第4話:紅と蒼の瞳④

【sideみんちゃす】


「ハァッ!」

紅魔族随一の美女と名高い女性・そけっとが俺の首元を狙って愛用の木刀を薙ぐ。高レベル冒険者によって肉体・木刀ともにガチガチに強化されているであろうこの一撃は、普通に受け止めれば流石の俺も無傷では済まない。

「フッ!」

「なっ!?」

だから俺は利き手とは逆の手で円の軌道を描きそれを受け流す。俺のことをパワーだけが取り柄の脳筋野郎と勘違いする馬鹿が多いが、俺はスピードもテクニックも軽んじた覚えは断じてない。全て揃ってこそ一人前のインファイターだ。

「ッッラァッ!」

得物を受け流され隙ができたそけっとの腹を全力で強打する。そけっとは堪らず苦悶の表情を浮かべ-

「……ふっ…!」

「っ!?」

効くには効いたが倒れない……!この感触、腹部に魔力を集中して耐久力を底上げしてやがる……誘い込まれたか!?

気づいたときにはもう遅い。そけっとは俺に向かって空いている手をかざし-

「トルネード!」

「-グオォッ!?」

咄嗟に後ろに飛んだものの風の上級魔法の威力は生半可ではなく、俺は遥か後方へと吹き飛ばされた。自身を囮に杖無しかつ詠唱破棄の魔法……紅魔族らしくない戦法で裏をかかれたか……っ!

「こなくそぉぉぉっ!!」

吹き飛ばされながらも俺は空中で体勢を立て直し、両足で着地すると同時に両手を地面に叩きつける。着地後2.3メートルほど引きずられたが、大したダメージを喰らわずやり過ごせた。が、

「トドメよ!」

それで攻撃の手を緩めてくれるような甘い相手ではない。次の瞬間には俺の顔面に木刀が迫っていた。恐らく俺が吹き飛ぶのと同時に距離を詰めにかかっていたのだろう。

このタイミングでは避けるのは困難であり、地面に叩きつけたばかりで痺れている両腕では、ガードはとても間に合わない。

まさに絶体絶命の状況。だが…

「ナメてんじゃねぇぇえええ!!!」

俺は即座に上半身を後方に傾け、それに連動するように上がった膝を木刀に当てて弾き飛ばした。この程度のピンチ、俺がしのぎきれねぇとでも-


「えぇ、あなたなら必ず凌いでくると信じていたわ!」

「なん……!?」

間髪入れずに上がった膝を掴まれ、そのまま腹を押されて地面に向かって叩きつけられた。何が起きたか考える間も、そして背中に広がる痛みに呻く間もなく、膨大な魔力を帯びた利き腕を首につきつけられた。

「あとは呪文を呟くだけで、炎の上級魔法が発動するわ」

「…………参った、降参だ」

「よろしい。これで142勝13敗ね♪」



「……しっかし、よく木刀ぶん投げるなんて想い切った作戦に出たなー」

「生半可な戦法じゃ通用しないのは知ってるからね、あなたの意識外から攻撃することを念頭に入れたのよ」

「杖無し詠唱無しの紅魔族らしくない魔法といい、悔しいが今日は完敗だなー……」

「私もアステリアさんの師事した手前、も卒業してないないひよっこには負けてられないからね……負けると後が怖いし」

「あー…負けた13回とも後日みっちりシゴかれたんだっけ?」

「思いださせないで。想像するだけで吐きそうになるから」

「気持ちはわかるぞ、俺も魔法無しの勝負でアンタに負けたときシゴかれるから……とうの昔に現役引退したくせにシゴきが容赦ねーよな母ちゃん……」

闘いが終わって事前に用意してた一撃熊の薫製肉に食らいつきながら、俺はそけっとと先ほどの闘いの振り返りをしている。別に俺達は不倶戴天の仇敵同士といった関係ではない。響きは紅魔族的にアリだけど残念ながら違う。

そけっとは俺の母親に剣を習っていて、その縁で会うたび軽い手合わせをしている。俺もそけっとも生粋の修行オタクかつバトルジャンキーのためしょっちゅう山などで遭遇し、気がつけば闘った回数が魔法ありの闘いだけで100を悠に越えていた。格上との闘いは学ぶことが多いので、そけっととのバトルは非常に有意義なものである。

「そういやさ、トルネード撃ってからインフェルノの詠唱完了まで、上級魔法を連発したにしてはやたら間隔が短くなかったか?」

「ああアレ?あれは並列詠唱って高等テクニックでね、二つの魔法の詠唱を交互に行うの。普通より魔力を消費するし、制御も難しい上にちょっとでもミスったら両方とも不発になるリスキーな技だけど、メリットはご覧の通りよ」

「その高等テクニックを詠唱破棄でしたのか……ほんとアンタの強さには底がねーな」

「よく言うわよ……私もうレベル48よ?その私が魔法をフルに使ってるのに食らい付いてくるじゃない。しかも魔法無しの闘いだと勝敗逆転しちゃうし……」

「そっちこそ魔法無しの闘いでも素の身体能力で勝る俺に、剣技だけで食らい付いてくるくせによく言うぜ」

いくら母ちゃんに習ってるからって……まあ母ちゃんには魔法無しでも勝ったことないんだけど。かつて全世界にその名を轟かせた『白騎士』の肩書きは伊達じゃない。

「じゃあ明日も早いし、そろそろおいとまするわ」

「ええ、また闘りましょ」

そけっとと拳を合わせてから、俺は家へと踵を返す。ふと気になったことがあったので俺は立ち止まり、

「ところで……その辺でアンタを嗅ぎ回ってる奴は放っておいていいのか?なんだったら俺の手で処理しておいてやるが?」

振り返ることなく意味深に提案する。

「今は泳がせている段階だから結構よ。痺れを切らして行動したら、それ相応の対処をするわ」

「見くびって足をすくわれるなよ?そうやって鼠に噛み殺された猫を、俺は何人も見てきた」

「心配ないわ、噛みついた瞬間鼠は思い知ることになる……喧嘩を売った相手が虎であることをね」 

「フン……健闘を祈る」

意味深なやり取りをかわし、俺は再び歩を進める。うむ……この無意味に不穏なやり取り、我ながらまさに御手本とも言うべき紅魔族の別れ方だったな。ゆんゆんあたりはお気に召さないんだろうが。


ところであのニートは本当に何してるんだ?





 



次の日。


「ちょっとめぐみん!トイレはちゃんと決められた場所でしなさい!ほら、ここよここ!ここでシーするの!……そう、よく出来ました!偉いわねめぐみんは!」

「…………」

「めぐみんの食べ残し、ここに置いといたら臭わない?もっと日陰の方がいいよ」

「……………………」

「あーっ!もうっ、めぐみん!あちこち爪を研いだりしないでよね?そんな可愛い顔して首を傾げてもダメよ!ダメ……ああもう、可愛いなあ本物のめぐみんは!」

「ああああああああああーッ!」

「きゃーっ!?ニセめぐみんが急に凶暴に!愛らしさだけじゃなく、とうとう知性と理性も片割れに盗られちゃったの!?」

突如怒りに任せて机をひっくり返すめぐみん。誤解無きようフォローしておくが、別にめぐみんが変態プレイに目覚めた訳でも、めぐみんが二人に増えた訳でもない。

原因はめぐみんが学校に連れてきた黒猫。連れてきた理由は家に置いておくと妹に補食されそうだから。相変わらず逞しいなこめっこの奴は。

しかしぷっちんにペット(本人曰く使い魔)の持ち込みを禁止されためぐみんは、何をトチ狂ったのか黒猫を自分の半身と主張して強引に認めさせたのだ。そしてクラスメイトが悪ノリし、その結果こうなった。

「誰がニセですか!?こっちが本物ですよ!あちこちでめぐみんめぐみん言うのは止めてください!」

「ど、どうしたのよめぐみん!?めぐみんがあっちのめぐみんを片割れだって言ったのよ?知恵と理性のめぐみんと、力と野生のめぐみんなんでしょ?」

「めぐみんめぐみんめぐみんめぐみん、あちこちで私の名前を呼ばれるのは我慢の限界なのですよ!そいつに名前を付けてください!」

いきり立つめぐみんに、黒猫を抱いたゆんゆんは何故か悲しそうな顔になる。

「そ、そんな事言ったって、今日一日で既にこっちがめぐみんって事で定着しちゃったし……ほら見て、私にもようやく懐いてくれて、めぐみんを抱ける様になったの!……もういっそこの子じゃなくて、めぐみんの方が名前を変えた方が痛い痛い!」

ゆんゆん……そりゃ怒られるわ……。

「裏切り者!ライバルの名前が変わってもいいんですか!?と言うか今日一日だけで私が学校に入学してから今日までよりも、よほどめぐみんという名前が呼ばれてますよ!」 

めぐみんの言葉にクラスメイトが渋々といった表情で、

「せっかくめぐみんって名前がなんだか可愛く思えてきたのに……」

「ああー……私の可愛いめぐみんが、あんまり可愛くないめぐみんに……」

「おい、その喧嘩買おうじゃないか」

「そうだぞオメーら。確かにこいつは可愛いげの欠片もねークソガキだが、仮にも年頃の娘に畜生以下の魅力であるなんてつらい現実をつきつけてやるなよ。可哀想と思わねーのか無礼者共」

「一番の無礼者はあなたですよこのクソチビがあああああ!!!」

「オメーも大差ねーだろーが!」

めぐみんの温いラッシュを俺が軽くさばいていると、

「……のりすけ」

あるえがポツリと呟いた。どうやらこの猫の名前候補らしい。

「……ぺれきち」

更に他のクラスメイトが呟いた。

「ちょいさー」

「まるも」

「かずま」

次々と呼ばれるそれらの名前が気に食わないのか、ゆんゆんに抱かれた猫がくしゃみでもするかのように鼻を鳴らしている。次々と名前候補が上がる中、ゆんゆんが猫を持ち上げる。

「この子、メスなんだけど……」

「じゃあやっぱめぐみんでいんじゃね?で、こっちはパチもんに格下げっと」

「ぶっ殺」

再び殴りかかってくるめぐみんをあえて紙一重で避けて煽っていると、ゆんゆんが突然大声で、

「クロ!クロちゃん……!……とかど、どうかな。ほら、その、黒猫だから……」

「「「「…………」」」」

 それに辺りが静まり返る……うん、いつものゆんゆんだな。

「まあいいかもね。変わった名前で覚えやすいし」

「えっ!?か、変わって……!?」

うーむ……まあ、確かに残念なネーミングセンスだが、覚えやすいことは覚えやすい。それにゆんゆんに抱かれている黒猫も、心なしか満更でも無さそうな態度だな。

「では取り敢えずはこの、クロという変な仮名かなって事で。もし本格的に私の使い魔になる際には、もっとちゃんとした素敵な名前を付けてあげましょう」

「変!?ねぇみんちゃす、やっぱ私変なの!?この里の中で変なのは私の方なの!?」

「き、気にする必要はねーよゆんゆん……仮に俺が猫でそんな名前付けられたらビンタしたくなるけど、その……!あれだ!前衛的なセンスだと思うぜ!…………多分」

「全然フォローになってないわよおおおおお!!!」

ごめんなゆんゆん……俺、フォローとかスゲー苦手なんだ……めぐみんにした悪意あるフォローはわざとだけど。

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