いつか出逢ったあなた 17th

ヒカリ

第1話「知っ知らねーよ、あんなブス。だいたい俺の好みは…あっ…」

「知っ知らねーよ、あんなブス。だいたい俺の好みは…あっ…」


「……」


 あたしが後ろに立ってることに気付いた詩生しおは、一瞬息を飲んだ後。


「なな何だよ、本当のこと言っただけだろ…」


 叱られた保育園児みたいな目で、あたしを見た。


 あたしは…



華月かづきー、学校遅れるわよー。」


 パチッ。

 母さんの声で目が覚める。

 ベッドに起き上がったままボンヤリしてると。


「あら、まだそんな格好?朝の華月かづきって千里ちさと似ね。」


 母さんがそんなこと言いながらあたしの頭をクシャクシャっとした。


「…お姉ちゃんは?」


「とっくに行ったわよ。」


「…お兄ちゃんは?」


「さっきまで華月かづきのこと待ってたんだけどね。あんまり遅いから行っちゃった。」


「…きよしは?」


「あ、忘れてた。」


 母さんは、ポンと手を叩くと。

 慌ててあたしの部屋を出て行った。



 うちは、大家族だ。


 あたしの両親、祖父母、大おばあちゃま、双子の兄姉、叔父夫婦、おまけに、同じ歳の叔父。


 順を追って説明すると…


 あたしの両親は、超有名人。

 母さんは、メディアに出ない「SHE'S-HE'S」というバンドのボーカリスト。

 父さんは、メンバーが変わった今でも「F'S」というバンドでボーカルをしている。


 おじいちゃまは、映像会社の社長。

 おばあちゃまは、フラワーアレンジメントの先生。

 大おばあちゃまは、一度華道の世界から引退したものの…すぐに復帰。

 今も多くの生徒さんを抱えている。


 あたしより三つ歳上の双子の兄姉は。

 お兄ちゃんが大学三年生。

 お姉ちゃんは、桐生院きりゅういん家初のOL。

 その生活は一般的なんだろうけど、桐生院家には新鮮で、みんなお姉ちゃんの仕事ぶりには興味津々。


 そして、叔父さん夫婦。

 ちかにいと呼んでいる叔父さんも双子で。

 その片割れのうららねえは、母さんのバンドでギターを弾いている一人のお嫁さんだ。

 ちかにいは奥さんの乃梨子のりこねえと、華道を世界に広げるべく…一年の大半を海外で過ごしてる。


 そして、あたしと同じ歳の、あたしの叔父さんで母さんの22違いの弟、きよし

 偶然とは、恐ろしいもので。

 母さんと、あたしと、きよし

 三人とも12月24日生まれ。



 父さんは。


「俺の子は、誰も音楽方面に興味がないのか!?」


 って、嘆いてるけど。

 実は、お兄ちゃんがギターを内緒で弾いてるのを、あたしは知ってる。

 将来は映像会社を手伝うなんて言ってるけど、本当は音楽方面に走っちゃうんじゃないかな。



華月かづきー、支度できたのー?」


「あー…今行くー…」


 寝ぼけた声で返事をして、あたしは制服を着る。

 あくびをしながら階段を下りて大部屋に向かうと、そこには寝ぼけた顔のきよしと父さんがいた。


「…おはよ。」


「…おっす。」


「…眠そうだな、華月かづき。」


「…父さんこそ。」


きよし華月かづきは、そんなにのんびりしないで。」


 母さんに言われて時計に目をやる。


 …八時。


きよし、自転車の後ろ乗せてって。」


「…歩くのが好きとか言ってなかったっけ。」


「歩くより、食べたい。」


 目の前に並んだ朝食を食べ始めると。


華月かづき、今日撮影あんのか?」


 父さんが頬杖ついて言った。


「うん、四時から。」


「何の撮影だ?」


「靴メインだったかな。」


 あたしは、モデルだ。


「セーターのポスターは良かったな。」


「母さんにそっくりって言ってたやつ?」


「ああ、あれは知花ちはなにそっくりだったな。」


 父さんはクールな人だけど。

 母さんを激愛している。



「うし、行くぜ、華月かづき。」


「あ、待ってきよし。」


 髪の毛を三つ編みしながら玄関に向かう。


「定番だな。」


「学校だもの。」


 少しだけ乱視の入った眼鏡をかけて。


「行ってきまーす。」


 大きな声で言うと。


「いってらっしゃい。」


 縁側で、大おばあちゃまが手を振ってるのが見えた。



「おまえさ、モデルしてるくせに、学校ではオシャレとかしないわけ?」


 自転車を出しながら、聖が言う。


「学校には制服が一番オシャレじゃない。」


「三つ編みも?」


「うん。」


「わかんねーな。それだから、おまえがモデルしてるのがバレないわけだ。」


 あたしがモデルをしていることは、誰一人知らない。

 人付き合いが下手だから、友達もいない。

 教室では、いつも自分の席に座ってるだけ。

 バレないって言うか…興味持たれてないからだよね。



「ま、誰がブスっつったって、俺はおまえを知ってるから、こいつ目ぇ悪いなー、ぐらいにしか思わねんだけど。」


 きよしの言葉に、身内の欲目ねって笑いながら…思わず今朝方の夢を思い出す。


 懐かしかったな…中学一年の時の…



「おまえ、進路希望の紙出した?」


「まだ出してない。なんて書こうかなと思って。きよしは?出した?」


「おう、進学。」


「桜花?」


「ああ。遊びまくってやる。」


「そんなに余裕あるかなあ。」


「むしろ勉強する余裕があるか、心配だぜ。」


「えー…」


 九月の空は、もう秋の気配で。

 そこまできてる十月が、なんとなく寂しい感じがした。





 * * *




華月かづきさん。」


 学校の廊下、同じ名前が呼ばれてる。なんて思いながら歩いてると…


華月かづきさん。」


 肩に手が掛けられた。


「…はい?」


 振り返ると、そこには一年生の浅香あさか しょう君。

 学校で声を掛けられた…っていう事より、彰君に声を掛けられた事に驚いた。



「久しぶりね。」


 しょう君のお父さんは、F'Sのドラマー浅香あさか京介きょうすけさん。

 お母さんはSHE'S-HE'Sのベーシスト、浅香あさか聖子せいこさん。

 うちと同じでバンドマン夫婦。


 親同士が仲いいから、しょう君とも幼馴染感覚だけど…

 しょう君は、超人見知り。(お父さん譲りらしい)

 だから、幼馴染感覚なあたしに対しても…自分から話しかける事なんて、めったにないんだけど。


「あの…」


「うん。」


 しょう君、しばらく見ないうちに男っぽくっていうか、きれいになったな。

 最近、男の子までもがきれいで。

 あたしなんて、モデルをやってられるのが不思議。


 周りで、女の子たちがしょう君に熱のこもった視線を送ってる。

 …そして、若干睨まれてる風なあたし…



 しょう君は、DEEBEEっていうバンドのギタリスト。

 そのバンドで詩生しおはボーカルをしている。


 ちなみに、そのDEEBEE。

 ベースは父さんのバンドでギター弾いてるあずまさんの息子のえいで。

 ドラムは、母さんのバンドのドラマー朝霧あさぎりさんの息子の希世きよちゃん。

 当然のことながら、みんな幼馴染感覚。


 父さんは、このバンドのことを。


「SONSって名前にしろよ。」


 って、大笑いしてた。



 しょう君には、二つ歳下の「島沢しまざわ佳苗かなえちゃん」という許嫁がいる。

 もっとも、親同士が親戚になりたいがために決めた許嫁だから、本人たちはどう思ってるのかわかんないけど。


 佳苗ちゃんは去年から女優としてブラウン管に登場してる人気者。

 二人が一緒にいるとこなんて見たことないから、きっと許嫁の件も忘れられてるんだろうな。

 それにしょう君って硬派なイメージ。

 女の子に興味あるのかな…



「神さんから…何か聞いてない?」


「父さん?」


 父さんは、うちに婿養子にきた。

 だから、芸名はもとの名前のかみ 千里ちさと


 SHE'S-HE'Sのメンバーは名前を明かしてないから、桐生院姓のあたしが有名人の娘だなんて、誰一人思ってない。



「どうして?」


「この前レコーディングを見に来られて…」


 そういえばデビューしたんだっけ。


 うららねえの旦那さん、りくにいのプロデュースで。


「難しい顔して…帰ってったから…」


 父さんは、みんなに恐れられてる。

 名前は神でも中身は悪魔。とか。



「難しい顔は元からだけど。」


「…じゃ何も?」


「うん。それに家では仕事の話なんてしない人だしね。」


「え…っ、全然?」


「うん。全然。しょう君ちはするの?」


「…常に。それで夫婦喧嘩、親子喧嘩なんてしょっちゅう…」


「えっ、そうなんだ。」


「もし…神さんから何か聞いたら…」


「ふふっ。分かった。すぐ言うね。」


「うん…よろしく…」


 そっか…評価が気になって、わざわざあたしに。

 何も聞いてないのは残念だけど、久しぶりに話せた事は嬉しかった。


 そんな想いでしょう君の背中を見送ってると。


華月かづき。」


 またもや名前を呼ばれて振り返る。

 すると、そこには手招きしてるきよし


「?」


 きよしについて階段の下のもぐりこむと。


「今の、何。しょうが学校でおまえに話しかけるとか、天変地異案件だろ。」


 きよししょう君が歩いて行った方向をチラリと見て言った。


「父さんがDEEBEEのレコーディングに行って、難しい顔して帰ったから気になってたみたい。」


「わー、そりゃ全員が気にするだろーな。」


 天変地異案件を脳内で繰り返して、小さく笑う。

 でも確かに…

 彰君って、それほどに自分から人に話しかける事ってない。


「で、何?」


「ああ、そうだった。これ。」


 そう言って、きよしがあたしの目の前に出したのは…


「…どうしたの、これ。」


 TAXの、来日コンサートチケット。


 あたしが昔から好きなロックバンド。

 チケット発売日に仕事してて買いに行かれなくて。

 いつか父さんに頼もうかな、なんて思ってたんだけど。

 父さんが、このバンド、あまり好きじゃないからなあって困ってたのよ。



詩生しおがさ、おまえにって。」


詩生しおが?」


「何でおまえらって、そんな険悪なわけ?昔はすっげ仲良かったのに。」


「別に険悪なんかじゃないけど。」


「そっか?俺には険悪に見えるぜ?」


「クラス違うし、別にしゃべることもないから。」


「でもさ、このお礼ぐらいは言えよ。」


「…わかってる。」


「あ、チャイムだ。じゃあな。」


「ありがと。」


「それは、詩生しおに。」


 走ってくきよしを見送って。

 あたしは、チケットをポケットにおさめる。



 詩生しおとは…

 小さな頃から仲良しだった。

 父さんのバンドの家族、母さんのバンドの家族。

 みんな、あたしにとっては幼馴染みたいに育った。



 …あたしだって、詩生しおとは仲良くしたい。

 でも、あれ以来、詩生しおはあたしを避けてる。

 ムリヤリ理由を聞き出すのも性に合わないし。

 別にいいや…で、かれこれ五年経ってしまった。


 その間に、あたしはモデルとしてデビュー。

 詩生しおはバンドを組んで、このたびデビュー。

 それぞれ、道を進んでるし。

 このまま会話もなく卒業ってなるはずだったのかな。



「あ、やば。」


 廊下歩いてると、五限目の先生が歩いて来てるのが見えた。

 あたしは小走りに教室に向いながら。

 ポケットのチケットをあったかく感じてた。

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