第6話 盗人と行く愉快な旅路

「じゃあ、あんたたちも魔族ってことか? なんだ、土下座して損したわ〜」


 あっけらかんと笑う男に、三人は疲れ切った表情をした。この人の話を聞かない男に事情を理解してもらうのは信じられないような重労働だった。


「俺、ユー。なあ、もしかしてあんたら、アバリティアの村に行ったりしない? もしそうなら一緒に行こうぜ!」

「確かに俺たちはアバリティアに立ち寄るつもりだったが……しかし、その……」


 言いづらそうに眉を下げるルトロスの代わりに、フェルシがバッサリ言い放つ。


「あんた、殺してないって言ってたけど本当か?」


 その言葉にユーはまたしても青ざめた。


「信じてくれてないのか? 俺たち仲間だろ?」

「信じるも何も、詳しい話が分からないことには判断不可能だろー? なー、ルトロス」

「まあその通りだな。前の村で人間を殺した魔族の話を聞いたんだが、その魔族の特徴が君と一致するんだ。さっき必死で殺してないと弁明していたということは、少なくともそう疑われるような何かがあったということだよね?」


 ルトロスが穏やかな調子で問いかけると、ユーはしばし考え込んでいたが、やがて覚悟を決めたように頷く。


「えっと……何言っても怒らないで聞いてくれる?」

「人殺しでないなら、まあ」

「言ったな? 約束だからな?」


 四人は地べたに円になって座り込んだ。サターンはどんな面白い話が聞けるのかと目を輝かせている。その表情を見て安心したのか、ユーは自分のことを話そうと最初の一言を口にした。


「俺さ、実は盗人なんだよね」


「「「…………」」」


 一行の空気が凍りつく。次の瞬間、ルトロスが拘束魔法を放ち、フェルシが袖に隠し持っていた短刀を抜いて、サターンが雷の魔法の詠唱をし始めた。


「申し訳ないが大人しく縄についてくれ!」

「盗人って既に悪人決定だろー!」

「悪い奴は僕がやっつける!」


 金色の鎖にぐるぐる巻きにされ、今にも短刀と雷の餌食になりそうになったユーは必死に叫ぶ。


「いや、怒らないって約束したろ!? 最後まで話を聞いてくれー!」


 その言葉に、サターンの動きが止まった。


「確かに約束した! ルトロス、フェルシ! 約束破ったら僕らも悪い人になっちゃうよ! とりあえずこの人の話を聞いてあげよう?」

「いや、そんなこと言ってもこいつ強盗だって自己申告したんだぞ!?」

「うーん、鎖で縛っているから動けないだろうし、この状態のままなら話を聞いてみても大丈夫じゃないか」


 そして四人は再び円になって座り込んだ。約一名、鎖でぐるぐる巻きになってはいたが。


「はあ、話を聞いてくれる気になって良かったよ……。じゃあ、今度こそ俺の話、怒らずに聞いてくれよな」



※※※



「俺は盗人だけど、別にすごく悪い奴ってわけじゃないんだ。そもそも盗人になったのだって最近だし。俺、アバリティアの村の外れにある森の奥に住んでるんだ。昔はこっそり村に薪を売りに行って、その金で買い物して生活してた。貧乏だったけど、飢え死にしかけることはなかったんだぜ?


 でも、神託が下ってから何もかもおかしくなった。勇者が現れたってことは、魔族が人間を襲ってくるようになったんだ、って村の人間たちは思い込んだんだ。おかしいだろ? 魔族が悪いことしてる光景なんて、一度も見たことないくせにさ。というか、そもそも魔族がなんなのかもあいつらはよく理解してないよ。禁忌の子の伝承とごちゃ混ぜにして黒髪赤目が魔族だって勘違いしてる奴らもいるみたいだしさ。


 そういうわけで、俺は薪を売れなくなった。俺が魔族だって村人に知られてたわけじゃないが、村人が外から来たやつを全般的に信用しなくなったからな。だからあんたらもあの村に入ろうとするのはやめた方がいいぜ。俺の家に泊まりなよ。食べ物とかはないが、一晩の寝床くらいなら貸してやれるからさ。


 金は手に入らなくなったが、食べ物はいつだって必要だ。だから俺は盗みをやるしかなくなった。そんで、一番近いアバリティアの村でしばらくは盗みをやってたんだけど、被害が出れば出るほど強く警戒されて盗みづらくなっちゃって、隣の村まで盗みをやりに出かけたんだ。そしたら、ちょうどよく忍び込めるこぢんまりした家を発見して、パンやらりんごやらをせしめたのは良かったんだが、運悪く帰宅した家主とばったり遭遇しちゃって。慌てて手近にあった鍋で思いっきりぶん殴って逃げてきたんだけど、家とは真逆の方向に迷い込んで帰れなくなるわ、腹も空くし喉が渇くわで行き倒れかけてたところ、あんたらに出会えたってわけ。


 でも、迷って帰れなくなってた日にちがあんまり長すぎて、鍋で殴った話がだんだん大きくなっちまったらしくてさ。気づいたら銀髪に水色の目の魔族が人殺ししたって話になってたからびっくりだろ?おかげで帰り道を聞きたくても、出会った人間に酷い目にあわされるんじゃないかってビクビクしてたんだ。ほんと、あんたたちに会えてよかったよ。ツイてない俺の人生だけど、こればっかりはほんと幸運だったなあ」



※※※



「というわけ」


 話を聞いて、三人は三者三様の反応をしていた。ルトロスは難しい顔をして黙り込み、フェルシは興味なさげにあくびをしている。サターンは今の話の何かがツボだったらしく、腹を抱えて笑い転げていた。


「ユーって全然ツイてないんだね! かわいそう!」

「えーっと、もう終わった? 割とどーでも良かったから全然聞いてなかったけど、結局どーいうこと?」

「事情はよく分かった。村に入らない方がいいという情報はありがたい。君はアバリティアの村の近くの自宅への行き方が分からないから俺たちに同行させてほしい、ということなんだね?」


 ただ一人まともに話を聞いていたルトロスに、ユーはすがりつくように近づいて頷いた。


「そうそう! お礼に一晩の寝床は貸すよ。悪い話じゃないだろ?」

「そうだな……」


 ルトロスはしばし遠くを見るような目で考えに浸っていたが、やがてユーを見て告げる。


「分かった。その話に乗ろう」


 それを聞いてユーは大喜びし、サターンは大笑いし、フェルシはうんざりした顔をした。


「やった! 少しの間だけどよろしくな!」

「おっけー! ユーは不運で面白いから、そういう話もっと聞かせてよ」

「ええええええ……。ルトロス、こいつうぜーよ、一緒に行くのやだよ……」

「仕方がないだろう。アバリティアまではもう半日ほどで着く。今夜の寝床をただで借りられるなら悪い話じゃない。我慢しろ」


 口ではそう言ってフェルシを宥めながらも、お守りが必要な子供がもう一人増えたような形になって、ルトロスは早くも頭痛を覚えるのだった。

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