第4話 天秤に載せるもの

 次の日の朝、三人は村を旅立つ準備を済ませて宿の夫婦に挨拶をした。


「急に押しかけたのにも関わらず、泊めていただきありがとうございました」

「いえいえ! オラシオンまで向かわれるんでしたっけ?どうかお気をつけて」

「魔族に気をつけるのよ、坊や。元気でね」


 心から心配そうに夫婦が言う。その姿はどこにでもいる善良な普通の夫婦だった。


「どうして魔族に気をつけなきゃいけないの?」


 サターンはそんな二人に尋ねる。その問いに夫婦は顔を見合わせた。


「知らないのかい? 隣の村で村人が魔族に殺されたらしいんだ。きっと勇者様が選ばれたという知らせを聞いたんだろう。その魔族は取り逃がしてしまったらしく、まだその辺りにいるかもしれないんだ。だから、気をつけなさいね」


 そんな夫婦に、フードを深く被って赤い瞳を隠したフェルシがにこやかに問いかける。


「それは大変だ。気をつけます。ところで、その魔族の容姿についてはご存知ですか?髪や目の色について」


 すると、夫婦は揃って目を泳がせた。苦笑いをしながら、三人から目をそらす。


「あー、それは、そのー。注意喚起の情報によれば、そいつは銀の髪に水色の瞳だった、と」

「あれ? 魔族って黒髪に赤目だったんじゃ?」

「き、きっとそいつは突然変異で毛色の違う珍しいやつだったんでしょう! きっとそうだ、そうに違いない!」



※※※



「ま、こんなもんだ。世界ってのは割とくだらなくてゴミみたいなものばっかりが目に映る」


 村へ入る時に比べて目に見えて楽しそうではないサターンに、フェルシがどうでも良さそうな調子で言う。


「おいこら、フェルシ! そういう物事の悪い面だけを教え込むのはやめろよ。サターン、確かにこの世界にあるものは素晴らしいものばかりじゃない。でも、悪いものばかりでもないさ。表面上はゴミだらけでも、掘り返してみれば宝物が見つかることだってある」


 慌ててフォローしたルトロスに、サターンは頷いた。


「うん、分かってるよ。でも、やっぱり分からないなって」


 サターンはそう言って、無邪気な顔で言い放つ。


「ロベリアが死んでまで、あの人たちの幸せって守られなきゃいけないもの?だって、ロベリアの方がよっぽど立派な人だったよ、あの村の人たちより」


 フェルシとルトロスは、ただ黙って彼を見つめるばかりだった。


「あの村の人たちは良い人たちだったけど、どっちか選ばなきゃいけないなら、僕、ロベリアの方が好きだ。二人だってそうでしょう? だから、やっぱり僕、勇者をやっつけるよ。世界が滅ぶとか、そういうのよりロベリアの命が大事だから」


 しばしの沈黙の後、フェルシがハハハ、と乾いた声で笑った。その笑みはサターンに意地悪をするときの、あの面白がっているような笑みだった。


「ちょっと嫌な目みたら泣いてロベリアのところに帰るっていうかと思ったのに、こりゃ当てが外れたなー、ルトロス」


 そしてサターンのすぐ近くまで来ると、腰をかがめてサターンの目線の高さに合わせて、真っ直ぐ彼の目を見て言った。


「人の命って比べるものか?ロベリアが大事なら、ほかの人間はみんな殺しても良いの? お前はそれで良いかもしれないが、ロベリアはそうやって守られて喜ぶと思うか? 自分のために誰かが死んでいくのを、あいつが嬉しがると思う? お前が言ってるのはそういうことだ、甘ったれの坊や。まだまだお勉強が足りません」


 その言葉に、サターンは目を見開く。ロベリアがどう思うか、などと、彼は考えたことがなかった。彼は今まで、自分がしたことを見て誰がどう思うかなど、考えたこともなかったのだ。だって、自分が何をしても周りのみんなは喜んでくれるばかりだったから。いたずらをした時でさえ、みんな怒りながらも楽しそうに笑っていた。


「なにそれ。僕にそんなの分かんないよ。だって僕、ロベリアじゃないもん」

「あっそ。ならそれはそれで良いんじゃねーの、ガキ」

「フェルシ、なんか僕に怒ってる? なんで怒ってるの? 僕変なこと言った?」

「別にー」


 たちまちいつもの口喧嘩に戻った二人を見て、ルトロスはため息をつく。そして小さく呟いた。


「ごめんな、ロベリア。もう少し、あの子に冒険させてやることを許してくれ」


「ぎゃあああああああ!」

「あああああああああ!?」


 その時、ぎゃーぎゃー騒いで喧嘩していた二人が突然悲鳴を上げたので、ルトロスは先を歩いていた二人に駆け寄る。そこにあったものに、彼は思わず息を飲んだ。


「死体……?」

「や、やっぱそう思うか!? こんなもん道のど真ん中に落っことして行くなんて……死んだ奴が気の毒すぎる!」

「フェルシそういう問題じゃないでしょ! なんで死体が転がってるの!? 怖い怖い! 僕家に帰りたくなってきた……」

「さっきまでの威勢どこ行った!?」

「二人とも、ちょっと静かに」


 その時、ルトロスが死体の指がピクリと動いたことに気づいて二人を黙らせた。そのままじっと死体を観察する。銀髪の、ぼろぼろになった服を着た、やせ細った男。その薄汚れた腕がゆっくりと動き、何かがそこにあるかのように手を伸ばした。そして、微かな声で一言呟く。


「み……、み、ず、みず、を、くれ……」


 バタッ。


 しばしの沈黙。


「みみず? この人ミミズが欲しいの? なんで?」

「死んでなかったー! 良かったー! 怖いから紛らわしく倒れるのやめてくれよー!」


 思い思いの感想を述べる二人に、ルトロスは頭を抱る。彼は疲れた顔で首を振って呟いた。


「これは前途多難だな……」

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