四章06:籠絡、スネドリーの策謀

「グゴオオオオオオオッ!!!!」

「ククッ……クハハハハハッ! 終わりだ……虫けら共。さあ行けベヒーモス! 蟻を躙る巨象の如く、雑兵共を踏み散らせ!!!」


 かくて、轟音と共に唸りを上げるベヒーモスの群れ。一体目はスネドリーの背後、平原を破り――、次いでそこかしこから、山全体が叫び震え――、あちこちで黒い影が姿を現す。


「ベヒー……モスッ!!!」

「くそっ……軍内部に内通者がいたとは……」


 いまいましげに唇を噛むゾルド准将。しかし悔やんだとしても時既に遅い。問題は一体どれだけのベヒーモスが野に放たれ、どこへ向かって進もうとしているかだ。


「ララッ!!! ドラゴンを出せっ!!! 空から目視でいい! ベヒーモスの数を!」

「分かったっ!! おいで! アステリオ!!!」


 寸時、ドラゴンを喚び飛翔するララ。高度数十メートルともなれば、十分に辺り一帯を睥睨できる。


「1……2……4……6体だよクロノッ!!! 全部駐屯地の側からだ……! 中継所側の谷からは2体!」

「わかったッ! ララ、お前には一番遠くのベヒーモスを頼めるか? 恐らく、追いつけるのはお前だけだ!」

「おっけー! 行ってくる!」


 まずは1体、移動力に分があるララを使って、遠方の部隊を援護する。1体でも人里に逃したら大惨事だ。幸いに駐屯所側という情報があるので、それを中心に移動先を決める。


「リーナ! お前は中継所の援護に向かえ! ベヒーモス2体、余裕だろ?」

「フフン、ボクを誰だと思ってるのさ! まっかせて! なんなら他の連中もぶっ潰して来るから!」


 ベヒーモスが2体同時発生した中継所は、問答無用でリーナクラフトだ。彼女の力ならば、恐らく苦もなくベヒーモスを屠れるだろう。――これで3体。あとは残る3体をどう振り分けるかだ。


「ゾルド准将、1体なら麓まで引きつけられると言ってましたね?」

「ああ! 仕留められるかは別だが、時間は稼げる」


「ならその1体だけ、南方軍に委ねます! 時間さえ稼いで貰えれば、我々が始末できるでしょう」

「できるのか?」


「できるし――、やります」

「わかった――恩に着る」


 部下を集める為、ゾルド准将も踵を返す。これで残るベヒーモスは2体。眼前の1体と、隣接する駐屯所の1体だ。


「ノゥ! こっちに!」

「はっ、マスター」


 去り際にスネドリーへの一撃を加えたノーフェイスは、息を一つも切らす事なく戻ってきた。馬上では既に、クロノとフェリシアが待っている。


「クソッ……用意したダミー10体全部がやられて……そのうえ俺自身も傷を負うだと……覚えていろ人間の女! 次に会う時は必ずや息の根うぉっ?!」


 またしても会話の途中、ノーフェイスの投げたクナイを足に受けたスネドリーは、呻きながら姿を消した。今は、あいつにかかずらっている暇はない。


「行ってきますグスタフさん! あっちを片付けたら、すぐに!」

「案ずるな。たかが巨獣の一頭二頭に、恐れをなす地獄の壁ではないわ!」


 互いに敬礼を向けあい、別れるクロノとグスタフ。残されたグスタフは、槍を抜いてベヒーモスの前に立ちふさがる。


「よくも儂の墓を台無しにしてくれたのう……この落とし前は高くつくぞい……む、どうしたエミリィ」

「おじいちゃん……なんだよね? なにがなんだかぜんぜんわかんないけど、私も戦うよ! 皆の仇を取らなきゃ……それから、おじいちゃんのお墓の!」


「そうじゃな……まったく、誰に似たのやら。まさか村を出て冒険者になっているとはの……ま、逃げろといっても逃げぬであろう我が孫娘、しからば共に」

「ええ、あの化物をぶっ倒しましょう!!!」


 向かい合うは二本の槍と、一頭の巨獣。地を震わせる嘶きに僅かだが気圧されるものの、グスタフとエミリィの気概は消える事がない。そして、ゆえに。


「……戦うのは儂一人で十分じゃ」

「えっ?」


 刹那、エミリィの脇腹を襲う鈍痛。膝をつき意識を失う彼女に向けて、老兵は静かに笑った。


「エミリィ、おおきくなったのう」


 ドサリと倒れるエミリィ、その姿を見届けたグスタフは、晴れ晴れとした表情で槍を構える。


(エミリィ、お主も相当に腕を磨いたようじゃが……この獣、人の身には余りある怪物にて。すまぬのう)




 ――ベヒーモス。

 ドラゴンに並ぶ災厄と称されるそれは、四足の状態で背丈が木々を超える巨躯である。武器も砲弾も寄せ付けない強靭な身体は、勇者と呼ばれる存在に寄ってのみ両断され得るという。グスタフ自身もかつて若かりし頃、軍の総力で以てこれに当たった事があるが、死傷者の数はひとたびの戦争に匹敵するほどであった。


「人の身ならいざ知れず、されどこの身なれば幾らかは戦えよう」


 孫娘、エミリィから距離をとったグスタフは、こうして単騎、ベヒーモスとの決闘に挑んだ。

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