第8話 渡り人

 俺を見るソフィーはどこまでも真面目で、今がごまかしたり嘘をついたりしてやり過ごす場面ではないぞと、その表情が語っていた。


 今まで読んできたラノベでは自分のことを隠すパターンと、打ち明けて協力者を得るパターンとがあった。そのメリットとデメリットを考え、打ち明けることに決めた。


「わかった、全部話すよ。でも先も急ぎたいし、歩きながらでいいか?」

「わかったわ。それじゃあ、行きましょう」

「ユニーはまた先行して、あたりの警戒を頼む。何かあったら教えてくれ」

「クー」


 俺に頼りにされていることが嬉しいのか尻尾を振って軽やかな足取りで歩き出した。


 川に沿って歩いていくうちに、いつの間にか反対の岸にいたネズミの群れも見当たらなくなっていた。おそらくネズミの活動エリアの外まで出たからだろう。


 自分でも正直よくわかっていないから推測も含まれるということを前置きし、了承を得て俺が体験したことを話す。


「信じられないかもしれないが、どうやら俺はこことは違う別の世界から来てしまったみたいなんだ」

「別の世界って……他の国から来たっていうこと?」

「いや、そうじゃないんだ。なんて言えばいいか……異世界って分かるか?文化も人種も国の成り立ちすらもこことは違う発展を遂げた世界。日本という国で俺は生活していたんだ」

「日本……聞いたことのない国ね」


 そういうとソフィーは思案顔になるが、周囲の警戒も緩めた様子はない。このあたりはDランク冒険者の経験ということなのだろう。


 その後もソフィーへの説明は続いた。


 ガレージでいろいろな色の光に包まれ、気が付いたら森の中にいたこと。

 森から抜けようと歩き回っていたが空腹で倒れそうになっていた時にユニーを攻撃している角うさぎの群れに遭遇し、結果的にユニーを助けたような形になったこと。


「最初はユニーのことも角うさぎかと思ったんだぞ?」


 そういうとソフィーは「確かに似ているわね」と同意してくれたが、ユニーは少しだけ不満そうな表情を見せて「クー!」と抗議してきた。


「それでさっきの岩とかのことだけど、俺がいたガレージに置いてあった道具を取り出したり、逆にこっちのものを収納したりすることができるみたいなんだ。俺はアイテムボックスって呼ぼうかと思ってるんだけど……こっちの世界にそういう魔法とかないのか?」

「うーーん、聞いたことはないわね」


 どうやらこちらの世界には空間魔法でアイテムを収納したり、不思議なアイテム袋とかは存在していないらしい。少なくともソフィーは「聞いたことないわね」と首を振った。


「言っておくけどどんな力なのかとか原理なのかとかは俺にも分からないからな。ただ、多分ガレージより大きい物は入れられないし、容量が超えたりしたら駄目なんじゃないかと思ってる。さっき使った岩もギリギリだったみたいだ」


 ソフィーは俺の話をずっと思案顔で聞いていたが、次第にあきれたような納得したような顔になるとポツリと話し始めた。


「たぶん……なんだけど、イズル、あなたは渡り人なんだと思う……」

「渡り人? ……もしかして俺以外にも他の世界から来た人間がいるのか?」

「わたしも実際に会ったこともないし、言い伝えとして人伝てに聞いたことくらいしかわからないわよ?」

「それでもいい。ソフィーの知っていること、聞かせてくれないか」


 少しだけじっと思い出すような仕草をしてソフィーが続ける。


「過去に渡り人がこの世界に文化を伝えたという言い伝えがあるの。各地にその言い伝えが残っているみたいだけどわたしが知っているいちばん新しい話は西のヒューマンの暮らす街に現れて農耕の技術を広めたという話ね。たいした魔力も無く力も弱いヒューマンは渡り人のおかげで安定した生活が送れるようになったそうよ」

「なるほどな。各地にっていうことは一人や二人じゃなさそうだな」

「あくまでも言い伝えよ。それでヒューマンの街はどんどん発展して国になり、渡り人の功績に感謝してその人が好きだったクルシュガンタっていう木の名前をそのまま国にしたと言われているわ」


 聞いたことがない名前だと思ったが、よく考えてみたら俺のいた地球とも異なる世界から来たのかもしれないと思いソフィーに続きを促す。


「その渡り人は、光の中で女神ゼヴェロス様から西へ進めと神託を受けたと言われているわ。イズルはそういう神託は無かったの?」

「いや、俺は何もなかったな。それにしてもソフィーはずいぶん詳しいんだな」

「言い伝えと言ってもこの人が渡ってきたと言われているのは四百年くらい前だから、わたし達エルフからしたら最近のことなのよ。さすがにわたしは産まれてないけど、わたしのお父さんとお母さんはその頃結婚したらしいしね」


 ……ソフィーの年齢が急に気になってきた。見た目は十八くらいに見えるんだが、聞くのはさすがに野暮、というか怖いな。ナイフとボウガン渡しているし。


「その渡り人が遺した書物がクルシュガンタにあるっていう噂もあるわよ? ただ、不思議な文字で書かれていて、ショーグンとその家系の人達しか読めないらしいわよ」


 ブホッ!!


「だ、大丈夫?」

「あ、ああ。悪い、大丈夫だ」


 思わず噴き出してしまった。それにしてもショーグンって……やっぱり、あの将軍のことだよな?もしその渡り人が日本人だとしたら、俺にもその書物が読めるかもしれないな。帰る方法が書いてあるかどうかは別にしても、できることならその書物は読んでみたいな。


「ソフィー、その渡り人ってもしかしたら俺がいた世界で俺がいた国の人かも知れない。ずっと昔の人だとは思うけどな」

「もし本当なら、ショーグンや書物からイズルの役に立つ情報が手に入るかもしれないわね。ただ、急激に発展したせいで北のヴァンピューレや南のメーアから狙われていて、いろいろ大変な状況みたいよ……あ、明かりが見えてきたわよ」


 話しながら歩いているうちにいつの間にかあたりは薄暗くなっていた。樹々の間から、たいまつのような明かりが揺らいでいるのがここからでも分かった。


「まだ森から抜けたわけじゃないんだけど、今夜はここで宿をとりましょう。ここは獣人の支配している巨大集落ザックコロニー。ここを過ぎてから南に行けばアールヴァニアよ」

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