第3話 求職者

 確かに、今の人類圏の多くの企業は、宇宙人の雇用について乗り気ではないし、本音では、宇宙人を採用したいとは思っていないのかもしれない。

 

 アリサが言うように、人類圏で起こるテロを含めた凶悪犯罪の多くは宇宙人によるもので、宇宙人の犯罪は年々右肩上がりになる一方。不平等条約などと揶揄される「銀河帝国」との安全保障条約や「広域宇宙開発機構」などの加盟も含めて、人類は宇宙人を未だに脅威と見なし、その進出を快く思ってはいない。

「第一次宇宙戦争」から続く長い戦争の記憶も、その一因の一つだろう。

 

 逆に宇宙人の側から見れば、地球から木星圏にまで延びた人類圏は文明的に遅れた手つかずのフロンティアであり、開発の進んでいない新大陸。いくらでも成長の見込める経済市場に他ならない。かつて新大陸を発見したコロンブスよろしく、宇宙人にとってこの人類圏は宇宙の卵なのだ。

 

 だからと言って、全ての宇宙人が人類圏で希望する仕事に就けると言う訳でない。人類圏という新市場の甘い蜜を吸える宇宙人は、「広域宇宙開発機構」などに所属する一部のエリートか、「銀河帝国」が推薦と言う形で送り込んで来る半分スパイのような宇宙人で占められている。

 

 よって、ゲロロさんのような何の紹介も推薦もない宇宙人――帝国傘下とはいえ立場の弱いフロッシュ星人が、人類圏で仕事を得ることは、僕が考える以上に難しいことみたいだった。

 

 僕は、ゲロロさんが窓口を尋ねてから知り得た人類圏の理不尽な求職事情を前にして、冷たい宇宙空間に放り投げられたような気持ちなった。

 僕自身に特定の企業や会社にコネやパイプがあれば話は別なのだろうけれど――実際に、優秀な職業案内エージェントは幾つもの企業や会社にコネやパイプがあり、顔が利くという――何の伝手つてもない僕にできることは本当に何一つなかった。


「はぁ、無能すぎて自分が嫌になる」

 

 溜息を一つ落としながら昼休みを終えて課に戻ると――

 僕は窓口の受付前に並んだ普段なら誰も腰を下ろさない長椅子に、一人の女性が腰を下ろしているのを見つけた。


「あれ?」

 

 受け付けのディスプレイには「1」という数字が表示されており、待ち人数が一人いることを現していた。


「フーの奴、また窓口をサボったな? これだから、デブリ課なんて呼ばれるんだ。お待ちの方――どうぞ」

 

 僕は、慌てて女性を呼んだ。


「大変お待たせして申し訳ございません。担当者が席を外してまして」

 

 僕が謝罪と言い訳を述べると、窓口までやって来た女性は大きく手と頭を振った。


「いえ、私こそ、お昼過ぎのお忙しい時間にごめんなさい」

 

 何一つ落ち度のないはずの女性は、困ったように言って所在無さ気に視線を逸らした。


「それでは腰を下ろしてください。本日は求職のご相談ですか? それとも、すでにご希望の求職票などをお持ちですか?」

 

 僕が椅子に腰を掛けるように勧めると、女性はおずおずと起こしを下ろした。


「えーっと、その、あの――」

 

 女性は言葉を詰まらせ、そもそも自分が何の目的でこの場所に来たのかも分かっていないような調子で頭を悩ませていた。


「スペース・ハローワークへは初めてですか?」

「えっ? はっ、はい。初めてなんですけど、本館の職員の方に、こちらの方に担当してもらうように言われて、それで――――」

 

 女性は顔を真っ赤にした。


「なるほど。それでは、お手数ですが、こちらの情報端末に求職者情報の入力をお願いできるでしょうか? もちろん、答えられる箇所だけで結構です。あと本人確認のため、お使いのiリンクを情報端末にかざしてください」

「はい。わかりました」

 

 パッド式の情報端末を受け取った女性は、覚束ない手つきで自身の情報を端末に打ち込んで行った。それを待っている間、僕はこの課には珍しい地球人の求職者をそれとなく観察した。

 

 雑に染められた栗色の髪の毛に、濃い化粧。目元には大袈裟なアイラインと付け睫毛があしらわれており、頬紅は熟れた桃のようだった。顔立ち自体は幼く、齢は僕とそれほど離れていないだろうと思った。服装は白いミニスカートタイプのワンピースで、やたらと膨らんだ胸元が強調されている。それはもう、たわわに実った二つのメロンのように。後は安物っぽい装飾品が、女性の胸元や腕などを彩っていた。

 

 正直な感想を述べてしまえば、些かス「ペース・ハローワーク」には似つかわしくないというか、求職に来たとは思えない感じの求職者だった。


「スペース・ハローワーク」は、求職者に対して必ずしもフォーマルな服装を求めているわけではないが、大抵の求職者はスーツやジャケットなどを着用している為、この女性の服装はかなり目立つというか、かなり異彩を放っていた。


 オールド・エイジ的な表現を用いれば「ギャル」と言った感じ。これからカラオケやクラブに繰り出すのよ、と言われても納得してしまう雰囲気だ。


「あ、あの、入力が終わりました」

 

 そう言って、女性は情報端末を差しだした。


「ありがとうございます」

 

 僕は何となく嫌な予感がしながら、受け取った情報端末を眺める。そして、打ち込まれた簡単な情報と、求職者のiリンクから受信した個人情報を確認した。



 フラウ・ミソラ。

 女性。

 二十歳。

 出身、現住所、共に新宿スラム。

 学歴なし。

 職歴なし。



 やはりというか、思ったよりもひどい経歴で――僕は思わず何と言葉を発すればいいのか分からなくなってしまった。しかし、何より僕を絶句させたのは、目の前の求職者――フラウ・ミソラの希望職種だった。


 僕は選択された希望職種をまじまじと眺め、12桁の職種分類コードを何度も確認してから、もう一度求職者、フラウ・ミソラに視線を戻した。


「あの、ご希望の職種は、本当にこちらでよろしいんですか?」

 

 僕が尋ねると、フラウ・ミソラは信じられないくらい顔を赤くして、言葉も発さずにコクリと頷いた。見た目とは裏腹に恥ずかしがり屋というか、初心うぶな女性のようだった。


「わかりました。それではご希望の職種に関して、少しばかり質問をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

 フラウ・ミソラは、再び言葉を発さずにコクリと頷いた。


「ええっと、まず、ミソラさんは現在希望している職種で、実際に働かれた経験はございますか?」

「はっ、はい」

 

 僅かな沈黙の後、今にも消えてしまいそうな返事が返ってきた。


「それでは、こういった職業に抵抗や偏見などはないということですね?」

「はい」

「以前、働かれていた時は、どのような場所で、どれくらいの期間働かれていたんですか?」

「ええっと、あの、その――」

 

 フラウ・ミソラは今にも泣きそうな顔で言葉を詰まらせた。


「話しづらいことでしたら、無理に話そうとしなくても結構ですよ」

 

 僕は、慌てて言った。

 なんだか、自分がひどくろくでもない人間になった気分だった。


「いえ、そういう訳じゃないんですけど、あの、ちゃんとしたお店で働いていたと言う訳じゃないので、なんて説明したらいいのか分からなくて」

 

 その言葉だけで十分だった。

 つまりは非合法の店舗、または組織――あるいは個人でそういった仕事をこなしていたということだろう。


 僕は、これ以上の質問は野暮であり、目の前の女性にただ恥をかかせるだけだと思った。


「これ以上は結構です。お仕事を案内させていただく上で、必要なことはだいたい分りました。それでは、ここからは詳しくお仕事のご案内させていただきます」

 

 僕は緊張を隠しながらそう言い、フラウ・ミソラが希望するこの職種についての、宇宙での情報や勤務、雇用体系や平均給与などの説明を始めた。


 最後に、幾つかの会社や店舗を紹介し、求職者個人でも求人情報を検索できる庁舎内の検索端末の使い方や、「スペース・ハローワーク」をわざわざ訪れなくてもネットで手軽に求人情報を検索できるホームページの存在を教えて、初回の面談を終了した。


「あー、疲れたー。まさか、こんなことになるんて」

 

 僕は、背に汗をかくぐらいどっと疲れていた。そして、緊張を吐きだすように大きな溜息を吐いた。


「それにしても、あんな子がこんな仕事を希望するなんて。いや、すでに仕事をこなして来ているんだよな?」

 

 僕は思わずそう呟いた後、首を横に振った。

 こんな仕事なんて――そんな言い方は失礼過ぎるし、職業に貴賤はないんだと、自分に言い聞かせた。


 そして、僕は情報端末に表示されたままのフラウ・ミソラの個人情報を眺め、その希望職種をもう一度見つめた。12桁の職種分類コードの後には、僕とフラウ・ミソラが最後までハッキリと口にはしなかった職種名が、まだしっかりと表示されている。

 

 

 ――性風俗産業。

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