(7) 約束

 

「今、なんだって書くって言ったな!?」

 

 レン太のニヤつきを見て、ぼくは相手の策に嵌ったのではないかと焦った。

 

「いや、それは……」

 

 口ごもるぼくを見ながら、レン太はスッと目を細めた。不気味な表情だ。そのレン太がごつい男の一人に視線を送り、あごをしゃくった。

 

 ぼくはそちらに目を向けた。レン太の指示に、その黒スーツが、手にしていたiPhoneを無表情でぼくにかざした。

 

「なんだと! 書けんのかよ、だと!」

 

 黒スーツのiPhoneからぼくの声が流れた。先ほどのやりとりを録音していたのだ。

 

「レン太お前、何を頼みたいのか知らないが、なんだって書いてやるから言ってみろ!!」

 

 その小さな機械から、ぼくの高揚した声が流れた。

 

 けだるい日差しが洒落た模様の曇りガラスを通して降りそそぐ、壮麗な一室。そのなかに、男が4人。1人は薄く笑い、2人は押し黙り、そして残りの1人、ぼくは眉間にしわを寄せ、笑う男を見つめていた。

 

「そんなに怖い顔をしないでくださいよ、作家センセイ。まぁ、こうやって約束したことも証拠として残っていることだし、書いてもらいましょうかね」

 

 薄気味悪い展開に戸惑ってはいるが、でもぼくは内心ホッとしていた。どうやら臓器売買ではないらしい。なにを書かされるのかは皆目見当がつかないけど、書きものであれば命の心配はしないで済む。

 

「それでは、どういった書きもののお願いか、詳しくはぼくの書斎で話そうか」

 

「書斎なんてあるのか。うらやましいな」

 

 ぼくは、少しでも相手のペースに抗うように、皮肉な口調で言った。

 

「あぁ。寝室はまた別にあるから、書斎だな」

 

 レン太はぼくの言葉になんの動揺も見せず、振り向いた。

 

「ついてきてくれ」

 

 ぼくはでも、椅子から立ち上がらなかった。ついてこいと言われ、のこのこ後を追う気になれなかったからだ。

 

 ドアのところで振り向いたレン太は、特段イラつきも見せず、再び黒スーツにあごをしゃくった。

 

「レン太お前、何を頼みたいのか知らないが、なんだって書いてやるから言ってみろ!!」

 

 またもやiPhoneから流れる、ぼくの声。

 

「分かった分かった! ついてくよ!! 分かったよ。こうなりゃあんたらの大企業のちょうちん記事だってなんだって書いてやるよ!! なんでも言えってんだ」

 

 ぼくは床を蹴るように立ち上がると、満足そうに笑うレン太に近付いていった。

 

 




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