背中を押されて


―――


 その日の夕方、帰ってきて一時間もしない内に意外な人物が訪ねてきた。


「紗緒里!」

「ちょっと話があるの。外でいい?」

「う、うん……」

 いつもと違う紗緒里の様子に少々ビクビクしながら、後を追って外に出た。


「聞いたでしょ?篤から。あたし達が別れたって。」

 近くの公園に着くなり、振り返りもせずに言った。

「うん……」

「単刀直入に聞くわ。亜希、あなた篤の事好きでしょ?」

「え!?な…何で?違うよ!そんな訳ないじゃん!俺ら男同士だし、それに……」

 急に確信を突かれて慌てて否定する。すると紗緒里はこっちを見てくすりと笑った。


「その反応。やっぱりね。」

「や、やっぱりって?」

「気づかないとでも思ってたの?あなたがいつも篤を見てた事。まぁ、完全にそうだと気づいたのは最近だけど。」

「確かに見てたかも知れないけど、でもそれは親友としてだよ。好きだからって訳じゃない。それに俺が篤を好きだっていう証拠は?ないでしょ?」

「証拠?ないわよ、そんなもの。」

 あっさりそう言う紗緒里に拍子抜けした。完全にバレた訳じゃなかったんだ。


「ない?じゃあ何でそういう風に思ったの?」

「勘よ、勘。女の勘って当たるのよ。」

「はぁ……」

 間の抜けた返事をする。


「でもそれだけでもないんだなぁ。」

「え?」

「同じ瞳をしてたの。あたし達。」

「同じ?」

「そう。恋してる瞳。一生懸命篤の姿を追ってたり、ちょっと会話しただけで嬉しくなってたりしてる亜希を見てたら、あたしと同じだって思って。」

「…………」

 紗緒里の話を聞いている内に、彼女になら言ってもいいかも知れないって思った。いや、彼女には言わなくてはいけない。


「……気持ち悪いとか思わないの?」

「え、何が?」

「だって男が男を好きだなんて……」

「うーん……最初は正直そう思ったよ。けどね、男が男を好きになるっていうのは、そんなに変じゃないと思うようになった。好きになった人がたまたま自分と同じだったってだけじゃない。結ばれるのが男と女のカップルだけって決まってる訳でもない。だから頑張ってみなよ。あたしはキッパリ諦めるから。」

「…え?でも……」

「いいって事よ!じゃあね。」

「あ……」

 声をかける間もなく去っていく。その時彼女が人知れず涙を流したのを見た気がした……



 紗緒里がどんな思いで俺の背中を押してくれたのか、それは計り知れない事だけど。

 彼女が言った、『男が男を好きになる事は変な事じゃない』っていう言葉で救われた。何も間違った事をしてないって認めてくれる人がいる。それが大きな支えになった。

 人を好きになるという純粋な気持ちは男だとか女だとかを越えるものであると今気づいた。


 紗緒里の気持ちを無駄にしない為にも、俺は俺の中にある想いを伝えたい。

 それが例え、男の友情を壊す事になるとしても。


 篤が好き。大好き。


 この言葉を心を込めて届けたい。



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