(14) ゴースト作家の条件

 

 レン太が、何人かの小説家の名を挙げた。半分以上は知らない作家だったが、びっくりするような大物作家もいた。

 

「すごいな! 斗原俊二にも読んでもらったのか。たしか彼、芥川賞獲ってるよな」

 

「あぁ。もちろん彼がいちばん添削料が高かった」

 

 なるほど、有名になると、そういった影の仕事なんかも入ってくるのか。おいしい仕事だよな、素人作品をちょこちょこっと添削して。窮乏しているぼくは心底うらやましかった。

 

「いくらだったんだ、添削料?」

 

 ぼくは好奇心を抑えられずに聞いたが、レン太は、

 

「それをぺらぺらしゃべってしまうほど、ワタクシはお人好しではない」

 

 あの食事のときに浮かべた薄笑いで、はぐらかした。

 

「もっとも、大物は彼だけにしたよ。どうも大物になればなるほど、いわゆる『お客様』には本音を語らなくなるみたいで、無難な言葉しか出てこなかったからな」

 

 それはレン太の言うとおりだと思った。サイン会やイベントなどでも、大物はあたらずさわらずの対応を取る。

 

「それに大物じゃあゴーストの依頼なんてできないしな」

 

「他の、ぼくが知らない作家たちにはゴーストライターの依頼をしてみたのか?」

 

「いや、していない」

 

「どうして?」

 

「条件が意外とむずかしいからな。ワタクシの求めているのは1冊だけのゴーストではない。何冊にもわたってだ。そうすると、まず機密保持が重要となる。アカの他人では性格が分からない。それと、あまり仕事を抱えた忙しい作家では困る。いい作品はどうしたって自分の方で使いたいだろうし、うっかりワタクシに提供した作品と類似した箇所があったりしたら大変だ。他にもまだあるが、いくつか条件が合わないと、頼めないのだ」

 

 それでぼくのところなのか、と思った。しかし気分はよくない。ようは、扱いやすい人間で、そして売れてないヒマな作家だと言われているようなものだからだ。

 

「ぼくなら受けると思ったのか?」

 

「条件さえ合えば、受ける可能性はあると思った」

 

「条件?  札束で顔をひっぱたけばってことか?」

 

 ぼくの睨みつける視線を、レン太は薄笑いではぐらかした。

 

「まぁそう怒らないでくれ。それに先生は、実際カネに困っているのだろう。添削の仕事を引き受けたいって態度がありありだったじゃないか」

 

 心のウチを読まれて、ぼくは驚いた。

 

「それに……」

 

 レン太が続ける。

 

「できれば住み込みでやってもらいたい。そうすればワタクシもすぐ読んで、修正の指示も迅速にできるからな。その点、青海川先生はうってつけだった。親元を離れた一人暮らしだし、彼女もいないし友達も少ない。行方を眩ませても、怪しまれないからな」

 

「う……」

 

 そのとおりで、返答の言葉が出てこなかった。

 

「もう一点ある。ワタクシとは同級生で古くからの付き合いだ。新鋭女流作家でも住まわせれば面倒なことになるかもしれないが、青海川先生なら大丈夫だ。それが大きいかな。そこでどうだろう。この家でリラックスしながら、まぁ1作だけ書いてみては。そしてそれを読ませてくれ。先生が許可しなければ、絶対にゴースト作品で使わないと約束する」

 

 そう言って、レン太はグラスを手に取って口元に持っていった。

 

 

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