!」


 彼の答えに、ルトロスは安心したように笑う。


「良かった。じゃあ、約束してくれ。これから何があっても、私たちの愛を疑ったりしない、と」

「ルトロス……?」


 何か違和感を感じて、サターンは首を傾げた。けれど何が引っかかったのかは分からないまま、彼は頷く。


「よく分かんないけど、約束するよ。これから何があっても、僕は二人を愛してる」

「ありがとう」


 そのとき、先導していた教皇の側近が足を止めた。目の前には、立派な白い木の扉がある。


「この先が礼拝堂です。準備はよろしいでしょうか」


 全員が頷いたのを見て、側近は扉をゆっくりと開いた。



※※※



 礼拝堂は壁も床も柱も全てが白かった。奥の壁には礼拝用のオルガンが付いている。そして部屋の中心に、勇者の剣は台座に突き刺さったまま置かれていた。


 その剣身は半分ほど台座の中に埋まっている。柄は金色で、鍔の真ん中に桃色の宝石が付いていた。一目見ただけでも、聖なる剣であることがよく分かる美しさだった。


 サターンとリリー、そしてロベリアはその美しさに感嘆のため息を漏らしたが、フェルシとルトロスの反応は三人とは違っていた。


「嘘、だろ……?」


 フェルシは信じられない、というように呟く。その隣で、ルトロスは満足げに笑っていた。


「思った通りだった」

「え? ルトロス、なんのこと?」


 戸惑うサターンの問いかけにも、ルトロスは答えない。サターンの見たこともないような怖い笑顔を浮かべたまま、馬鹿げたウィッグとサングラスを放り捨て、ルトロスはフェルシに告げた。


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