第4話 ソフィア

『ぐう~~……』

「…………」


 気のせいだ、俺は何も聞いていない。


『ぐぐぐぐうう~~……』

「…………」


 あー、さすがにこれだけの音を聞いてない聞こえないと言い張るのは無理があるか……」


「きゃあ!」

「うおっ!?」


 ドサッと音を立てて樹の上から人影が落ちてきた。


「痛たたたー」


 恥ずかしそうに座り込むその人影を確認してみる。


 パッと見、年齢は十七~十八歳くらいの少女から大人の女性になりかけているくらいの感じだ。だが問題はそこじゃない。やたらと白いが不健康さはまったく感じさせない潤った肌。さらにナチュラルボブの金髪から覗くあきらかに人間よりもやや長く尖った耳。


 背中には折れた短弓のようなものを背負っている。今落ちたせいで折れたわけではなさそうだ。矢筒も空っぽのようだった。


(どう見てもこの子、エルフっていうやつだよな?)


 どうもここでは日本どころか地球ですらないのではという思いが頭をよぎってはそんなことあるはずがないと思おうとしていたが、さすがに本物のエルフを目の前にしてはここが異世界であるということを認めざるを得なくなってしまったな。


『ぐぎゅるるるるうぅ……』

「……ぷっ」

「あのう……えへへ」

「あははははははは」

「え、えへへへへ」


 しばらくお互いに盛大に笑いあい、俺のひざの上で寝ている角うさぎ(?)が少しうるさそうに身をよじっていた。こんな状況でも寝ていられるとか、こいつも案外大物になるかもしれないな。


「あのう、お食事のところお邪魔してしまってすいませんでした。それでその……ちょっと御覧のありさまでして、もしよければ少しわたしにも恵んでいただけないでしょうか?」


 俺もさすがに傷つき汚れた空腹の少女を見捨てるほど鬼じゃない。


「ほら、これでいいか?」


 ちょうど網の上でいい具合に焼けていた肉を皿に取り、少し考え箸ではなくフォークを添えてエルフに渡した。


「あ、ありがとうございます!」


 はぐはぐモグモグバクバクごくごく


(ごくごく?)


「おいしいです!ひさしぶりの食事もう最高です!肉汁も全然臭くなくてまるでジュースみたいです!」


(ごくごくってその音か!)


 確かに下ごしらえはしっかりしたし俺も肉汁が体に染み渡るのを感じた。しかしそれにしても大げさじゃないか?と最初は思ったが、彼女がおいしいを連呼しながらがっついているのを見ると調理した甲斐があったなとうれしくなってきて、細かいことはどうでもよくなってきた。


 彼女の言葉が理解できるのも不思議だけど、そういえば通勤中に読んでいた小説や好きだったアニメでは異世界や外国に行っても不思議と言語に困る話は少なかったな。ガレージのアイテムが使えることと合わせて、これでとりあえずこちらでも何とかやっていけそうだ。


 まだ焼いていなかった肉を網でどんどん焼き、俺もいっしょに食うことにした。


「旨いな」

「はい、おいしいです!」


 思えば、だれかといっしょにこうやって食事を楽しんだのなんていつ以来になるだろう。昼食はいつも時間が無くてひとりでかっこんで終わりだったし、たまに同僚と食事に出かけても会話は仕事のことばかり。休みの日はソロキャンプに出掛けていたのでもちろん食事もひとりきり。


 ムシャムシャがつがつゴクゴクちゅるちゅる


「ちゅるちゅるって、そんな音よくだせるな!」

「えへへへへ~すんごくおいしくってつい」

「そうか。なら仕方ないな」

「うんうん、仕方ないよ」


 賑やかな食事は、本当に楽しくおいしかった。


「ふう、もう食べられないよ。ごちそうさまでした」

「お粗末様でした。君にはいろいろ聞きたいこともあるから、洗い物してくる間、少しここで休んでなよ」

「あ、洗い物ならわたしがやります! ご馳走になったんですからそのくらいはさせてください!」


 そういうと彼女は小川で食器や網を洗い始めた。


「なら悪いけど頼むよ」


 彼女には洗い物を頼み、俺はBBQコンロや炭の後片付けをすることにした。


 しばらく後二人とも落ち着いたのを見計らっていろいろと話しを聞くことにした。


「俺は日野 出弦。ちょっとわけがあってこのあたりの事をよく知らないんだ。君のこととかもいろいろと教えてもらえるとありがたいんだけど」


「イズルさんね。さっきは本当に助かったわ、ありがとう。わたしはハーフエルフのソフィア。ソフィーと呼んでもらえたら嬉しいわ」


 ハーフエルフ!純血ではないみたいだけど、やっぱりエルフで間違ってなかったのか!


「それで、このあたりのことって……イズルさんもユニコーンを追ってこの森に来たんじゃないの?」

「俺のこともイズルって呼び捨てでいいよ。俺自身にもよく分からないんだけど気が付いたらいつのまにかここにいたんだ。だからこの森のこととかユニコーンとか全然分からな……ユニコーン!?」


 ユニコーンって、やっぱりあれだよな?物語とかでよく出てくる真っ白なかっこいい馬だよな?せっかく異世界に来たみたいだし、どうせなら俺も見てみたいな。


「さっきの道具とかどうしたのか気になるけど、まあいいわ。ここは変化する森、オルタフォレスト。深淵の森と呼ぶ人もいるわ。周囲の国の人々の負の力が集まる場所。そのせいで、様々な強い魔物がここに住み着いているの」

「負の力の集まるオルタフォレストに、強い魔物の棲み処か。思ってた以上に危険な場所みたいだな」

「でも、このあたりは樹々の間隔が割と広いでしょ? 太陽の光がよく差す数少ない場所なの。そのおかげで負の力も弱いから魔物もあまり強いものはいないし、人間の居住地域とも離れているから数百年に一度ユニコーンが出産に選ぶ場所でもあるのよ」


 なるほど。どうやら危険な森ではあるが、最悪の場所ではなかったみたいだな。角うさぎなんかは俺でも倒せる程度だったしな。まあ、あのカエルやスカンクは無理だけど。


「でも、ユニコーンが負の力の影響を受け続けると負の進化によって神魔獣イクシオンに進化してしまうと言われているの。イクシオンは消えない闇の炎を纏い、世界中に疫病と災厄をまき散らしながら何年も走り続けるのよ。それを大災害と呼ぶんだけど、わたしの住んでいるエルフの国【アールヴァニア】がユニコーンが出産のためにこのオルタフォレストに向かったという情報を掴んだのよ。

 それで大災害を防ぐために、私達が派遣されてきたっていうわけなの」


「私達って、ソフィーしかいないじゃないか。他のエルフはどうしたんだ? それと、大災害を防ぐ方法って具体的にはどうするんだ?」

「えへへ、ちょっと強い魔物に襲われた時にみんなとはぐれて武器も食料も失くしちゃってね……」


 ソフィーは苦笑いを浮かべながら話してくれた。


 それでボロボロの恰好で腹を空かせていたのか。


「無事でなによりだよ」


「うん、さっきは本当にありがとうね。それで大災害を防ぐ方法だけど、ユニコーンと主従関係を結べばいいの」

「主従関係?」

「魂の繋がりを結ぶっていう感じかしら? 主従関係を結んだユニコーンは主人の持つ魂の力を糧に成長するのよ。だから正の力を持つ人といっしょならイクシオンに進化したりはしないっていうわけ。ただ……」

「ただ、なんだ?」

「ユニコーンは本来とても臆病でなかなか人に心は開かないの。だから、もし主従関係を結べなかった場合は……その場で殺せと命令されているわ」

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