第18話 あの空に跳べれば

「夏美ィ〜いる〜?」


放課後、ボクは美術室の扉を開けた。


その瞬間、油彩絵具とテレピン油の臭いが香ってきた。ボクはバッグを無造作に床に置くと西日射す窓ぎわにカーテンを締めに行こうとした。


イーゼルが雑然と置かれている部屋の真ん中で一人の生徒がへたり込んでいた。泣いている様だ。


「美樹……?」震えながらユックリと振り向いた顔には赤黒い幾つもの斑点がついている。


「どう・・したの?」状況が飲み込めないボクに、またユックリと反応して、小刻みに震える両腕を肩まで挙げて、準備室の方を指し示した。その手が握っているのは血だらけの先の尖ったペインティングナイフだった。


準備室に入ってみると、散乱した幾つものキャンバスの上に仰向けに倒れている夏美が首を傾げている。その額は右眉の上からパックリと割れていて、右の頬からこめかみがザラザラと擦れた傷がついていた。


その奥の窓側の隅にはほんの三十分前に会話した尚子がお腹の辺りを真っ赤に染めてソファにもたれていた。


「美樹、あんた……二人を……!」

「違う。夏美を襲ったのは尚子よ。悲鳴を聞いてここにはいったの。倒れてる夏美は痙攣してた。側で園芸部の鉈を持った尚子が呆然としてた。私、ビックリしちゃって、でもすぐ怒りが湧いてきて……私、夏美のコト、好きだったから・・思わずコレで、尚子のコト……ああ……私、なんて……ううッ」


夏美がビッチなのは知っていた。それを尚子が赦せなかったのも。美樹と尚子、夏美をめぐる二人は恋仇。


「あの日のあの事件はそういう真相なの」


「で、美樹は自責の念でこの屋上から飛び降りた、と……」ボクは正江に誰もいない屋上に呼び出されていた。


事件の日、警察が来る前に美樹はココから飛び降りた。


「嘘だね、敦子。美樹が自分で飛び降りたなんて。あたしアンタが尚子とどーゆー仲なのか知ってるよ。尚子もビッチじゃん!

あの水槽の向こうにあたしがいるのをアンタたちは気づかなかった。アンタが美樹をなじった後どーしたか、あたしは知ってるよ」


正江はキツイ目をしている。その瞳で見つめられるのがボクは嫌いだった。


ボクはおもむろに立ち上がると正江に走り寄った。もつれたまま錆び腐った弱々しい鉄さくを壊してボクらは宙にとんだ。


錆び腐った弱々しい理性はボクたちの感情になんの歯止めにもならなかった。


青空だけが清々しい。


パーフェクトスカイ。


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