#2

本作品は、拙作「GUN-KNIGHTS - ガンナイツ -」の続編に当たる作品です


そのため「GUN-KNIGHTS - ガンナイツ -」を読んでいただけると、より物語を深く楽しんでいただけます


【GUN-KNIGHTS - ガンナイツ -】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885327616


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 教会での生活サイクルは、まったくもってド健全だった。


 朝は日の出と共に起床。

 その後、近所の農場に子供達と出掛け、牛の乳しぼりやニワトリの卵の回収、家畜小屋の清掃をこなす。

 それから、朝の祈祷が行われ、シスターや年長組の子供達と共に朝食の準備。

 それが済んだら、子供達はシスターの授業を受けるのだが、その間、俺…ロウは市場への買い出しや洗濯、掃除などの家事に従事する。

 昼食は皆で一緒に食べ、午後からも農作業の手伝い。

 一部の年長者は、町で印刷や配達の作業にも赴く。

 夕方、午後の授業が始まると、俺はまた一人家事をこなしつつ、教会の畑の手入れを行い、夕食の準備に備える。


 以上のように、実に規則正しい生活サイクルである。

 もっとも、こちとら体が資本の健全労働者だ。

 この程度ではへこたれはしない。


 …すいません嘘をつきました勘弁してください(早口)


 予想を上回る規則的なスケジュールに、思わず殉教しそうである。 

 とはいえ「任せろ」などと大口を叩いてしまった上に、子供達が泣き言一つ言わない中で、俺だけが挫折するわけにはいかない。

 なので、疲れた身体を引きずりつつ、今日もこうして買い出しにいそしむ俺だった。


「次は雑貨屋のハンスさんのところに寄ります。固形燃料や授業で使う皆のノートを買い足さなくては」


 シスター・ローザが買い物リストを見ながらそう告げる。

 今日は、農作業で大掛かりな収穫作業があるため、午後の授業は休講となった。

 なので、シスターもこうして買い出しに同行してくれた。

 彼女の隣を並んで歩きながら、俺は溜息を押し殺して、それに頷いた。


「アイアイ、マム」


「…大丈夫ですか?随分お疲れのようですけれど…」


 心配そうに俺を見るシスター。

 頭巾ウィンブルから覗くウェーブの入った黒髪。

 白い肌に肉感的な紅い唇。

 そして、修道女服の上からでも分かる、実にけしからんわがままボディ。

 道行く男共が、羨望と嫉妬の眼差しを俺に向けてくるのもむべなるかな。

 そんな無垢なる男殺しであるシスターに、俺は両手いっぱいの荷物を持ち直しつつ答えた。


「ダイジョーブ、大丈夫。慣れない生活で、ちぃっとばかし疲れているだけさ」


「すみません…やっぱり、きついですよね…?」


 申し訳なさそうに頭を下げるシスター。

 俺は笑って言った。


「止せよ。こういうのは慣れっこだし、何より、雇えって自分から売り込んだんだ。あんたが気にすることじゃないさ」


 すると、シスターは微笑した。


「有り難うございます…でも、これまで男の方がいなかったので、ロウさんが来てくれて、皆、本当に助かっているんですよ」


 実際、彼女の言う通り、教会には男手が必要な作業が山積みになっていた。

 特に施設の補修においては、それが顕著だ。

 雨漏りやドアの修繕に始まり、礼拝堂の天井の掃除や家畜小屋のフェンスの修繕、etc、etc…

 女子供だけではこなせない肉体労働が盛りだくさんだった。

 そこでの俺の奮闘振りは、別の物語に仕上がりそうなくらいである。

 

「そう言っていただけるなら光栄だよ。どうだい、雇った甲斐はあったろ?」


「ええ。改めて、この巡りあわせをもたらしてくれたことを、主に感謝いたしますわ」


 後光が差さんばかりの天使の笑顔でそう切り返され、俺は苦笑するしかなかった。

 最初は、得体の知れない流れ者の俺に、どことなく警戒感を持っていたようだが、品行方正な俺の働きぶりに、彼女もだいぶ気を許してくれたようだ。

 まあ、こっちとしても食いっぱぐれがないし、変に警戒感を持たれたまま労働するのも辛い。

 苦労に見合った成果は、出ていると考えよう。

 そうこうしていると、雑貨屋に着いた。

 小さな町によくある、食品から日用品まで、多様な品物を扱う個人店だ。


「こんにちは、ハンスさん」


 ドアベルを鳴らしながら、シスターが店内にそう声を掛けると、店の奥で煙草を吸いながら新聞を読んでいた店主らしき爺さんが顔を上げた。


「よう、シスター。いらっしゃい。今日も別嬪べっぴんだね」


 しわくちゃで、小柄な爺さんが、シスターを見て、さらにしわくちゃになって笑う。

 憧れのマドンナを前にした少年のように笑う老人は、ひと目で人の良さが伝わってきた。

 シスターもそれに笑い返す。


「ありがとうございます。ハンスさんも、お元気そうですね」


「はは、まだまだあんたに見送ってもらうわけにはいかないからな…ん?」


 と、連れ立って入ってきた俺を見て、爺さんは笑みを引っ込めた。


「…こいつは?」


 あからさまに不審げに俺を見る爺さん。

 ま、無理もない。

 こうした小さいコミュニティでは、入り込んできたよそ者が、実は町を狙う強盗団の斥候せっこうだったなんて話はざらにある。

 従って、俺のような人間は、どこに行っても良い目で見られないのが常だ。

 それを知らないシスターは、無邪気に答えた。


「こちらはロウさん。少し前から、教会で住み込みのお手伝いをしていただいています」


「どうも」


 軽く頭を下げる俺に、爺さんは小さな声で呟く。


「…そうか。が」


 意味ありげな視線を俺に向ける爺さん。

 それはお世辞にも歓迎の色がこもったものではなかった。

 むしろ、敵意に近い色がある。

 それを察し、無言になる俺とは対照的に、シスターは笑顔のまま尋ねた。


「ところで、ハンスさん。今日は、照明用の固形燃料を買わせていただきたいのですが」


 そんなシスターの問いに、爺さんは読んでいた新聞を立てて、顔を隠した。


「悪いが売り切れだ」


「えっ」


 うって変わった爺さんの冷たい態度に、シスターは驚いたように再び尋ねた。


「で、でも、そこの棚にあるんじゃ…」


 シスターの視線を追うと、確かに固形燃料の箱がいくつか並んでいる。

 だが、爺さんは固い声で言った。


「そいつは、その…何だ…売約済みでね。悪いな、シスター」


 どことなく、歯切れの悪い爺さんの言葉に、唖然となるシスター。

 俺はその肩に手を置いて言った。


「行こう」


「で、でも…」


「いいから。


 その言葉に、新聞の影から、爺さんが驚いたように片目を覗かせた。

 そして、俺に向けて、蚊の鳴くような声で謝罪した。


「…すまん、若いの…儂も家族がいるんでな」


「言うなよ、爺さん。


「すまん…」


 重ねてそう言う老人をドアで遮り、店を後にしてから俺は溜息を吐いた。


「ロウさん、一体どういうことですか!?」


 納得できない表情のシスターに、俺は周囲をはばかって小声で答えた。


「…覚えてるだろ?例の誘拐事件ことを。たぶん、その黒幕の仕業だろう」


 シスターの顔がみるみる青ざめる。

 俺は固い声のまま続けた。


「現状、教会に悪意を持ってる奴は限られてる。たぶん、間違いねぇ。差し詰め、あんたや俺をはじめ、教会の人間に関わらないよう、手を回してこの町の連中を脅してるんだろうさ」


「そ、そんな…」


 項垂うなだれるシスターに、俺は告げた。


「汚ねぇやり口だが、効果はある。もう、この町じゃあ、まともに買い物はできねぇだろう」


 外套マントのフードを被りながら、俺は舌打ちした。

 シスターが不安そうに聞いてくる。


「では、この先一体どうしたら…」


「忘れるな、こういう時のために俺がいる」


「ロウさん…」


「今からなら馬を飛ばせば、日暮れまでに隣町に着く。当座の買い出しは、それで何とかなる。大丈夫、ちょいと手間が増えるだけさ」


 シスターに笑い掛けてから、俺は雲が増え始めた空を見上げた。

 

「けど…嫌な雲行きだぜ」


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 それから数日後の夜。


「それー!突撃ー!」


 号令と共に、子供達がボロボロの枕を構え、俺目掛けて突貫してくる。

 それを、同じく枕で迎え撃つ俺。


小癪こしゃくな!返り討ちだ、小童こわっぱどもめぇ!」


 干し草が敷き詰めて作った簡易なベッド。

 それに、ところどころ縫い合わせた薄っぺらいシーツをかぶせただけの寝床で、俺は毛布をマント代わりに悪者っぽく仮装して、哄笑した。


「この地獄の使い、魔銃騎士ガンナイトに勝てると思うなよぉ!」


「きゃあ、こわーい♪」


「恐れんな、皆でかかれば勝てんぞ!行け行けー!」


「バーカーめー、皆殺しじゃあー!」


「これでもくらえー!」


「こっちこっち!」


「まだまだ!ほーれ、捕まえちまうぞぉ!」


 飛来する枕をかわしつつ、数人の子供を捕まえて、くすぐり倒す。

 それを助けようと、必死になる子供達が、俺を数人がかりで押し倒した。


「ぐああああ!参った!降参、降参だ!」


 ベッドに倒れ伏す俺を見て、ケラケラ笑う子供達。

 ここ数日、就寝前にこんな攻防が幾度となく繰り返される。

 正直、日中の作業でヘトヘトではあるが、子供達にせがまれれば、相手をせざるを得ない。


「あははは、ロウ兄ちゃん、よわーい!」


魔銃騎士ガンナイトって、昔、戦争で大活躍した人達だよね?地獄の使いってホントー!?」


 無邪気に笑う子供達に、俺は苦笑した。


「ああ、ホントだぞ?泣く子も黙る、戦場の悪魔って言われてたんだってよ」


 俺がおどろおどろしい表情でそう言うと、何人かの子供達がきゃあきゃあ騒ぎ出す。

 しかし、一人が自信満々で胸を張って言った。


「でも、悪魔なら、僕達には勝てないね!」


「ねー!僕達にはシスターがいるし、神様も守ってくれてるからね!」


 満面の笑みで頷きあう子供達。

 その無邪気な笑顔に、俺も自然と笑みを浮かべる。


「みんな、シスターのこと、好きなんだな」


「「「「「うん!」」」」」


 図らずしも、全員が一斉に頷く。

 女手一つで、これだけの子供達を育てているんだ。

 そんな彼女が、慕われないはずがない。

 我ながら、下手な質問をしたもんだ。

 内心、苦笑する俺に、一人の女の子が尋ねた。


「ロウ兄ちゃんは?」


「あん?」


「ロウ兄ちゃんは、シスターのこと、好き?」


 予想もしなかった質問返しに、目をパチクリする俺。

 その沈黙を、変な風に肯定ととったのか、悪ガキ共が騒ぎ出した。


「あー!好きなんだ!ロウ兄ちゃんも、シスターのこと好きなんだ!」


「おいおい」


「そういえば、この前、シスターのお風呂を覗こうとしてたろー!」


「ば、バカ!ありゃあ、運悪く着替え中に出くわしちまっただけだ!」


「ロウ兄ちゃんのエッチ―」


「変態ー!覗き魔ー!強姦魔―!」


 待て…そのフレーズには、少し思うところがあるぞ。


「ああもう、早く寝ろ!明日も早いんだからな。寝坊した奴ぁ、お仕置きだぞ?」


「そう言って、いつも寝坊してんの、ロウ兄ちゃんじゃん」


「兄ちゃんこそ、早く寝なよー?」


 うるせぇ。

 でも、本当のことだけに、ぐうの音もねぇ。


「分かった、分かった。ホレ、明かり消すぞー」


 俺は子供達が全員ベッドに潜り込むのを見届けると、室内のランプに手を伸ばした。

 と、一人の年長の子が身を起こす。


「ねぇ、ロウ兄ちゃん」

 

「ん?何だ?しょんべんか?」


「違うよ。ロウ兄ちゃんさ、…?


 その子の真剣な表情に、俺は口をつぐんだ。

 見れば、他の子供達も、その目にすがるような期待を浮かべて、俺の方を見ていた。

 質問してきた子は、少し俯いて続けた。


「兄ちゃんが来てから、シスター、とても明るくなったんだ。前は、夜中に一人で泣いていたのを見たけど、それもなくなったみたいだし」


「…」


「シスターは、俺達にそんな姿を見せないよう、一人で頑張ってくれてるんだ。だけど、子供の俺達じゃシスターの力になってあげられない。でも、兄ちゃんなら…」


「探し物がある」


 俺はその子の台詞を遮り、視線を逸らすことなく、そう告げた。

 それを聞いた子供達の目から、期待の色が消えていく。

 この子達も、辺境に生きる身だ。

 だから、知っている。


 旅人はいつか去る。

 だから、想いは預けない。

 預けてはいけない。


「急ぐ旅じゃないが、のんびりもしてられない」


「…」


「安心しろ。もうしばらくは厄介になるさ。じゃあな、お休み」


 何となく、顔を見られたく無かった。

 だから、そう告げてから、俺は世界を闇の中に落とした。 

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