二章10:修行、アンデッドの討伐

 とまあノリで宿を飛び出したはいいが……いかんせん、夜の街は人気もなく、それが墓所ともなればなおさらだ。まさかリアルで自分が夜勤をするハメになるなんてとウンザリするクロノだが、ソシャゲの周回と思えばなに、これまで何度も通ってきた道のりである。


 たとえば人気ソシャゲの一角にある「ドラブル!」などは、対人イベにおいて恐るべく忍耐を要求してくる。ガチのゲーマーともなればトイレに行く時間すら無駄と切り捨て、イベントのある前日から水分の摂取を控え始め、当日はPCの前に利尿作用の少ない栄養補助食品を置いてしのぎ切る始末だ。……え? それでも便意を催したらどうするかって? 優秀なスナイパーはその場で垂れ流す。そして日本にはオムツがある。あとは言わずもがなだルーキー諸君。


 そんな地獄を垣間見てきたクロノからすれば、夜間外出でモンスターを狩るなど朝飯前。少々の肌寒さは感じるものの、傍らには暗殺のプロ、ノーフェイスがいる。何も恐れる事はない。


「マスター、あれにござろうか?」


 夜目の効くノーフェイスは、暗がりの中でも的確に敵の位置を理解している。一方のクロノはというとてんでだが、桶は桶屋、戦闘は英霊にである。クロノは指示された安全地帯に陣取り、打って出るノーフェイスを見守るだけだ。


 ――闇に煌めく刃。そして何者かが倒れる音。

 蝶のように舞い、蜂のように刺すとはいうが、要は当たらなければどうという事はないの論理だ。動きの鈍いアンデッドではノーフェイスに触れること能わず、逆にノーフェイスの一閃は確実にアンデッドの急所を突く。


 首、或いは心臓。いくら不死とはいえ、そこを削られればアンデッドもデッドエンド。安らかにレストインピース。かくてノーダメージのままスマホの通知は鳴り響き、そこそこのドロップ素材と共に、ノーフェイスのレベルは10に至った。


(レベルそのものはリーナクラフトと並んだけど、やっぱりステータスの差にだいぶ開きがあるなあ)


 星5で強くてニューゲームなリーナクラフトが100だとすると、頑張ったノーフェイスがやっと20。この差はレベリングで埋めるほかないと覚悟を決め、クロノは眼前を見据え腕を組む。




 深夜二時。草木も眠る丑三つ時に、ようやっと墓所のアンデッドも眠りについた。――長く深い、永遠の眠りに。そして帰ってきたノーフェイスに、クロノは精一杯の労いの言葉をかける。


「お疲れ様ノーフェイス。頑張ったね、もうレベル18だ」


 ロストヒライスの仕組みがどうなっているかは分からない。というのも、ソシャゲによっては、低レアリティでも育成次第で高レアリティも凌げるゲームもあるし、逆にレアリティの差がそのままに歴然たる力の差、というゲームもある。ステータス画面を見た限りでは、18/30とあるから、星3のノーフェイスの場合、レベル30でカンストという事になるのだろう。そしてそこから先の限界突破やらなにやらでどう変わるのかは、残念ながら試してみる以外にない。


「御言葉、感謝にござる。少しでもマスターのお役に立てればと思う所ではござるが……」


 と、こうして殊勝なノーフェイスを見るにつけ、やっぱりかわいいという感情は出てきてしまう。可能な事なら末永く一戦で使いたいが……こればかりはゲームの仕様次第だからなんとも言えない。ホシノクロノは、一人の男である以前にゲーマーなのだ。


「十分だよ。すごいよノーフェイス。ギルドの任務、もう一個片付けちゃったよ。アンデッド38体。上々な成果だ」


 定番では、アンデッドにはヒーラーなり聖職者、といった所だが、バイオなハザードから脱出するゲームでも、対ゾンビにナイフというコンバット? は存在し得る。高機能でハイブリッドなヴァンパイアだとかなら話は変わるのだろうが、下級ゾンビが相手なら、ノーフェイスのような暗殺職でも十分に相手になるらしい。


「はっ。お褒めに預かり光栄にござる。マスターは息災にござるか? もう丑三つ時にござれば……」 


 まあ問題はそこなのだ。部屋に籠もってのソシャゲの耐久と、実際に身体を動かしての徹夜とでは疲労の度合いが違う。毎日、地道に、コツコツと、の度合いが強いソシャゲにあっては、一日無理して一日寝込み、その一日のデイリーミッションを取りこぼすほうが遥かに痛い。


「ん、じゃあそろそろ帰ろうか。明日はギルドに出向かなきゃだし。ちょっとだけ眠ろう。付き合ってくれてありがとう」


 お陰様でムラムラもスッキリ解消……したのがこの身体(ステラ・クロウ)のせいかはまるで分からないが、さしあたっていい具合に疲れたのは確かだ。明け方までぐっすりと眠れる事だろう。――それにしても、男のアバターなら勃つって事は、女の子のアバターなら生理が来たりするんだろうか……? 


 まあ、逆の性別に変われば症状が消えると分かった今、さして思い悩む所ではないのだろうが。とまれ、体調管理は十全にという事だろう。


「はっ、拙者も早く強くなって、リーナ様に負けないよう頑張りたいでござる」




 と、再び影に戻ったノーフェイスを連れ宿へ戻る道中。誰もいない筈の広場で黙々と剣を振る人影が見えた。


「あれ……ララ?」


 見ればララミレイユ(素)である。こんな夜更けにタンクトップ一枚で木刀を振る彼女は、もう既に汗まみれだ。


「あれっ? マスター? マスターもこんな夜中に?」


「ララも? 素振り?」


 ポニーテールの赤髪を揺らし、ララミレイユは恥ずかしそうに笑う。その姿が昼間の店先とは余りに違って、それはそれでとても愛おしいもののようにクロノには思えた。


「いやあ……あたし一人だけ全然戦力外だし、ちょっとでも穴を埋めようと思ってさ……とりあえずリーナに剣の握り方を教えてもらって、こうして試してたんだ」


 おおその心意気やよし。ステータス画面でも、微妙にではあるがレベルの上昇が見て取れる。しかし星1のララミレイユの、上限レベルは僅か10。このままではあっという間にカンストを迎え、どうにかしないと成長自体が止まってしまう。


「うう……なんてやる気……行こうララ。修行の第二ラウンドに……」


 ゲーマーの端くれとして、ララミレイユの姿に心を打たれたクロノは、自らの疲労も忘れて次なる依頼書を探し始める。墓所を制圧した今、行けそうなのはどこだろう。……下水道のスライム退治、この辺りが鉄板なような気がしないでもないが、果たしてララミレイユにスライムが倒せるのか……


(ごめん、何かあったら頼むよ)

(おまかせあれ、マスター)


 クロノは影に潜むノーフェイスにそっと囁き、終わらない夜の第二幕にステージを進めた。 

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