序章02:国王、ゲオルギウスの驚嘆

 その者は余りにも頼りなげな、ただ小柄な少年だった。死した筈の勇者を連れ歩く詐欺師、ペテン師の類いとして叛逆はんぎゃく疑義ぎぎありと王の間に呼び出された彼は、アレイスター・クロウリーとだけ名乗った。


「少年よ、お前はなぜここに呼ばれたのか、その罪状が分かるかね?」

「――分かりません。正確に申し上げれば、罪状どころか、この世界のほぼ全てが」


 困惑したようにかぶりを振る少年は、やせ細り、およそ寂れた農村の庶子よりも貧弱に見えた。しかして身に纏う衣装は、貴族とも王族とも、騎士とも商人とも異なる奇異なるモノ。或いは魔術師という噂は本当なのかも知れない。


「それは君が引き連れていた少女――、いや、彼だな、失敬。――似非えせ勇者の存在だよ。なにせ彼は既に死んでいる・・・・・・・・・。死んだ者を、それも男であった筈の勇者を少女と標榜し連れ回すなど、庶民の間にあらぬ風聞を巻き起こすに十分な悪行であろう」


 少女と言い掛けてゲオルギウスは訂正する。アレは、既に死した第十六代勇者候補生の一人、リーナクラフト・アーメンガードは、公には少年で通していたが、その実は少女であった。言ってみれば国家機密そのものをつまびらかにせんとするアレイスターの行為は、こと魔族という脅威を目の前にした現王国にあっては、深刻な妨害活動として断罪されるのもやむを得ない。かくて賢明な君主、ゲオルギウス三世は裁可を下した。


 アレイスターとリーナクラフトの姿が最初に目撃されたのは一月前。最初はよくある道化の一団と断じていた行政府ではあったが、徐々に示される秘蹟、伝え聞く偉業に重い腰をあげ、王国に益あればこれを召し上げ、害とあらば容赦なく処断するとの結論に至った。


 なにせ今や王国は――、アルマブレッサ神聖王国は、迫りくる魔族の群れを前に、確固たる対策も講じれぬまま敗退を続けていたからだ。始めは遠く海の向こうの四方山話よもやまばなしと、救援を要請する書簡に応じ、しぶしぶ送り出したのが勇者の一行。


 ある程度は武芸に優れ、さりとて平穏な王国に息苦しさを感じている若き野心家。友邦の救援を名目に彼方此方あちこちと旅をさせれば、彼らの熱も幾らかは冷めるだろうし、相手方への礼節も保てる。100Gとかいう国家予算からすれば鼻クソ程度の駄賃で、意識の高い暑苦しい連中を追い払えるのだから、これは旧態依然とした保守派たちにとっても喜ばしい施策だった。


 だが北の地より溢れ出た魔族の大群は、アルマブレッサの日和見を他所に着実に人界に侵食を続け、ゲオルギウス三世の父、ボートフリート一世が他界する頃には、全世界の三分の一を掌握するまでに至っていた。


 かくなる窮地を前にようやっと目を覚ましたアルマブレッサは、本格的な魔王討伐に向け、大々的な勇者の公募に踏み切る。技術の粋を結集した最新鋭の装備、約束された地位、潤沢な予算に釣られ、武を志す者、名誉を求める者、それら全てが諸手を挙げ王都へと押し寄せた。――リーナクラフト・アーメンガードもその一人だった。


 だからゲオルギウス三世は覚えている。あれこそは真なる勇者と目されたリーナクラフトの凛々しい姿と、訪れた凄惨な最期を。


 眉間に手をあてて俯くゲオルギウス三世。いま現在、警備上の理由で別室に隔離されているリーナクラフトの姿を、のぞき穴から見たゲオルギウス三世は、まさしくそれが、在りし日の彼女であると半ば確信していた。


 だから恐れと同時に、幾ばくかの期待もしている。もし眼前の少年が本当に魔術師で、或いはリーナクラフトを蘇らせてくれるのならば、と。そして魔王討伐の一助になり得るのなら、と。


 あの日リーナクラフトを王都から見送った若き日のゲオルギウスは、これこそが真の恋であったと遅まきながらに悔やんだ。その後悔を拭い去れるというのであれば、魔術だろうが錬金術だろうが、なんだって縋ろうという覚悟はある。――だがしかし、大うそつきのペテンであるなら、その時は容赦しない。


 そう見定めるゲオルギウス三世の前で、少年はおもむろに手を挙げると、何かしらをぶつぶつと呟きだす。警備兵が、親衛隊が、宮廷魔術師が、緊張した面持ちで身構えるのが分かる。


 刹那、少年の周囲に円陣が出現。それらは幾重にも弧を描き、光を放ちながら周囲を覆う。その放出は、魔術師として最低限の才覚しかないゲオルギウスにも、はっきりと分かる程に強大なものだった。


「ぬおっ!!」


 強固な魔法障壁に守られていると知りながら、それでも本能的に顔を覆う。そしてゲオルギウスが目を閉じた僅か数秒の間に、目の前に立つ人間の数は、幾倍にも膨れ上がっていた。


 どよめく宮廷。舞う風、放出される莫大なエネルギー。少年の周囲に現れた影は6つ、彼らはそれぞれが跪き、さながら少年が主であるかのように頭を垂れている。


「な、何事だ……!?」


 風が止み、沈黙が支配する空間でゲオルギウス三世は口を開く。障壁なしには気圧されそうなプレッシャーを感じながら、さりとて退かぬのは王としてのせめてもの挟持であった。


「ガチャ……ええっと、ガルガンチュア・インヴォケーション。これが僕の能力です」


 少年はそう言った。えっとなんだ、ガルガンチュア……なに? 聞き慣れない言葉を前に、ゲオルギウスは前傾姿勢で反芻はんすうを試みる。


「ガルガンチュア、インヴォケーションです。端的に、ガチャとだけ及び頂ければ」


 少年いわく、それは一種の召喚術インヴォケーションらしい。絶唱石ぜっしょうせきと呼ばれる石を媒介に、その数に応じた何者かを呼び寄せる秘術。少年――、アレイスターが流浪の末たどり着いたこの地で、記憶を失いながらも召喚に成功した一人目が、誰あらぬリーナクラフト・アーメンガードその人だったという訳だ。


「……ガルガンチュア、すなわち巨人を喚ぶ秘術という訳か。――ときにアレイスターとやら、ならば先に呼ばれたリーナクラフトは、実物、本物で相違ないのだな?」


 ゲオルギウスにとって重要なのはその一点だった。リーナクラフトが本物であるのなら、秘め続けた十数年の想いがようやっと結実し得る。


「はい。召喚される人物、これをガルガンチュアと仮称しますが――、彼、或いは彼女たちは、生前の、あるいは生きている記憶をそのままに有しています。ガルガンチュアは僕が生きている限り老いる事はなく――、まあその点のみ、現存する人間とは概念が異なるといった所でしょうか」


 どうやら全盛期の姿で呼び出されたリーナクラフトは、この少年が生きている限りにおいて、老いる事はないのだという。――素晴らしい。その一点だけをとってみても、真贋しんがんを抜きにこの力には頼るべき理由がある。


「ならばこれにより、人類側の増強を図る事も可能な訳だな?」


 しかして内心を悟られる訳にもいかない。ゲオルギウスは飽くまでも戦略的な意義に焦点を絞り問う。


「そう考えていいかと。ただしガチャ自体はまったくの運の産物。一騎当千の古強者が現れる場合もあれば、ただの兵卒や、召喚獣、武具、魔導書の類いを引き当てる場合もあります」


「だがただの兵卒とは言え、成人し即戦力になる存在が現れるのならそれだけで言祝ことほぐべきだろう。……ときに、今回のガチャはどうであったのか」


 そもそも兵卒とてタダで湧いてくる訳ではない。赤子として生まれ、然るべく教育を受け、苦しい鍛錬を経てのようやっと一般兵だ。それですら実戦経験を積まねば戦場での役には立たず、ここに至るまでのコストを鑑みれば、召喚術の一回でそれが済むなら十分すぎる費用対効果コスパだろう。


「かしこまりました陛下。ではガルガンチュア自身に、それぞれ自己紹介を任せます。さあ」


 少年が顎で示すのを合図に、ひざまずいた騎士たちは面をあげ、順に立ち上がり紹介を始める。――あれ、あの顔、この顔、どっかで見たような気がしないでもないのだが。




帝国軍四将軍ドゥーチェスが一人、黒鉄くろがねのアイゼンタール。主命により参じた。我が身と我が剣は、その全てを人類世界の平穏の御為にこそ尽くす所存。宜しく頼む」


 鉄仮面に身を包んだ、重騎士そのものと言った外貌。黒鉄のアイゼンタールといえば、魔族との同盟に調印を結び、人間世界に反旗を翻した帝国の筆頭騎士だ。その剛力はすでに人智の域を脱しているとされ、彼の率いる鉄騎隊と相対し生き延びた騎士団は、これまでに絶無だという。


籠絡ろうらくのスネドリー。雑兵共が……せいぜい弾除けになってくれよ」


 ――籠絡ろうらくのスネドリー。元はさる共和国に雇われた傭兵であったが、アイゼンタールと同じく人の世を捨てた反逆者。冷徹な策士として名を馳せており、彼が魔王軍の要職についてからは、人類側の抵抗はさらに厳しいものとなった。


蠱惑こわくのジャンブリーズ。あら、こちらのお客様方、ぜんぶ頂いてしまってよろしいのかしら?」


 ――蠱惑こわくのジャンブリーズ。妖艶な美女、或いは全てを喰らい尽くしてしまいそうな……人間界に見切りをつけ魔王軍に付いた稀代の天才魔術師は、文字通りその赫奕かくやくたる異端を示し、異界から大量の召喚獣を喚び出して戦場を阿鼻叫喚の渦に巻き込んだ。


「戦慄のギャシュリークラム。あーあ、残念で貧相な蟻さんの群れ。アタシ一人で十分なんじゃないかな、これ」


 ――戦慄せんりつのギャシュリークラム。魔王の娘でありながら、自身も前線で鎌を振るう無敗の戦士。彼女の眼前に築かれた屍の山は一国の領土にすら迫ると囁かれ、これまでに犠牲となった二十六人の勇者たちもその中に含まれている。人間とは根本を異にする紫色の肌。白と黒の逆転した不気味な瞳に見つめられたが最後、人という種は微動だにすら出来ず命を狩られるのを待つだけだろう。




 ――いや待て。待ってくれこれは。冷静に分析をした上で、ゲオルギウスはいまさら慄く。こいつら全員、アルマブレッサの敵じゃねえか。は? 詰んだのでは? こんな魔法障壁、なにもせんでも消し飛ばせる連中ばかりじゃねえか!?


 だってそうだろう。少年とゲオルギウスの距離は、僅か数十歩。ギャシュリークラムの大鎌なら、僅か一振りで届き得る。


百計ひゃっけいのドギアライド以下略」


 あ、こいつ魔王軍の技術顧問だ。


「不滅のオクトレッド以下略」


 はー、死霊軍総司令官。


「総てを喰らいし者、終焉のアザナエル」


 お、魔王。


 魔王???????!!!!!!!

 

 絶望的な面子が次々に面を上げるなか、最期にうずくまった影がゆっくりと身体を起こす。というか姿すら知ってる人いねえからわかんねえど、アザナエルって魔王の名前じゃないですかね。いやていうか、もう見た目からして魔王!!って感じムンムンですけど。


 人の数倍はあろう巨躯から放たれる、禍々しいオーラ。竜骨めいたマスクを被り、外套の下には彫刻のように隆々とした筋肉の隆起が見て取れる。いやあ、まさか魔王様じきじきにお出ましになられるとは……どうやらこの国も終わりですなあ。


 賢君ゲオルギウスの王としての挟持は、この瞬間完全に消し飛んだ。そして不意に股間がじょわっと熱くなったのを最期に、彼の意識は白く途絶えた。

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