第一章⑥ ふたつの孤独

 翌朝、ベブルとフィナは、霊峰ルメルトスの麓の町、ラトルに向かって歩き出した。といっても、歩く速さはベブルのほうがフィナよりも圧倒的に速いため、フィナは大犬型の魔獣ディリムに乗っている。


 そのふたりに、何故かゼスがついて来ている。


「どうしてついて来るんだ」


 ベブルが、ゼスに訊いた。


「俺はラトルに向かってるんだ。まあ、同じ方向に行くんだったら、仲良くしようじゃないか」


「誰が」


 ベブルはそっけなかった。仕方がないので、ゼスはフィナに話を振った。


「なあ、嬢ちゃん」


「何で」


 フィナはもっとそっけなかった。


 ゼスはベブルに大戦斧を壊されたため、別の武器を腰に下げている。大ノコギリだ。


 広がる荒野。周囲では魔獣が一行を狙っているだろう。しかし、フィナが単独でノール・ノルザニに来たときとは違って、今度は男ふたり、女ひとりの旅だ。そんなに迂闊に襲い掛かってくる魔獣はいない。



 ときどき、迷い魔獣に出くわしては、適当にあしらって倒した。


「いやあ、この三人組、本当に強いよな」


 ゼスが魔獣を倒したあとに、嬉しそうに言った。だいたい戦闘開始からまばたき四回。それだけで、すべての魔獣はこの世から去っていた。


「強いのは俺だ」


 ベブルがあっさりと言った。


「まったく、つれないな」


 ゼスは溜息をついた。



 夜になると、フィナは風の魔法で木の葉を集め、炎の魔法で焚き火をつくった。


 ゼスは感心する。


「へえ、魔法って便利なんだな。俺は、いつも手で木の葉や小枝を集めて、火打ち石で火を起こしてたけどな」


「俺が旅をするときはいつも、焚き火なんかいらなかったがな」


 ベブルが言った。彼は夜目が効くのだ。



「何の用?」


 フィナが、何の脈絡もなく、ゼスに訊いた。


「え? な、何が?」


「ついて来るのは」


「あ、ああ……そうか……」


 一瞬驚いて、そう言って唾を飲み込んでから、ゼスは話し出した。


「先日、フィナちゃんと退治したという使い魔の話、あれに関して面白い情報をつかんだんだ。というか、使い魔をよこしてきた魔女についてなんだけど」


「あの女について、何か知っているのか?」


 話に割り込んできたのは、勿論ベブルだった。


「ああ、少しは」


 ゼスが答えた。


「少しというのは?」


 フィナが訊いた。彼女たち三人は、焚き火を囲んで座っている。周囲への見張りは、魔獣ディリムに任せている。


「どうやらその魔女、未来から来たらしいんだ」


 ゼスが答えて言った。すぐに、ベブルが笑い出した。


「はっは! なんだそりゃ、笑えるじゃねえか!」


「俺も、頭から信じているわけじゃない。俺は本業木こり、副業警固団の情報屋だが、特に奴の情報を専門に集めているわけじゃない。だから、確かなことはわからないが、得た情報を元に考えると、こうなったわけだ」


 ゼスはそう言って、鞄からリンゴを出すとそれに齧りついた。それが、彼なりの携帯食のありかたなのだろう。


「しかし……」


 フィナが言い出した。ベブルもゼスも、彼女のほうを見た。


「納得がいく」


「何がだ」


 訊いたのはベブルだった。


「時間が、改変されていること」


「はぁ!?」


 フィナの答えは、ベブルやゼスには全く以って意味不明なものだった。


「それは……わたしにしか感じられないこと」


 彼女はそう答えて、いつもの表情のままで押し黙った。



 次の朝もはやくから、一行はラトルへと向かった。昼頃になって、またもや一行の前に魔獣が立ちはだかった。


「ったくよ、俺が腹減った時間になって、どうして出てくるかな、このクソ虫共は!」


 ベブルの機嫌は悪かった。彼が言った通り、昼前なので、彼のおなかの中は空っぽなのだった。

「い、いや、しかし、その魔獣は騎士竜だぞ! それに、空中には地獄の風船がいる! なんだ!? こいつらはここに生息する魔獣じゃないぞ!」


 ゼスは取り乱していた。それほど、この魔獣たちは強いのだろう。


「『紅涙の魔女』の奴がどこかにいるのかもな」



「“空の魔法ヴィニスフィニア”!!!」


 いきなり、ディリムに乗っているフィナは、魔獣に先制攻撃を仕掛けた。おかげで、天空魔法により、騎士竜は即死した。


「何ッ!? フィナ嬢ちゃん、めちゃめちゃ強いじゃないか!」


 ゼスは驚きの声をあげた。


 ベブルは自分の体重の六倍はあろうかという騎士竜の死体を持ち上げ、空中に浮遊している地獄の風船に狙いを定めた。


 地獄の風船は闇の魔法ケラノスラネイアを唱え、ベブルを闇の空間に包み込んだ。しかし、ベブルは無傷だった。彼は、フィナが昨日層評価したように、魔法に対する耐性が非常に高いようだ。


 ベブルは騎士竜の死骸をヘルバルーンに向かって投げた。


「そら!」


 地獄の風船は見事に騎士竜の下敷きになり、絶命した。


「す、すげえ!」


 ゼスはさきほどから感嘆の声しか出せない。このふたり――ベブルとフィナ――、尋常ならざるまでに強い!



 ベブルは何も言わずに歩き出し、フィナは魔獣ディリムに騎乗したまま駆けだした。気がつくと、ひとり取り残されているゼスがいた。彼は慌てて、ふたりの後を追った。


 その日の夜も野宿だった。ラトルには、明日の昼頃には到着するだろう。行程三日というのは、大人の男の足で測った所要時間のようだ。


 彼ら三人は焚き火を囲んで座っている。焼いて食べる携帯食なども、ここで焼いている。


「ところで、何でお前がついてきてんだ」


 ベブルが、ゼスにストレートに訊いた。


「いやいや、そんなにきついことを言わなくても。なあ、嬢ちゃん」


 ゼスは、フィナに振った。


「何が」


 フィナは彼と目を合せすらしなかった。


 それから、ベブルがこれ以上ないくらいに率直に言う。 


「お前はあの『紅涙の魔女』の情報を俺に言いに来たんだろうが。もう言い終わったんだろ? もう用なしだろうが」


「そう」


 フィナも、ベブルの意見に同意した。


「ひでえ……なんつー冷たさだ」


 ゼスの心はズタボロだった。特に、フィナからの攻撃が酷かった。どう見ても筋肉のある闘志メラメラのボクサーからボディブローを食らうのと、どう見ても可憐な女の子から前者以上に強烈なアッパーを食らうのとでは、どちらが痛いかわかろうというものだ。彼は心に両方を受けていた。


「まあ、旅は道づれ、世は情けというじゃないか」


 ゼスは、苦し紛れに、苦笑いしながら言った。だが、ベブルは即答する。


「聞いたことがないな」


「ほら、あんたら、『紅涙の魔女』とやらに命を狙われてるんだろう? 俺がいたら一緒に戦えるじゃないか。ふたりより、三人のほうがあの魔女に立ち向かえるって」


 ゼスは、更に思いついて、自分自身をフォローした。それを、ベブルとフィナがふたりして打ち砕く。


「別に」


「俺ひとりで十分すぎる」


 ゼスには、ベブルとフィナは強固でとてつもなく高く聳える壁のように見えた。そして、彼はこう言う。


「なんか、おふたりさん、気が合ってないか……?」


「ない」


「ねえよ。俺はルメルトスの庵に着いて、魔導書を頂いたらおさらばだ。そうすりゃこのクソ女ともお別れだ」


 どうやら、ベブルとフィナとは、心の内では、フィナがベブルを魔法を使って強制的に連れ帰ろうとしたあのとき、ベブルがフィナを怒りに任せて叩き殺そうとしたあのとき、と同じようであった。それを裏づけするかのごとく、彼らふたりのふれあいというのはまったくないのだった。


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