二章07:店員、ララミレイユの活躍 Ⅰ
紙袋を両手に抱えて店を出るクロノは、それからしばらくしてスマホが鳴った事に気づいた。
(あれ、戦ってもいないから、レベルが上がる筈もないんだけど)
ああ、こういう時スマホは不便だ。両手が塞がっていては取る事も出来ないし、だからオタクはリュックを好む。リュックが満載になる事はそうないし、それでも両手に何かを持つとすれば、それは大抵イベントの帰り道だとかだ。まあクロノはというと、そんな状況が嫌だから、仮にソシャゲ関連のイベントがあったとしても、宅配で送るか、通販で買うかのどちらかしかしていない訳だが。
「ごめんノーフェイス、ちょっとこれ持ってて」
「はっ」
仕方なく路地裏に入ったクロノは、現れでたノーフェイスに紙袋を渡し、スマホの内容をチェックする。――果たしてそこにはガチャ項目に更新があった旨の通知が示されている。
(おかしいな? 絶唱石も手に入ってない筈だけど?)
ともあれソシャゲは、何を差し置いてもガチャである。もしかすると期間限定ガチャや、UR確定ガチャ、キャラPUガチャ、一日一回無料ガチャ、なんちゃらフェス、みたいなのがやっていないとも限らない。そうしてはやる気持ちを押さえながら開くクロノの眼下に「FP召喚」という項目が現れる。
――FP(フレンドポイント)召喚。
ゲーム内のフレンドへの挨拶、またはサポート出張等々で少しずつ貯まるそれは、無料でガチャを引ける、初心者の序盤を支える兵站でもある。出てくるのは大概がノーマルやレアで、大当たりでもハイレア(☆3)クラスだから、さして期待のできたものではないが、絶唱石の入手方法も分からない今、たとえフレンドポイントとはいえ、逃すわけにはいかない。
(フレンドポイント200、どうやら一回分のガチャが引けるという事らしいが……)
案の定、絶唱石と比べると米ドルとジンバブエ・ドル並に桁が違う。本来なら10連分貯まるまで我慢するところではあるのだが、手持ちが二人しかいない現状、どういうガチャか試す程度の冒険心は必要だろう。もしかすると人ではなく装備品やアイテムが出てくる可能性もある。万が一今日買った品物と被るなんて事があれば、その分の出費は無駄になってしまう。
(そもそも何で貯まったのかすら判然としないが、まあ回すしかないだろうな……)
タイミングとしては、ルルミレイユの店を出た直後に通知が来た。という事は――、飽くまでも推測だが。ソシャゲにおけるフレンドという概念がないこの世界において、FPはこの世界の住人とコミュニケーションを図る事で入手出来得るものなのではないか。あるいは、現地で通貨を支払った対価として得られる特典ポイントのような何か。まあこの辺りは今後試していくにしても、フレンドポイントという名称通りであれば、やはり前者のほうが確率は高いと思われる。
(やっぱり絶唱石の召喚に比べると、演出が地味だなあ)
「むむっ、マスター。なんでござるかこの光は!?」
絶唱石による召喚に慣れたクロノと、召喚自体が初めてのノーフェイス。人気のない路地裏で、それでもさして目立たぬ程の発光であるからして、絶唱石の召喚とは比べるべくもない。まあそこは論より証拠だ。実際になにがしかを出してから説明するほうが早かろう。
「――アパレルブーケランドにようこそ! わたしがララミレイユ。ぜひともお気に入りの一着を見つけていってくださいね!」
聞き慣れた――というか、ついさっき聞いたばかりの声に、さしものクロノもびくりと身体を震わせる。
「ララ……ミレイユ……おねえ……さん?」
「あれ、あなた……さっきの……」
いやいや待て。こういうのって歴史上の英霊とか、要するに死んだ人間を呼ぶものじゃあないのか? この世界で存命中の人物まで召喚してしまうとなると、今後いささか以上に面倒臭いぞ??? 隣であんぐり口を開けるノーフェイスと同じく、クロノも困惑を隠せないでいた。
「えっと……ララミレイユさん……どうしてここに」
「それはわたしが聞きたいんだけど……」
これはまずい。このままでは世にいうドッペルゲンガー、それもマジもののマジなので、万が一本人同士、或いは家族親戚知り合いその他に見つかったが最後、とんでもないトラブルに発展する事は目に見えている。……いや待て、それともあのお店にいたララミレイユが、こっちに飛んできただけという説もとり得るか。
「ちょ、ちょっと待っててくださいねララミレイユさん。ちょっとお店を見てきますから……」
幸いに
(現実にもいる……って事はやっぱりドッペルゲンガーだ……)
確かにソシャゲは、本来のRPGでは成しえない時系列を形成する。たとえば序盤にラスボス級のキャラを引いてしまい、そのままゲームクリアまでラスボスと共に旅をするというケース。あるいは敵陣に乗り込んで、シナリオパートでは主人公たちが気勢をあげているのに、いざバトルが始まるとこちら側にも敵勢力が名を連ねている。――だけれどそこには誰もツッコミを入れることなく、粛々とストーリーは進んでいく。まあそんな展開はありふれている。
(だが、かといって――、だ)
まさか現実にそれが行われると、こんなにも違和感を感じるハメになるとは。しかもノーフェイスと違い、ララミレイユはあまりにも目立ち過ぎる。キメキメの化粧にファッション。こんな美女が町中を歩いていれば、どう頑張っても噂になるのは目に見えている。
「ど、どうしましょうララミレイユさん……まだあっちにララミレイユさんが……」
路地裏に戻り説明……にもならない説明を呻くクロノに、う〜んと腕組みしてララミレイユは考え込む。どうやら何かしらの腹案があるようでは……ある。
「まずはこれをこうして……と」
言うや履いていたヒールを脱ぎ捨てるルルミレイユ。あれ、なんか思ったより小さいのかな……瞬く間に身長がクロノとさして変わらなくなった。
「次はこれ……」
ブラウスのボタンを外し、中に手を突っ込むルルミレイユ。おっとここから先は未成年の目に毒だぜとあわあわするクロノの眼前に、ボフッと音がしてパットめいた何かが落ちる。――む、胸もそんなに大きくないぞ……
「んー、ちょっと待っててね」
最後にたったったと駆け、井戸水でバシャバシャ顔を洗ってきたルルミレイユは、もうさっきのお姉さんではまるっきりなくなっていた。
「え……ど、どなたですか」
閉口するクロノ。これはもうノーフェイスの変装レベルじゃないか。今目の前にいるのは、一重まぶたでそばかすのある、明らかに垢抜けない小柄で貧乳な少女が一人だ。あれ……二十代のお姉さんはどこに……
「やっだなー。あたしが本当のララミレイユ! いやー、やっぱりすっぴんは楽だわー」
……そうか化粧。化けると書いて化粧。確かにララミレイユの素は、化粧映えする整った顔だちである事は確かだが。人気YouTuberにも、ビフォーアフターまるきり違う子が、いたりいなかったり、する。しかし、それが異世界でもとは……
「ま、間違いなくララミレイユさんなんですね……よろしく……」
いやクロノとしては、このルルミレイユもかわいいとは思う。田舎のコンビニ前にいそうな、目つきの悪い貧乳ヤンキー。でもだいたいこういう子に限って純情だというのは創作物の中ではお約束だ。――現実ではどうか知らんが。
「実をいうと疲れてたんだよね〜! なんていうの、あーいうお姉さん演じちゃう生活にさ。まー大丈夫、素のあたしを見てafterの「わたし」に辿り着けるのは、せいぜい本人くらいのものだから」
ははー、そういう意味での冒険者。まあ本人がいいっていうのなら、あったかも知れない第二の生という事でアリではあるのだろう。こうしてひょんな事から、ララミレイユ(素体)が一行に加わったのだった。――いやあ、女って怖いね……
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