第34話 清風

「ふぅー、疲れたのお」


一面を埋め尽くしていた雑草達は綺麗に毟り取られ、清々しい風が吹いていた。


「これで数月はもつじゃろう」


「はい。生い茂ったらまた毟りにきます」


「おう、頼んじゃぞ」


相変わらず強がってはいたものの、おじいちゃんの顔や声は疲労感を隠しきれていなかった。


「おーい、綺麗になったぞ。ちょっと出てきてくれんか」


おじいちゃんは、未だに婦人雑誌を読んでいるおばあちゃんを自慢げに呼んだ。奥の方からよっこらしょという声が聞こえ、足音が近づいてきた。右手には婦人雑誌を持ち、ちょうど半分あたりのページに指を入れていた。


「あらまあ、久しぶりに綺麗になったねえ。ご苦労様でした。賢ちゃんもありがとうね」


「いえいえ、こんなことしかできなくて申し訳ないです」


「こんなことだなんて、すごい助かってるわよ。おじいちゃんだけじゃこんなにはできないですもの」


「ワシだけでもできるわい」


笑顔が三つ、日没間近の夕陽に照らされていた。


「腹が減ったのお。飯はなんじゃ?」


「倉本さんから鯵を頂いたので、塩焼きにでもしようかしら。賢ちゃんは食べたいものとかある?まあ、大したものはないけどね」


「鯵食べたいです」


「それなら決まりじゃのお」


皆で部屋に戻りおばあちゃんが料理の支度を始めた。白米は既にできておりいつでも食べれる状態だ。おそらく、婦人雑誌片手に米を炊いていたのだろう。少しつまみたくなったが、やめておいた。


「そこに座り」


縁側に一升瓶とおちょこが二つ置かれていた。


「乾杯するのは久しぶりじゃなあ。最近はずっと一人で盆栽と乾杯してたんじゃ」


「頂戴します。お酒を飲むのは数年ぶりです」


「そんなに飲んでないんか。大阪には酒ないんか?」


「ありませんね。それに、あったとしても高額で到底買える代物ではありません」


「そうかあ。それなら一本持って帰ってくれ。ワシだけじゃどうも飲みきれんのじゃ」


そう言うとおじいちゃんはおちょこのお酒をすぐに飲み干した。俺がすかさず注ぐと、またもやすぐに飲み干した。さすがは地域一のお酒好き、注げば注ぐだけ飲む。俺が注ぐペースを落とすと、自ら注ぎ消費していった。


俺はそんなおじいちゃんのペースに必死で合わせようとしたが、三杯飲んだ時に諦めた。このままいけば必ず酔い潰れてしまう。自分自身をセーブできるようになったのは、アメリカで痛い目にあったからだろう。あの時のことをふと、思い出した。


マスターの店で飲みすぎ、ふらつく足でニューヨークの街並みを歩いていた。途中で記憶を無くして目を覚ますと自分の部屋に居た。ちゃんと帰ってこれたことに安心したのも束の間、財布も時計も鞄も無くなっていることに気がついた。それに全身が痛い。顔にはあざができており、布団には血が滲んでいた。


数軒先に住む同期のダニエルによると、俺はギャングに襲われ金目の物は全て盗まれたらしい。額や腕の傷はその時にできたものだ。ダニエルは大男で筋骨隆々な男、ギャングを追い払い、俺の部屋まで送ってくれた。


この件以降、お酒には警戒するようになった。


アルコールの匂いにアメリカでの出来事を思い出していた。

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