第一幕

第1話


葉山浩太はやまこうたです……。関東圏とうきょうから来ました。よろしく」


 転校初日、重要文化財級の古い木造校舎の教室で、真新しい学生服に身を包んだ俺は新しいクラスメイト達の前で挨拶した。

 時期外れの編入、それも都会の中心からやってきた、というだけで否応なく注目される。

 俺は辟易へきえきとしていた内心を悟られぬよう努めて無表情を装った一礼をして、後は適当に応対して指示された席に着いた。


 机の間を移動したとき、ふと二つの視線が気になった。

 一つは長い髪の優しそうな顔の女の子の、少し戸惑うような思いつめたようなもの。

 もう一つは──髪こそざっくりとショートカットにしているが──先の女の子と瓜二つの顔立ちの子からのもの。

 男子向けのデザインのスクールシャツを身につけているところを見ると、この子は男らしい。


 ──双子……? 俺は漠然とそう思うと同時に、この子の視線から、敵意のようなものを感じていた。


   *  *


 わたし──…葛葉茜くずのはあかねは、この日突然に自分の前に現れたこの転校生に、すっかり動揺してしまっていた。


 ──コウちゃんだ……。でも、ほんとうにコウちゃんなんだろうか……。


 コウちゃんなら気付くはず……、気付いてくれるはず……。

 そう思って向ける目線の先の彼の顔には、何の動きも浮かんでいない。わたしの心は苦しくなった。


 ふと、彼と視線が逢ってしまった。その顔には、わたしの知っている彼の面影が、しっかりと残っていた。

 でも、その目の表情には反応が薄い。だから……視線を外されてしまうより前に、わたしの方から外してしまっていた。


 ──わたしのこと、ほんとに忘れちゃったの……。


   *  *


 葛葉蒼くずのはあおいには、そんな茜の心の動きが理屈抜きにわかってしまう。それが顔に出ないように苦労しながら、蒼は、この転校生……葉山浩太を睨む。


 ──なんで戻ってきたんだ……。

 ここを捨てて出ていったのはお前だろ?

 茜やオレを裏切ったのは、お前じゃないか──いまさら何で戻ってこれるんだよ……!


 蒼は、そんな感情がまだ整理できていなかったことにあらためて気付き、苛つく自分を抑えるのに必死となる。


   *  *


 そんな二人を気遣うような視線もある。クラスの委員長を務める山之辺明弘やまのべあきひろは、眼鏡の下の精悍な顔つきをわずかに曇らせると、茜と蒼とを見やって、それから葉山浩太をあらためて見やる。


   *  *


 もう一人……水埜結沙みずのゆさは、二人から机の上に目線を落とすと、幼いころの記憶を手繰っていた。


 ──あれから七年だっけ……。結局、コウちゃんは帰ってきたんだ……。

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