四章12:孤児、カンパナリアの約束 Ⅰ

 最近の日本では、人が死んだ時に騒ぐのは不謹慎だと言うが、どうやらこの世界は違うらしい。死者を弔う為に……飲む。悲しみを悲しみで終わらせない為に……笑う。先に逝く仲間たちが、後ろを振り向いて不安に苛まれないように……笑顔で、送り出す。失ったものはもう戻って来ないのだから、泣くよりも笑ったほうがいいというのは――、なるほど確かに、理にかなっている。


「いいんですか、グスタフさん? 孫娘さんに会わなくて?」

「構わんよ……死者は死者、思い出の中でだけ生きておればいいんじゃ」


「そんな事いって、後悔したって知りませんよ」

「ふん! 騎士に二言は無いわ……まあ名残惜しく無いと言えば嘘になるがの……」


 南方軍宿営地。周囲の安全、負傷者の収容を終えたそこは、即席の宴会場と化していた。メールベルの村、南方軍、中央軍、それに冒険者たちを加えた犠牲者数は数百人に及び、これはその葬送も兼ねていた。


 孫娘エミリィを野戦病院に届けたグスタフだったが、それきり周囲に箝口令を敷き、自らは隠れるように去ってしまった。それから程なくしてエミリィは目を覚ましたというが、ゾルド准将らとの口裏合わせで、全ては幻だったという事で話がついている。――誰もグスタフとは会っていないし、会話も交わしていない、と。


 グスタフ曰く、本来であれば自分は死んだ身で、そんな自分が孫娘の前に立てば、世の理が崩れるからだという。なるほどそうか、確かにな、と……クロノは思う。一度死んだ筈の人間が堂々と闊歩するというのは、その結果だけ見ればオカルトやら降霊術、死霊術の類と取られてもおかしくはない。――今後は少し、気をつけたほうがいいかもしれない。


 広場を見れば第三十二代勇者候補生、ローエングリン・アガートラムが、リーナクラフトに酒を飲まされている。あの酒豪につきあわされるのだから、ローエングリンの悲惨も推して知るべしと目を瞑りつつ、クロノはさらに祭りの輪から離れていく。


 祭りが苦手という訳でもないが、こちらに来て最初の祝いの席で、二日酔いに襲われた経緯がある。――とはいえ、そのおかげで出会えた人物もいるのだから、いちがいに悪とは言えないが。


「こんなお祭りの夜でしたね、マスター」

「そうだったな……僕は酔っ払って、それでノゥを……」


「ふふ……最近は殆どこの姿で、ござるなんて使わなくなってしまいましたが」

「仕方がないさ。たまには本当のノゥも見てみたいけど」


「じゃ、ここで脱いじゃおうで……ござるか?」

「ばか……人に見られたらどうするんだ?」


 と、最近どんどんと挑発的になるノーフェイスを、クロノは慌てて制する。だいたいこんなところをララにでも見られた日には……




「見てますよー。見てるよー。はー、なにイチャついてんの? どっこにもいないって思ってたら二人して!!!」


「ララ???」

「あらララさん……どうかしましたか?」


 ……見られていた。だいたい、スネドリーとやらの襲撃すら見通しているノーフェイスが、ララごときの追跡に気づかない筈がない。こいつどうやらわざと見せつけたなと内心で憤慨するも、時は既に遅い。


「ふんっ! 別にいいわよ! クロノが一人じゃ寂しいだろうって思ってジュース持ってきただけだから! もういい、ムーちゃんにあげる!!!」


 ぷんすかと去っていくララ。面倒だなと眉間に指を当てるクロノに「行かなくてよろしいのですか?」と、ノーフェイスが分かりきった笑みを浮かべる。まったく、来たばかりはもっと陰キャだった気がするのだが、いつの間にこんな小悪魔系に変貌してしまったのか……ともあれララを放置する訳にも行かず、クロノはそのあとを追うことにする。 




「待て、待てよララ!」

「はー? なにクロノ? ノゥちゃんとイチャついてればいーじゃん! バカ!」


「あれは誤解だ……そもそもあいつと会ったのがこういう祭りの日だったから……」

「あーそうだね! あたしと出会ったのは何の変哲もない昼下がりの路地裏だったもんね! ごめんね!! まったくこれっぽっちもエモくなくて!」


 うう、取り付く島もない……これだから現実の女ってのは面倒なんだ……理屈ってのがまるで通じない。たまに理屈をぶつけてくる時も、だいたいは感情に上乗せされたおまけみたいなもんだ。厄介だ……クロノにはこういう時の対処法がまるで分からない。


「ふふ……かわいらしいですわね。そんなに躍起になってしまうと、いろいろなものがバレてしまいますわよ」


 と、暗闇から姿を現すフェリシア。幾分か酒を嗜んだのか、頬はうっすらと上気している。いやこの人、こうして見ると普通に人間の女の人だな……それもとびきり美人な。


「むっ! なによバレるって……うう……分かってるけど……あたしだってそういう風に背伸びした時あるし……でも、心に理屈が追いつかない時だってあるじゃん!」


「ふふ……可愛そうなお嬢さん。おいでなさい。本当のお姉さんが優しく包んであげますわ」

「うう……やけ酒付き合ってよ……」


 そしてフェリシアは、こちらに目配せするとララを連れてテントに向かっていった。いやなんというか……この取り合わせは少々危うい気もするが、さしあたって助かった。助かったと思った瞬間にどっと疲れが押し寄せてきたクロノは、気がつけばもう完全に野営地の外に出てしまっていた。――するとそこには、空を見上げ佇む、白フード姿の少女がいた。




「カンパナリアはひとりぼっちになってしまった……」

 

 昼間、クロノが絶唱石で召喚した、ムームー・カンパナリアだ。そういえば彼女は、宴席の始まった時から姿を見なかった。


「カンパナリアか……」

「団長さんも、他のみんなも、みんな死んでしまいました……ムームーはどうすればいいでしょう……カンパナリアは、ひとりぼっちです……」

 

 ムームー・カンパナリア。プロフィールによれば孤児だったところを現団長、ハーミッド・ヘテロクロイツに拾われたらしい。以来ずっと一つの団を拠り所としてきた彼女にとって、もはやミッドグラッドは家のようなものだったろう。


「もしかすると……だ。万分の一の確率かも知れないけれど、カンパナリアが団長と会えることもあるかもしれない」


「それは本当ですか……? またみんなと一緒に、暮らせるのですか……?」


 それはいっときの出まかせにも等しかった。或いはただの願いそのものだったかもしれない。だが、可能性は確かに、ゼロではないのだ。


「ああ。僕は異界に干渉する召喚術を嗜んでいる。君を呼び出せたのもその為だ。この術を駆使さえしていれば、いつか君の団長を召喚する事も可能だろう」


 ……だろう、か。そのあやふやに辟易としつつも、クロノは嘯いてカンパナリアに告げる。


「そう……なのですね……で、ではがんばります。わたし、一生懸命がんばりますから……その、団長を……ハーミッド団長を……みんなを、きっと……!」


 ――約束、してしまった。これで引き下がる事はできないだろう。クロノはカンパナリアの望みを背負い、これからのガチャに臨まねばならないのだ。……遠くでは宴の声が未だなお響き、空には満点の星が瞬いている。にも関わらず、クロノは、自分の胸に何か重苦しいものが伸し掛かってくるように思えた。

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