第5話 ツインテール制服エプロンの美少女がオムライスにハートマーク描いてくれる洋食屋

 住宅街の中にひっそりと佇む小さな洋食屋。

 朝陽の誤解をなんとか解いて辿り着いたそこが、葵の家らしい。よく言えば閑静で隠れ家的な、悪く言えば寂れて繁盛してなさそうな。

 朝陽と広瀬の先導で店の中に入ってみれば、なるほどこれはオシャレで洋食屋っぽい。当然ながら有名チェーン店のような広さはないものの、散りばめられたインテリアや間接照明が、なんかもう見事にオシャレって感じ。オシャレのなんたるかを分かっていない男子高校生の感想で申し訳ない。

 そしてカウンター越しの厨房には、ひとりの女性店員が。朝陽と広瀬を視認して声を掛けてくる。


「あら、いらっしゃい二人とも。朝陽くんは久しぶりね」

「お久しぶりです、おばさん」

「今は見ての通り客もいないから、好きなとこに座ってちょうだい。夜露も呼んでくるわね」


 手近なテーブル席に座れば、朝陽がおばさんと呼んだその人は店の奥へと消えていった。


「今の、葵のお母さん?」

「そ、めっちゃ若いっしょ」

「なんでお前が得意げなんだ……いやたしかに若く見えるけどさ」

「しかも結構似てるしな。性格はだいぶ違うけど」


 などと会話していると、店の奥からタタタッと軽やかな足音が聞こえてきた。そちらに視線を向ければ、制服の上からエプロンをした葵が。母親と並んでるところを見ると、たしかによく似ている。

 広瀬がやっほー、と手を挙げて挨拶をすれば、葵は笑顔を咲かせてこちらに駆け寄ってくる。


「いらっしゃいまあぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎⁉︎⁉︎」


 葵夜露、突然の発狂。ダイスの出目が悪かったのかな?

 奇声を上げた葵は広瀬の腕を掴み、二人で再び店の奥へと消えてしまった。いや、なんだったんだ今の。


「どうしたんだあれ……」

「まあ、ほっといたら戻ってくるだろ」


 見慣れているのか、俺の隣に座る朝陽は飄々とした様子でメニューを眺めている。

 しかし、そんなことより。

 やばいな制服エプロン。

 可愛いの暴力やんけ。

 制服エプロンのなにが素晴らしいか。一言では決して表せきれないが、強いて挙げるとするならば背徳感だろう。

 制服という我々学生にとっては日常的なアイテムに、これまた日常的なアイテムであるエプロン。その二つを掛け合わせることでなぜか生まれる、非日常感。

 学校の制服とはすなわち、若さの象徴でもあろう。その学校に在籍していない限り着ることのない服。

 一方で、エプロンを最も身近に感じるのは母親が料理している時ではなかろうか。料理をする人であれば基本的にエプロンはすると思うが、それでも俺たち子供が一番見覚えのあるその姿といえば、母親だろう。

 では、制服姿の同級生に母親の影を重ねているのか? 答えはNOだ。見方を変えなければならない。

 母親とはすなわち、その時点で誰かの妻となっているものでもある。もちろん例外はあるだろうが、この場では除外させてもらおう。

 さて、ここまで言えば、俺がなにを言いたいのかも理解してくれると思う。

 そう、学生結婚という妄想プレイを楽しむことが出来るのだ。

 高校生のうちから籍を入れるという世間一般の倫理から反した行動。しかしそんなもの御構い無しとばかりに、制服姿で料理をする妻。

 世の男が夢見るシチュエーションに相違ない。

 もちろん制服エプロンはビジュアル的にも非常に魅力が溢れている。長いエプロンに隠れるスカート。そのエプロンから伸びる白い生足。後ろから見れば制服も完全に顕となっており、ちょこんと結ばれたリボンは愛らしさを感じられる。

 長々と語ってしまったがつまり要約すると、制服とエプロンはベストマッチなのではやくフルボトルになってくれませんかねってこと。違うか。違うな。


「なあ真矢」

「ん?」

「ヤバイだろ、葵の制服エプロン」


 とりあえず。朝陽とは固い握手を交わした。

 さすがは親友。わかってらっしゃる。てかこいつ、それ目的でここ通ってるわけじゃないだろうな。そんなだったら引くぞ。


「でも、ヤバイのは制服エプロンだけじゃないぜ? もちろん料理も絶品だからな」

「まあ、ここ洋食屋だし。肝心なのは寧ろそっちだろ」

「いやいや、メインディッシュは葵の方だろ」

「言い方。それだとお前が葵を食べちゃうみたいになってるからな。誤解招くぞ」

「たしかにそれはまずい。さすがの俺も嫌われる」


 などと男子高校生らしいバカな会話を繰り広げていると、店の奥から広瀬と葵が戻ってきた。

 広瀬はなぜか疲れきった顔をしていて、席に座るなりテーブルに突っ伏してしまう。豊かなお胸が潰れてしまってますよ。口に出したら殴られそうだな。

 一方の葵は未だ制服エプロンではあったものの、明らかに変わっている点がひとつ。


「なっ……!」

「嘘だろ……!」


 絶句する男二人。それもそのはず。なにせ、再登場した葵の髪型が、ツインテールへと変化していたのだから。


「ご、ご注文は、お決まり、でしょうか……」


 真っ赤な顔を恥ずかしそうに俯かせ、ツインテールを揺らしながら俺たちの席へと注文を聞きにきた。

 ツインテール。それはすなわち、男たちのロマン。

 制服エプロンが理想であれば、しかしツインテールは現実に存在するものだ。主に幼い子供がする髪型ではあるが、葵のような一見クールっぽい美人な子がすれば、そのギャップから繰り出される破壊力は凄まじいことになってしまう。

 制服エプロンにツインテールとかあざとい。あざとすぎる。アザトースかよ。外宇宙の神になっちゃった。SANチェック再び。

 しかし、そのあざとさも所詮、葵の可愛さを倍増させるためのスパイスにしかなりえない。


「ヤバイな真矢」

「ああ、ヤバイ。てかパナイ。尊い」

「な、尊い」


 推しを語る時のオタク並みに語彙力が低下した。対面に座る広瀬の白い目が痛い。

 だが、それだけ葵が可愛いということであり、俺たちはなにも恥ずべきことは言ってていないと弁解したい。


「夜露、このバカ二人は放っておいていいから。あたしと朝陽はいつもの。大神はオムライスね」

「おい、勝手に決めんなよ」

「いいから、騙されたと思ってオムライスにしなさい」

「ウッス……」


 反論することも出来ず、勝手に注文を決められた。葵は結局顔を上げることなく厨房へと引いていき、その背を見送った広瀬が大きくため息をついた。


「ありゃダメだ……」

「てか、なぜにツインテール」

「そりゃあんたに見せるためでしょ。ちょっとくらい褒めてあげなよ」

「はぁ……」


 うん、まあ、そんなことだろうと思ってたけど。褒めるったって、俺が気の利いたことなんて言えないのは広瀬も知ってるだろうに。

 と思っていたら、隣からもため息が。


「朝陽までなんだよ……」

「ダメだなぁ真矢。そんなんじゃお前、葵に愛想尽かされるぜ?」


 朝陽的にはその方がいいのでは?


「いいか、女の子ってのはオシャレした自分を褒めてもらえれば、嬉しくなるもんなんだよ」

「男のお前が言うのか」

「少女漫画なら結構読んでるからな。心は乙女だぜ」

「シンプルにキモいからやめろ」


 んなこと言ったら、毎週日曜の朝から女児向けアニメを観てる俺は立派な幼女になっちまうだろうが。


「まあ、そんなことは置いといて、だ」

「ん?」

「お前と葵って付き合ってないんだろ? なら結局どう言う関係なんだよ?」

「あー……」


 ここに来る道すがら、俺と葵は付き合ってるわけではないと朝陽に説明したが、そのあたりのことは話していなかった。

 俺が勝手に話していいものかどうかも分かりかねたし、話したとして、葵はあまりいい気分にはならないのではなかろうか。


「いや、葵がどう考えてもお前のこと好きなのは見てたら分かるけどよ、お前ら、特に接点なかったろ?」

「そうなんだよなぁ……」


 二年の時は同じクラスだったとは言え、あくまでも友達の友達、的なポジションだった。事務的な会話すらした覚えもない。

 だと言うのに、なぜなのか。それは教室でも考えたが、結局答えが分からなかったものだ。


「凪はなんか知ってんのか?」

「知ってるけど、あたしはなんも言わないよ。親友の秘密をおいそれと漏らすほど軽い口はしてないし」

「だよなぁ……。なら、一目惚れ、とかか? いや、それはないか」

「失礼だなおい」


 たしかにあり得ないけども。爽やかイケメンの朝陽からしたら、俺の顔面なんぞ勝負にならないけれども。


「いや、そうじゃなくて。お前の顔ちゃんと見たことあるやつらの方が少ないだろ」

「あーね。大神、いい加減隠さなくてもよくない? 高3にもなって言ってくるやつらなんかいないって。なんか言われたらあたしと朝陽と夜露でボコるし」


 二人が言っているのは、俺がひたすらに隠し続けている自分の眼のこと。

 高校に上がってからずっと、メガネと前髪で自分の眼が目立たないように振舞ってきた。そこがコンプレックスだから。なんなら、トラウマも抱えてしまっているから。

 たしかに今から思い返せば、あんなのはガキの遊びだとは思うけれど。それで笑って流せるようならコンプレックスにもトラウマにもならない。

 それを二人も理解しているのだろう。それ以上はなにも言わず、話を元に戻した。


「しっかし、あれだな。なんか、ややこしくなってるな」

「なにが」

「俺たちの関係っての? ただの幼馴染が、気づいたらこんなんになってるんだぜ?」


 相変わらず爽やかな苦笑いを見せながら、朝陽があっけらかんと言う。爽やかな苦笑いってなんだ。器用すぎるだろ。


「葵は真矢が好き、俺は葵も真矢も好き。で、凪は俺たちの幼馴染で、葵の親友。なにこれどこの漫画だよ、って感じだな」

「好きとか言うなよ気持ち悪い」

「愛してるぜ真矢!」

「やめろって言ってんだろ!」


 俺と朝陽のカップリングとか誰得なんだ。葵でも引くと思うぞ。

 しかし、こうして笑い話にしてくれるのはありがたい。変に悩むなと言われたばかりではあるが、より一層気が楽になる。

 そんな感じで馬鹿話をしていると、葵がお盆に料理を乗せて運んできた。


「お、おおおお待たせしましたっ!」

「夜露、緊張しすぎ」

「しょ、しょうがないじゃないですか!」


 からからと笑う広瀬に揶揄われながらも、朝陽の前にハンバーグ、広瀬の前にハヤシライスを置き、そして俺の前にはオムライスが置かれる。

 か、そのオムライスには、ケチャップがかかっていなかった。


「ん、これケチャップない感じのやつか?」

「あ、いえ、今かけますね!」


 ツインテールを揺らしながら、カウンター越しに母親からケチャップを受け取る葵。

 こちらに戻ってきた時の顔は、まるで合戦に向かう前の武士のようだ。実際武士がどんな顔して合戦に行くのかは知らんけど。

 グッと胸の前で拳を握り、ついに容器の蓋を開けてケチャップをかける。

 ケチャップかけるだけでなにをそんなに、と思ったが。その答えは、オムライスの上に現れた。


「ご、ぎょゆっきゅりどうじょっ!」


 思いっきり噛みながらも最後に一言残し、葵はキッチンの中へ引っ込んでしまう。

 オムライスの上を呆然と見つめていれば、突然肩を思いっきり掴まれた。朝陽だ。痛いんですけど。


「……今なら羨ましすぎてお前を呪い殺せるかもしれない」

「物騒なこと言わないでくれ……」


 今にも血涙を流しそうな目で言われたら怖いだろ。広瀬は爆笑してるし。


「てか、崩しにくいんですけど……」


 熱くなる頬を誤魔化すために、ケチャップで描かれたハートマークを見て呟いた。


 因みに、葵が作ったらしいオムライスは大変美味しゅうございました。俺も定期的に来たくなるくらいには。

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