第18話 卒業式

 3月2日。我が校の卒業式だ。なんでこんなに早いんだ!と今年に限って思う。いや、今までも教え子の卒業は寂しかった。3年間毎日のように顔を合わせ、親身になって進路先の相談に乗ったり、お前のこういう所を直せ、などと何度も諭したり、いろんな事があった。それでも、無事に高校を卒業できる事はめでたい事で、よかったな、と素直に喜ぶ気持ちもあって、晴れやかな気分でこの日を迎えて来た。

 だが、今日はとても晴れやかとは言えない。胸がざわざわして、しくしくして、気を抜くと眉が下がってくる。頑張って口角を上げる。今日は喜ばしい日なのだから、と。

 しかも、今年はいつもと様相が変わっていた。新型コロナウイルスによる肺炎が流行し、感染拡大を防ぐため、2月下旬の3年生の登校日は全て無くなった。三送会や在校生の卒業式参列もなくなり、先輩後輩のお別れの儀式は完全に無くなってしまった。卒業式の保護者の参列もやむなく無しになり、直前になって体育館での卒業式も取りやめる事になった。そして、各教室での卒業証書授与式となった。こんなの、式とは言えまい。だが、生徒たちはその辺は無頓着だ。面倒な儀式がなくなって良かったくらいの反応だった。記念品をあれこれもらって喜び、卒業証書を入れる筒をもらってお約束のチャンバラ。お前らいくつだよ?まあ、そんなこんなもこれで最後なんだろうと思う。制服を着るのも今日が最後。

「残念なお知らせがある。」

全ての工程が済み、俺は教壇に立ってそう第一声を発した。

「明日、予定していた会食だが・・・、お前たち覚えているか?」

俺がそう言うと、

「もちろん、覚えてるよ!焼肉おごってくれるんだよね?」

と誰かが言い、うんうんとみんなも頷く。そう、まだ5月中旬の出来事だが、体育祭で我が特進クラスが学年優勝した折、卒業式の翌日に、特進クラス全員に焼肉をおごってやると約束したのだ。

「そうだ。体育祭の優勝のご褒美だ。だが、みんなも承知の通り、今は国を挙げて不要不急のイベントを中止または延期する時期だ。保護者と教員の謝恩会も中止になった。もしこの焼肉を決行した挙句、ここがクラスターになったりしたら大変な事になる。分かるな?」

生徒たちを見渡すと、みな呆気にとられたような顔をしていた。口をぽかんと開けてこちらを見ている。だが、誰も文句を言う者はいなかった。

「だが、中止ではない。延期だ。コロナウイルスによる感染が落ち着いたら、必ず開催する事を約束する。その時には連絡をするから。」

おっと、ちょっと泣きそうになってしまって言葉を切った。隣の1組では、岸谷先生から生徒に同じ説明があるはずだった。隣で、

「えー!?」

という一声が聞こえてきて、それからまた静かになった。

「これで解散する。連絡を待っていてくれ。起立!」

号令をかけると、いつもよりも2秒くらい遅れて、生徒たちは立ち上がった。

「礼!」

みんなでお辞儀をする。

「さようなら。元気でな。」

俺がそう言うと、

「先生!」

と言って、何人かが駆け寄ってきた。抱き着いてくるのかと思ったら、そうではなかった。

「八雲先生、このままでいいのかよ?」

一番に駆け寄ってきた相馬が言う。

「何が?」

聞き返すと、

「颯太の事だよ。」

と言う。

「な、何の事だ?」

俺は慌てて教室を見渡す。多くは友達同士わいわいと話しながら教室を出て行こうとしていたが、教卓の周りに5,6人集まって、更に遠巻きに数人こちらを見ていた。

「先生、俺たちが気づかないとでも思ってるの?先生の颯太を見る目、他の生徒と全然違うよ。」

ぼっと顔が熱くなった。全力で否定しようと身構えたものの、みんなを見渡すと、なんというか、からかわれているのとは違って、みな温かい目をしていた。

「颯太はモテるからね。無理もないよ。」

相馬が言う。

「颯太ってモテるの?」

誰かが相馬に聞いた。

「そうなんだよ。去年、颯太が部活の先輩に呼び出されてさ。そしたら、告られたって言ってたんだ。」

相馬が真面目な顔で言った。

「いや、びっくりしたけどさ。颯太はそれほどびっくりしてなかったからさ。きっと他にもそういう事があるんだろうなって思ったんだ。」

なるほど、颯太はやはりモテるのか。

「だからさ、八雲先生が好きになっても無理もないって。」

慰められているのか?

「颯太も絶対気づいてるよな。八雲先生に好かれてるって。」

「だよなあ、バレバレだもんな。」

生徒たち、容赦ない。俺は言葉もない。

「けどさあ、俺だったらもっと避けるっていうか、嫌悪感出しちゃう気がするなあ。」

誰かが言う。

「分かる分かる。もし自分が八雲先生に好かれたとしたら、あ、ごめんなさい。そんな事あるわけないけどさ。でももしそうだって思ったら、普通に接したりとか無理そうだなあ。」

回りの生徒も頷く。

「つまりさ、颯太が八雲先生を避けたり嫌がったりする素振りが見られないって事は、つまり・・・颯太も先生を好きかも・・・?」

誰かが遠慮がちに言った。

「それなんだよ。」

相馬が言い出した。

「俺もさ、もしかしたらそうなのかもって思ってさ、いろいろカマかけて見たわけよ。例えばね、八雲先生ってわりとかっこいいよね?とか、八雲先生って頼りがいあるよね?とか、時々颯太に聞いてみたりしたんだけどさ、良く分からないんだよね。はぐらかされるだけっていうか。」

おいおい相馬、それだよ。颯太は完全に勘違いしていたぞ。相馬が俺の事を好きなんじゃないかと。頭撫でられたりすると、本気で喜ぶからやめた方がいいとか、颯太に言われたからな。なるほどなあ、そう言うわけだったのか。やっぱり、相馬が俺の事を好きなわけがないと思ったよ。

「でもさ、先生。焼肉も延期になって、もしかしたら、もう颯太に会えないかもしれないよ。そうしたら、どうすんだよ?後悔しないの?」

相馬、やっぱりお前はいい奴だな。

「相馬、ありがとな。ほんとに俺の事を考えてくれてるんだな。でも、いいんだ。気にしないでくれ。」

これしか言えない。具体的に颯太が好きともそうでないとも言えない。

「とにかくさ、明日颯太とデートしなよ。俺が御膳立てするからさ。大勢で集まるのはだめでも、二人で会うのはいいでしょ?明日、俺が颯太を呼び出すから。先生がそこに行って。後はもう、俺たちは何も言わないから。」

相馬はそう言い、連絡手段を交換し、皆で帰って行った。もう、後戻りはできない。このラストチャンスを逃すわけには!

 ちょっと待て。颯太はイケメン坂口と付き合っているのではないのか?受験も終わって本格的に付き合い始めたとしてもおかしくないぞ。俺は、諦めよう、忘れようと思って今日は颯太の事をあまり見ないようにしていた。みんなは颯太と俺が脈ありのように言ってくれたけれど、果たしてどうなのだ?

 いやいや、勝機があるから勝負するもんじゃないだろう。勝てると分かっている勝負しかしないなんて、男じゃない。負けるかもしれない闘いこそ、挑むべきではないのか。そう、俺は颯太への想いなら誰にも負けない。坂口にも負けない自信がある。それなら、勝負するべきではないのか。


 その夜、相馬から連絡が入った。明日の11時、高校の最寄り駅前。会えなかったら相馬を中継するようにとの事。返すがえすも相馬はいい奴だ。

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