第19話 闇の黒、血の赤

 一見、アセディアは普通の街だった。ルクスリアに比べれば小さいもののかなり大きく賑やかな街で、多くの人が行き交っている。だが、歩く人々は必ず一人以上のホムンクルスと思われる黒髪赤目の人を引き連れていて、その様子はやはり異様と言えた。


「どうするんだ? ルトロス」


 ホムンクルスの存在を知ってからずっと不機嫌なルトロスにフェルシが尋ねる。


「ホムンクルスの開発者を探す」

「どうやって? なあ、あんたちょっとらしくないぜ。一回落ち着けよ」

「そうだよルトロス、怒ってるルトロスは怖い」

「そんな怖い顔だと、見つかるものも逃げてくぜ」


 フェルシ、サターン、リリーが口々にルトロスを止めた。それでも、ルトロスの眉間のシワは消えることがない。


「これは一大事なんだ! 人間が命を創り出すなんてことは、本来あっていいはずがない! 少なくとも、この世界では!」


 激昂したルトロスの叫びが、街に響き渡る。そのあまりに大きな声に、周りの人々の視線が彼に集まった。


「おやおや、あなた方は旅の方々ですね?」


 そこに、たまたま四人の歩く道を通りかかった全身黒ずくめの男が近寄ってきた。黒い帽子を目深に被り、よく顔の見えないその男は明らかに怪しげだ。


「そんなに古い考えをお持ちでは、この街の素晴らしい取り組みはご理解いただけないでしょう。我々のリーダーからお話をお聞きになりませんか」

「あなたがたのリーダー?」


 ルトロスの問いかけに、男は深く頷く。


「ええ。私はホムンクルスを開発した研究機関の者です。あなた方の考えは、ホムンクルス研究の第一人者であるリーダーの話を聞けば変わるでしょう」


 あまりにもタイミングの良すぎる話に、四人ともが戸惑いを感じた。しかし、だからといって他に当てもない。


「どうするの、ルトロス?」


 サターンの不安そうな問いかけに、ルトロスはため息をついて答えた。


「仕方がない。行くしかないだろうな」



※※※



「ようこそ、ホムンクルス研究所へ」


 ホムンクルス研究のリーダーだという男は、一見するといたって普通の中年男性だった。その眼光の鋭さに気づかなければ、人畜無害な男にしか見えないだろう。


「旅人の方々ということですから、最初から丁寧にホムンクルスの良さについてお伝えしましょう。こちらにお座りください」


 それからしばらく、リーダーの話はどうということもない商品セールスのような内容ばかりだった。ホムンクルスの値段、使用方法、維持管理の仕方云々。ルトロスが聞きたかった話にようやくたどり着いた時には、ルトロス以外の三人はほとんど心ここにあらずの状態だった。


「ホムンクルスを創り出したことで、私たちは怠惰に生きることを許されたわけです。面倒ごとは全てホムンクルスたちがやってくれる。彼らはそのためだけに生まれてくるのですから、彼らを使役することに罪悪感を感じる必要は少しもありません」


 そんな話を、ルトロスは機嫌の悪さを隠すことなく聞いている。


「ここまでお話しても何も分かっていただけていないようですが、あなたは一体何が気に入らないのです?」

「ホムンクルスを創るということが出来てしまうなら、この世界は完全に失敗作だということが証明されたようなものだ。それが気に入らない」


 その言葉に、リーダーはきょとんとした。


「それはなにか宗教的な考え方のお話ですかな? それは私には理解しかねますし、価値観を押し付けられても困ります」

「では一つ聞きたい。なぜホムンクルスは皆、黒い髪に赤い瞳を持っているんだ? あなたたちは、ホムンクルスを故意に黒髪赤目として創ったのではなく、そういう風にしか創り出せないのでは?」


 ルトロスに指摘されて、リーダーは目を丸くする。


「なぜそれをご存知で? 我々の研究では理論上、どんな髪と瞳の色のホムンクルスでも創ることができるはずなのです。ところが、実際に創り出されたホムンクルスはみな黒い髪に赤い瞳で生まれてきてしまうのですよ。ちょうどそこでうたた寝をされているあなたのお連れ様のように」


 彼は机に突っ伏して眠るフェルシを指差した。


「全く理解できない現象です。これさえ解決できれば、勇者でさえ創ることができるはずなのですが」

「勇者!?」


 その言葉に、ほとんど居眠りをしていたサターンが飛び起きた。あまりに大きな叫び声に、リリーとフェルシも目を覚ます。


「勇者を創れるって、どういうこと!?」

「勇者は白い髪に桃色の瞳で勇者の剣を引き抜けるもの、ということでしたよね。つまり、それができれば誰でも勇者になれる、ということでしょう? ですから、私たちが勇者を創っていう通りに操れるようになれば、この街は世界を支配できるというわけです。もっとも、今の所ホムンクルスを白髪に桃色の瞳で創り出すことができる確率はほとんどゼロみたいなものですが。そうでなければ、旅の方なんかにこんな話はしませんよ」


 恐ろしい企てを、あっけらかんとして告げるリーダーに、ルトロスは額を抑えて首を振った。


「あなたと話しても何にもならないことはよく分かった。最後に聞かせてくれ。ここにくる途中、ギュラという町に立ち寄りました。その町はこの街からホムンクルスや食材を無償で提供されていると言っていた。ギュラの人々は料理をアセディアに提供し続ければあの暮らしが続けられると思い込んでいたが、ホムンクルスたちは彼らだけでギュラの人々のつくる美味しい料理を作ることができるようになるだろう。そのとき、あなたたちはホムンクルスを回収して彼らを見捨てる気なのでは」


 その問いかけに、リーダーは笑う。なんの罪悪感も感じていない笑みと瞳の奥の冷たく鋭い眼光が、サターンをぞっとさせた。


無償タダとはこの世で一番恐ろしいものですよ。対価なくして得られるものなど、この世にありはしないのですから。暴食も怠惰もほどほどに、ということです。ギュラの豚どもには良い薬でしょう」



※※※



 その話を聞いてすぐ、ルトロスは三人を連れて街を出た。サターンは複雑そうな顔をしていたし、リリーはルトロスの行動が理解できず反発している。


「なあ、話を聞いただけじゃギュラの人たちを助けられないぜ? あのままあの男を放っておいていいのかよ!?」

「ギュラの街を助けるには、オラシオンに行く必要がある。できるだけ早く」

「なんでだよ!?」

「今説明しても理解できないだろう」

「はあ!?」


 思わずルトロスに掴みかかりそうになるリリーをフェルシが押さえつけて止める。そしてルトロスに向かって言った。


「禁忌の子、だろ」

「禁忌の子って、旅に出てすぐの村で黒髪赤目が嫌われてたときに言ってた……?」


 サターンはフェルシの言葉にかつて聞いた話を思い出す。フェルシが頷いてもう一度あのときの話をしてくれた。


「許されざる罪を犯した人間は、その髪が闇の色に染まり、瞳は血の色に染まる。ホムンクルスは存在自体が罪であると神に認識されてるんだろう。だから、何をしても彼らは黒髪赤目で生まれてくる」

「それの何が問題なんだ?」


 まだぴんときていないリリーに、ルトロスはため息をついて説明する。


「私たちは魔王を殺させないために勇者を探して旅をしていた。勇者と話し合いをして和解できれば良いとは思うが、それでは世界の崩壊を止められない。世界の崩壊を止める方法が見つからなければ、結局勇者も魔王も死ぬだけだ。ところが、ホムンクルスという存在は世界の崩壊をより早めている。禁忌とは、世界の理を無視して破壊する行為なのだから、放っておくと何もかも壊れてしまう。しかし、あの人数のホムンクルスを我々四人だけで相手にするのは厳しい。だからまず、勇者を見つけて助力を請いたいんだ」


 ルトロスの説明は難しかったが、サターンもリリーもこれだけは理解できた。


「とりあえず、勇者を早く見つけて協力してもらおうってことだね!」


 サターンの言葉にリリーも頷く。


「そういうことだ」


 ずっと怖い顔をしたままのルトロスを、フェルシはどこか悲しそうに見つめていた。








 

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