第2話 友人は鉄くず屋

 外郭の侵入路の扉を開けて外に出る。空は入る前と変わらずの曇天────日毎ランダムに設定される天気を反映する天井の照明。今日は明度を落として灰色の光を放ち、この階層の住民たちに曇り空を提供している。

 

 打ち捨てられてあったゴムケーブルでドローンをサイドカーに括りつけ、電動バイクを駆って14thストリートを下った。

 

 薄汚れて清掃など長いことされていない路面を、車の間を縫って飛ばす。工業地区との境目に差し掛かり、縁石の欠けやアスファルトのひび割れが目立つようになってくると、段々と道の端や建物の間に浮浪者が現れ始める。

 

 その中には未成年の姿も多い。マリオの胸に懐かしくも苦々しいものが去来した。

 

 公的な支援など絶えて久しいこの都市において、まともな生活環境を手に入れるには拠りかかるものを自分で選択する必要がある。組織、あるいはコミュニティ、あるいは技術。

 

 マリオはハンドルから離した手を広げて大げさな仕草で天を仰いだ。野犬のようにやせ細って昏い目をした少年少女に幸あれかし。

 

 人気がなくなり、いよいよまともな建物すら見えなくなってきた頃、スクラップ置き場のど真ん中に工場を建てたような外観の、ヒューズ・ワークショップが見えてきた。

 

 バイクを停めてロックをかけ、積み上げられた機械部品、金属片、鉄骨、鉄筋の間をドローンを引きずって通り抜ける。正門のインターホンを連打。やがて厚さが100mmを超える金属扉が重々しく横にスライドし、剣呑な面構えをした長身の男が姿を表す。

 

 ヒューズ・スミスが威嚇するように眼鏡を外し、つるを掴んでふらふらとさせる。「やかましい。来るなら先に連絡を入れろ」

 「ジャマーを効かせてるから通信できないんだよ」

 

 マリオは足元のドローンを蹴り転がした。眠気を追い払うようにヒューズが自分の頭を叩く。

 

 「急にノイズがひどくなったと思ったらそういうことか。まさか、そいつはまだ生きてるんじゃないだろうな?」

 「運よく、ほぼ無傷で手に入った。だから早いとこ解体してくれ。もちろんタダでな。制御系以外は全部やるから」

 ヒューズの舌打ち。「裏に今日運び込まれたスクラップがあるから選別を手伝えよ」

 「またゴミを増やしたのか? せめて表のを捨ててからにしろよ」

 「やるのかやらないのかどっちなんだ?」

 「分かった、分かった」

 

 ドローンを工房内に運び込む。建物自体は相当な大きさであるはずだが、相変わらず手狭だった。目の粗い打ちっぱなしのコンクリートには、工具、ばらした部品、台車、フォークリフト、天井のクレーンから吊り下げられたフックなどが散乱している。

 

 ドローンを作業台の上にのせて万力で固定していると、耐火エプロンと溶接マスクを身に着けたヒューズが電動カッターを手に戻ってきた。

 

 「武装と無線機を優先して外してくれ。胴体部に銃を隠してるぞ」

 「このタイプは触ったことがあるよ。ウイルスでやったのか?」

 「有線でな」

 

 ヒューズが肩をすくめる。マスクのせいで笑っているのか呆れているのかは分からなかった。

 

 手早い解体。大きく切れ目を入れて外装だけをきれいに剥がすと、空気銃、アーム、バッテリーが丸のまま取り外される。

 

 「まだジャミングは解除するなよ」ヒューズがマスクを脱ぎ捨てる。「その辺にはんだごて無いか?」

 

 辺りを見回す。木棚の中にはんだが絡まっているそれを見つけた。作業台の上に置いてコードを電源に突き刺した。

 

 すぐに熱くなったはんだごてを使ってまるで絵でも描くように回路を描き変える。ヒューズは取り外した無線ユニットをカッターでバラバラにし、バーナーで溶かしてからゴミ箱に放り込んだ。残った回路と記憶媒体が投げ渡される。

 

 タブレットに繋いで状態をチェック。中のデータは損なわれていない。「さすが」

 ヒューズが鼻を鳴らした。「まだ調べてるのか?」

 「AIの動作プログラム自体は解析できてる。そこまで複雑なものじゃなかったんで、特権アカウント用の機能がいくつも用意されてるところまでは突き止めた。だが、それをリモートで操作するのが難しくてな。暗号化された親機からの通信をどうにか復号できりゃいいんだが」

 

 もしそれが可能になればメンテナンスにかかる労力は大いに軽減される。ガードロボどもとやりあう必要はなくなり、どこにでも好きに足を運べる。施設の寿命も多少は延びるだろう。そして、多大な金が懐に転がり込む。都市の支配者すら夢ではない。

 

 「まあ、本命はマップ情報さ。さっきまで元気に巡回してたAIからなら、最新情報が取り出せるってわけだ」

 「そういえば、どこで拾ってきたんだ、これは」

 「空調だよ」

 

 

 ヒューズが自分の懐を探りながら、マリオの腰に何も収められていないことを確認する。取り出したのは香料でフレーバーを再現しようとした煙草の模造品────それでも安くはない一品。

 

 「それで、とち狂って丸腰でダンジョンアタックしてきた理由は? 薬か? 藪医者のインプラント手術でも受けた?」

 「金に目が眩んだだけだよ。大体、お前がさっさと俺の銃をメンテナンスしてりゃあこんなことにはならなかったんだ。それに、あの辺りは長いこと安全だった。見かけたガードもそいつ一体だけだし、巡回のコースに変更があったかどうかは疑わしいね」

 「受け取ったのは昨日の夜、調整が終わるわけがないだろうが馬鹿め」

 

 ヒューズが毟り取ったドローンの武装の確かめ、つまらなそうな顔でゴミ箱に向けて放り投げた。

 

 「よくあるプリチャージ式だな。で、中はどんな感じだった?」

 マリオが降参するように両手を上げる。「フィルターのひとつが完全におしゃかになってた。電力や下水と違ってすぐは影響がでないところだから、ほったらかされてたんだろうな」

 

 管理局ではなく職員個人から仕事が回され、しかも料金が割り増しだった理由はそういうことだろう。今まで警告を無視してきたが付近の住民から苦情が入ったことにより急に心配になって個人営業のハッカーに調査を依頼した。ずいぶんとつまらない顛末だった。

 

 「どこもかしこも景気の悪いニュースばかりだな。そういえば聞いたか? N-00905の話だ」

 「N……?」マリオが首を振った。「ああ、別の都市の名前か。何のことだ?」

 「ニュースを見ろ。そいつだが、とうとう機能停止したらしい。ただ、そこから逃げてきた連中が言うには、どうにも不可解な点があるらしくてな。まだそこそこ正常稼働している部分もあったのに、火が消えるように何もかもが一斉にダウンしたそうだ。まるで都市という存在の寿命が尽きたみたいにな」

 「それを信じてるみたいな口ぶりだな?」マリオは意図せずゴシップサイトを覗いてしまったような顔で言った。

 「ああ。もし本当なら面白いからな。それに、俺はどこか納得できるね。ここに住んでると、どうにも都市の意思ってやつを感じることがあるよ」

 

 都市。

 それ単体で生存圏として成り立つよう発電所から生産プラントまであらゆる設備を取り揃え、現場作業用のドローンを用いた自己修復機能まで備えた超巨大建造物。

 これをまるで一体の生物のように考える人間は意外なことに少なくない。

 

 「そりゃプログラムである以上、管理システムを組んだ人間の嗜好や思想がある程度は反映されてるだろうが」

 「浪漫の無い捉え方だ。損をしている」ヒューズは勝手口を開けて外に出て手招きをした。


 工房の裏手は表の比ではない有様で、前に見たときより更に酷くなっていた。


 積み上げられて傾いた機械部品の山。それも一つや二つではない。マリオは思わず顔を引きつらせた。もしいま雪崩が発生したら、間違い無く死ぬだろう。

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