正直言って、コルトに頼りたい

 空腹は耐えられるが、のどの渇きは耐えられない。

 そんな話を聞いたことがある。

 それは確かにその通り。俺もそうだし。


 でも言われなきゃ気付かないよな。

 なるほどなぁ、と感心した話は頭の中でいつまでも残ってる。

 それにあの部屋に来る連中の中には、水を求める奴もいた。

 けど握り飯を食いきれないほど掻っ攫おうって奴もいたから、そいつらを止める方が先だった。


 全部一人でやらなきゃならん。

 異世界からあの部屋に来た奴らは、こっちの方には誰も来ることはできない。

 だからほったらかしにしても、誰もこっちに抗議に来ることはないんだけどさ。


 けど。


 祖母ちゃんが言ってた。


「困ってる人がいたら助けてあげないとね。祖母ちゃんはおにぎり作ってあげることしか思いつかなかったけど、こうちゃんも何か気付いたことがあったらどんどんやってあげなね」


 祖母ちゃんだって、握り飯を作ることしかできなかったからした。

 ほかのことはやらなかった。

やりたくてもできないこともあっただろうし、思いつきもしなかったんだろう。


 そんなことを思いだしたのは、間違いなくコルトの働きの効果だ。

 コルトの存在と働きは正直有り難い。


 けれど、頼りすぎるのも良くないだろう、と思う。

 コルトはいつここからいなくなるか分からないからだ。

 だから水分補給の提供は、コルトの動向の様子をしばらく見てからにする。

 あいつらに必要な物の提供を始めた途端に中止にしたりすれば、あいつらも気落ちしてそこから体調を崩しかねないだろうし。


 いずれ、コルトがあそこで仕事を続けてくれるなら、こっちも大助かりだ。


 ということで、今日も朝の八時に握り飯百五十個完成。

 今日のあいつらの様子はどうかね。

 昨日の夜のようにきちんと並んで待ってるかね?


「お前ら、おはようの時間だぜー。握り飯百五十個お待ちー」


 運び込んだトレイの上はいつもとちょっと違う。

 握り飯と一緒に小さい置時計も持ってきた。

 時間帯によって違う挨拶は大事だろ。

 それが分かるようにな。


 けどそんなことに五年も気付かなかったとはなぁ。

 まぁ俺は小窓から外が見えたから、こいつらのそんなことまでは気付かなかったんだがな。


 それはともかく、今のこいつらは昨夜の様子とはさらに違っていた。


「おーう、コウジー。待ってたぜー」

「あたしとこいつ、二個ずつもらうわね。ほら、あそこでへたばってる人二人いるでしょ? 行列に加われないからその人の分ってことで」

「中身の種類が分かるように小さい旗作ってみたんだ。どうだ?」

「トレイになりそうなアイテムがあるんだが、具材ごとに分けられねぇかな?」


 いつもは握り飯争奪戦で殺伐とした空気になりそうなこともあった。

 こんな風に、握り飯を歓迎する空気は今までになかった。

 握り飯の前では誰もが「俺が先だ」「俺にくれ」しか言わない連中だった。


 こんな急激な変化はやっぱり……。


「あ、おはようございます。おにぎりのお代代わりのアイテムはもう受け取ってますので、あとは引き渡すだけですよ」


 俺一人で握り飯を配っていた時は、かなり神経を使ってた。

 横取りを防ぎ、順番を守らせ、例外はあるものの一人一個が原則。

 そして受け取るアイテムの吟味。


 その手間を一気に減らしてくれたコルトの働きはとても有り難い。

 そんな所にまで気を配るコルトには、本当に感心するばかりだ。

 そして受け取ったアイテムを組み合わせていろんな道具を作る作業にすぐ取り掛かる。


 手際がいい。


 つくづくいい人材が入って来た、とは思うが、誰だって自分の世界で生活する方が幸せだ、とも思うんだよ、俺は。


「その二人の次に握り飯を受け取るのは、そこのエルフちゃんだな。次が俺」


 そんなことを考える俺に、ショーケースに一番近い冒険者が声をかけてきた。

 見た目ベテランの冒険者が未熟な冒険者に懐柔させられてるようにしか聞こえない。


 握り飯を求める冒険者達は毎日、毎回違う。

 何度も貰いに来る冒険者もいないことはない。

 けど初めて見る顔の方が圧倒的に多い。

 だからこの部屋の空気を今までと比べてもあまり意味はないが、それでも今までの握り飯を運んできた時のことと比べてしまう。


 嘘みたいな光景に呆然として棒立ちになっても、全員が自分に必要な分だけ持っていく様子は昨夜と変わりない。

 今までだったら、隙丸出しの俺の前で一人で何個も強奪する奴が、次から次へとやって来ていたはずだ。


 それがどうだ。


 それどころか、部屋の端で横たわってたり立ち上がれない者のために握り飯を手渡しする親切があちこちで見られる。

 あちこち、というのは、無理して行列に加わってる冒険者達もちらほらといるんだ。

 そんな体力が限界に近付いている冒険者達に、みんなで労わってるってのが、今まであまり見ることがなかった光景だ。


 行列の二番目にいた女魔術師は、先頭の男戦士と二人で二個ずつ持っていくと言っていた。

 自分の分と壁際で座っていた二人の冒険者の分の四個だと思っていた。

 ところがそうじゃなかった。


 戦士は二個持って、その二人に分け与えた。

 女魔術師はコルトに二個渡してた。

 握り飯を受け取った三人は恐縮してたが、誰もそれを当たり前のように見てて、その二人を特に称賛するような言葉は誰からも出なかった。


 コルトは顔を赤くして遠慮していたが、押しに弱いのか結局受け取って、赤面した顔を隠すようにして握り飯を食べ始めた。


 小動物にエサをやってる気分になる。

 一生懸命ぱくついている姿が何となくかわいい気がするが、している仕事は大したもんだ。


 握り飯を作る前にこいつが作ったグローブを試してみたんだが、実に効率がいい。

 手に反動が来ないから負担もほとんど感じないし楽に作業を進められた。

 だから作業に夢中になって、うっかりして握り飯を作る時間が減りそうだった。

 量産してくれたらネット販売もいいかもな。


「コルト」

「は、はひ?!」


 何慌ててんだ。握り飯、のどに詰まるぞ。


「昨日作ったグローブ、かなりいい仕事してくれるからこの店の商品にしたいんだが」

「お店の?!」

「そ。俺の店の」


 コルトはしばらく沈黙。

 そして驚きの声をあげた。


「こ、ここ、お店だったんですか?!」

「ちげぇよ!」


 握り飯しか置かねぇ雑貨屋が、どの世界にあるっつーんだ!


 ……まぁ説明してなかったから知らなかったのも当然だけどさ。

 日本円は存在しないが通貨制度はここに来る連中の世界すべてに存在するようで。

 コルトも俺の話を理解してくれたようだ。

 だが話の解釈のピントがずれてた。


「じゃあコウジさんも自給自足の生活をすればいいんですよ!」

「出来るかアホウ!」


 店を閉じて田んぼや畑仕事に専念できたとして、さらにこいつらの面倒見れるかっての。

 農作物は手をかけなきゃ育ってくれないし、惜しんではならない手間がたくさんあることも知ってる。

 となりゃ毎日この部屋に来る余裕なんてありゃしねぇ。

 冬になれば雪かきだって必要になる。間違いなく体力が削られる。


 まったくもう。人の話聞けよ。

 どっからそんな結論が出せるんだよ。


「なんでそうなる。握り飯のお代を何とかして金に換えて、その金でまた米を買うっつってんだよ」

「なぁんだ。コウジさん、簡単な話じゃないですか」

「簡単? なんでよ」

「皆さんが置いていくアイテムは、どれもレアだったり価値が高い物ばかりですよ」

「俺の世界じゃ高値どころかガラクタぞろいだっつーの!」


 確かパーティの仲間に置いてけぼりにされたんだよな、こいつ。

 何となく気持ちが分かりかけてきた。

 思考のピントがずれてるのかもしれん。

 けど命の危険がある所にほっぼり出すのはどうかと思う。


「そのガラクタに細工した物が俺の世界で通用するとそこに価値が生まれるし、それを買いたいって奴も出てくる」

「それで沢山のグローブが欲しかったのね?」


 実際に使ってみたらかなり便利だった。

 動画を撮って使い方を見てもらえたら間違いなく売れる。

 しかし生産数が毎日一組か二組じゃ食糧代になるには力不足。


「毎日たくさん同じものを作るのは難しいかも。みんな置いていくアイテムが違うから……」


 いや、なんでお前が肩を落とす?

 流石にそれはお前のせいじゃないだろ。


「気にするな。とにかくいろんな日用品を作ってみてくれりゃいい。商品にするほどの生産量じゃなきゃフリマでも開いて売ればいいだけのこと。とにかく食糧代になりゃ文句はない」


 コルトが作る物が、こっちの世界で役に立つかどうかは試してみないことには分からん。

 けど今までは全く金にならない物ばかりで、逆にこっちが受け取り拒否してたくらいだったから、これからは経済力に期待が出来る。

 ただし不安が一つある。


 コルトがいきなりここから去ること。

 その可能性を考えると、依存するわけにもいかない。


「お前がここからいなくならない限り、という前提の話だがな」


 こいつが作った物がすべて高値で売れたら、こいつがいなくなることは俺の負担が楽になる毎日の終わり。

 再びこいつが来る前の、握り飯強奪防止に力を入れる毎日がやってくる。

 正直気が重い。


「いなくなるわけ、ないじゃないですか」


 コルトは眉をひそめる。

 泣きそうな声で俺の思いを打ち消した。

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