第2話 サボテン

「ただいま。」


 僕は部屋の隅に置いてあるサボテンに声をかける。


「今日は寒かったよ。君は部屋の中だからいいけど。…でも、サボテンだから部屋の中でも寒いかな?今ヒーターをつけてあげるから待っててね。」


 ヒーターのスイッチを入れてサボテンをテーブルの上に移動させた。

 台所でコーヒーを淹れて、サボテンを見つめる。


 かわいいな。


 自分のコーヒーと一緒にサボテンの水も持ってくる。


「君は本当にかわいいね。いつも黙って僕の話を聞いてくれて、僕は幸せだよ。」


 語りかけながら水で土を湿らせる。

 水を入れすぎないように気をつけながらサボテンを見ると、なんだか嬉しそうに見えた。


 僕はこのサボテンが大好きだ。


 去年の夏、たまたま仕事を定時で上がったときに駅前の花屋で君を見つけた。なぜだか君から目が離せなくて思わず買って帰ったんだ。


 それからは毎日話しかけて、君を見つめて、幸せな時間を過ごしている。


「僕には君だけだよ。君さえそばにいてくれれば僕は幸せなんだ。だってこんな風に僕の話を聞いてくれる人なんて他にいないからね。

 あ、人じゃないけど、でも、大好きだよ。」


 サボテンは嬉しそうに体を揺すったように見えた。






 暑すぎた夏も終わろうとしている。


 サボテンは蕾をつけていた。

 僕は今か今かと咲くのを心待ちにして、毎日話しかける。


「いつ咲くんだろうね。早く見たいな。

 君の花は綺麗なんだろうなぁ。」


「まだまだ暑い日が続くね。水をあげようね。蕾も膨らんできたね。」


「あぁ、待ち遠しいなぁ。蕾が色づいてきたね。明日には咲くかな?」


 とうとう花が咲いた。鮮やかな赤の美しい花が。なんて綺麗なんだ。何枚も何枚も写真に収めてもまだ足りない。

 それは、美しく可愛くはかなささえある。



 僕はサボテンを見ることが楽しくて、毎日ウキウキしていた。


「最近、毎日楽しそうね。なんかいいことでもあったの?」


 同僚に聞かれて、ついサボテンの自慢をしてしまった。週末ということもあって浮かれていたのかもしれない。引かれるかなって思ったけど、意外にも彼女はサボテンを見せてほしいと僕の家までついてきた。


「うわあ、かわいい。

 サボテンの花ってすごくかわいいのね。

 色も綺麗だし。」


 またサボテンは嬉しそうに少し揺れた。


「コーヒー入ったよ。」


「ありがとう。

 あ、ごめん。スプーン落としちゃった。」


「大丈夫。僕が拾うよ。」


 拾おうとする彼女と僕との顔の距離が近くなり、彼女はそのまま僕の唇に口づけた。


「ずっと好きだったの。でも言えなくて。今日をのがしたらもう二度とチャンスはないって思って。」


 彼女の濡れたような黒い瞳がうるうると僕を映しこみ、僕の頭はボーッとなる。


「突然何言ってんだろ!ごめんね。やっぱり忘れて。」


 そう言うとサボテンの前に行き


「この部屋に入れてもらえて、あなたの大切なかわいいサボテンを見せてもらえただけで、もう満足。ありがと。」


「痛っ!」


 彼女が指を押さえる。

 どうやらサボテンのとげが刺さったようだ。


「大丈夫?」


 僕がとげぬきで棘を抜くと、傷口から赤い血が溢れた。

 思わず口をつけて舐める。


「あ…。」


 彼女の恥ずかしそうな顔を見たら理性が飛んで、そのあとはもう、ただ勢いにまかせて無我夢中だった。

 そして、気がつけば朝になっていた。



「おはよう。」


「うん。」


「うん。って何よ?おはよう。」


「あ、おはよう。」


「ねぇ、私と付き合ってくれる?」


「うん。」


「嬉しい!」


 そう言うと彼女は裸のまま僕に抱きついてきた。

 あまりにも急な展開に頭はついていってなかったけど、同僚の中でも気を使わなくていい彼女のことはわりと気に入っていた。いつも気さくで話しやすくて一緒にいると楽しかった。でも彼女になるなんて思ってもなかったから、これからどうしたらいいのか検討もつかない。僕は恋愛偏差値が低いのだ。


 とりあえず家を出て彼女とブランチをして


「これからよろしく。」


 とお互いに挨拶をした。

 まだ頭が混乱しているので、その日はそこで別れ、ぼんやりとしながら家に向かう。


「ただいま。」


「昨日はびっくりしたよ。まさかあんな展開になるなんて思ってもみなかったから。」


 早速サボテンに話しかける。


「どうしたの?なんか元気がないなぁ。」


 なんだかサボテンの元気がないように見える。

 花はもう枯れていた。花の根本からハサミで切ってやる。少しは元気になるかな?水をやりすぎたかな?

 僕は心配になってサボテンを見つめ続けた。


 一週間経ってもサボテンは元気にならなかった。全体にしわしわな感じになり弱々しくなっていく。

 もうダメなのかな。


「彼女も出来て毎日楽しくなってきたのに、そのとたんに枯れだすなんて縁起がわるいな。捨てるか。」


「痛っ!?」


 棘が刺さった。

 なんでだ?触ってないのに。


「痛っ!!」


 棘が飛んできてる?


「嘘だよ。捨てないよ。だから早く元気になって!」


 棘が飛んでこない。

 まさか、彼女に棘が刺さったのも、棘が飛んできたから?

 もしそうなら、もうこの部屋に彼女は呼べないな…。

 彼女に話して理解してもらえるだろうか。



 あれから一ヶ月。毎日サボテンにやさしく声をかけた。


「かわいいね。君は僕の一番かわいいサボテンだよ。」


 サボテンはいくらか元気になったようだ。

 棘も飛ばさない。




 僕はあれから毎日彼女の部屋に寄ってから帰るのが日課になった。

 彼女はサボテンのことを理解してくれた。

 あの日彼女はやっぱりサボテンには触れていなかったのだ。


「本当はあんな気味の悪いサボテンなんて捨ててほしいけど…。でも、私、同じ人を好きになったあのサボテンに負けたくない。

 あのサボテンよりも私を大切にしてくれるよね?」


 そして、彼女にも優しい言葉をかけ続ける。


 サボテンも彼女もどんどん元気に綺麗になっていく。


 僕は棘を飛ばされないように、注意深く二人を愛していかなければならないと肝に命じた。













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