第6話 リアル:推理の前提条件

「ふな子さんっていうのはペンネームなんです。本名は山田花子。いや、冗談じゃなくて本当に花子さんです。親が何を思ってそう決めたのかなんて、俺には解りませんよ。他の候補があったかどうかなんて、それこそ親御さんに聞いてください。本名がそれでペンネームまでふな子とかいうネーミングセンスにしたって、俺が知るわけないでしょ、そこはたぶん本題と関係ないだろうから妄執せずにさっさと流してください。」


 しつこく本名に食いつこうとする坂井に、堪りかねた縣が最後はキレ気味にそう言い放った。某喫茶店に屯する方のミス研連中はそういう連中なのである。これがいわゆるウミガメのスープ形式であれば、延々と質疑応答が繰り広げられた挙げ句に本題の方はどこかの彼方まで吹っ飛ぶのだ。


「さっき読んで頂いた通り、二つの作品は根幹部分がまったく同じです。コピーと言っていいレベルで同一です。従って、先輩方がお好きな天文学的数値レベルでの確率論でしか偶然は発生しません。」

「うん、そうだね、偶然というパターンが……」

「今回は常識的な判断でもってソレは却下して頂きます。」

 先手を打って、巨視的トンネル見解は除外を約束させられた。


「別大学ということもあり、俺は鈴さんについてはあまり知りません。作品傾向や創作姿勢について、会合で話している内容を知っている程度です。同様にふな子さんについても、近所に住んでいて、時たま投稿前の原稿を読んで感想を聞かせてほしいと依頼される程度の付き合いしかありません。」

「俺はそのふな子とかいう女性はまったく知らない。すずにゃんに関しては、近所に住んでいるけど生活実態が解るというほどじゃない、本心を推測するのは無理だ。」

 思い出して、坂井が縣に向き直って訊いた。

「神様のお告げ的なモノは? どうなの?」


 もう一つ、前提条件として明記しておかねばならない点がある。この探偵役の縣恭介という青年の特色として、霊感が強く、非常に信頼できる証言者である『人ならざる者』とコンタクトを取ることができる点だ。この証言者たちだけは、もし未来を告げることがあったとしても、ほぼ信用してよいと言えた。

 少し考え込んでから、彼は無表情に近い顔つきになって呟いた。


「……しばし待て。いずれ快方へ向かう。」

「おみくじみたいな託宣はいいよ、もう。」


 ただし、証言者の証言がいつでもアテになるとは限らなかった。

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