第2話:紅と蒼の瞳②

【sideみんちゃす】


3時間目は国語の授業(2時間目は特殊な魔法についての授業だったらしい。興味無いんで俺は寝てた)。

「さて諸君。我々紅魔族にとって、文法や言葉というものはとても大切だ。何故だかわかるか?……めぐみん!我々紅魔族にとって、何故それらが大切か答えなさい」

ぷっちんの指名に、後ろのめぐみんが起立して答える。

「素早い詠唱、正しい発音が、魔法の制御に影響するからです」

「3点。ダメダメだな」

「さ、3点!?」

めぐみんはおそらく失意の表情で着席しただろう。この里の人間がそんなもっともらしい答えで満足する訳ねーだろ。

「次、ゆんゆん!正しい答えを言ってみたまえ」

「は、はいっ!古に封印された魔法の中には、古い文字が使われています。禁呪といった類いの魔法の解読には、それらの勉強が必要不可欠だからです」

「30点!禁呪だの封印された魔法だのといった単語は良かったが、それ以外がダメダメだ!」

「30点!?……30点かぁ……」

めぐみんの10倍じゃん、良かったなゆんゆん。ちなみに教卓ではぷっちんが、お前らにはガッカリだよとでも言いたげな感じに、深々と息をく。

「はぁー……こいつら本当にクラスの上位者なのか……?」

「「あっ!」」

自分が直接バカにされたわけでもないのに、やたらムカつく態度だな。暢気にそんなことをぼんやり考えていると、ぷっちんは俺の方に視線を移した。

「みんちゃす!これまでの汚名を返上する機会だぞ!答えてみなさい」

……面倒だし座ったままでいっか。

「知らんし興味もねー。やっぱ男たるもの拳で語り合うもんだろ」

「0点だ馬鹿者!もともと期待してなかったが、それにしたってお前にはガッカリだおぶぅっ!?」

「じゃあハナから指名すんなや」

少しカチンときたので机に置いてあった筆箱をぷっちんの顔面に叩き込む。

「きっさまぁ…!あまり調子に乗ってるといい加減本当に退学に-」

「二時間目にゆんゆん達から取り上げたプリン食いながら授業してたらしいけど、校長にバラしてもいいのか?」

「今回は不問にするが、以後気を付けるように」

清々しいまでの手の平返しに、クラス中のぷっちんを見る目が明らかに冷たくなる。そんな空気を誤魔化すように軽く咳払いしつつ、ぷっちんはまた生徒を指名する。

「あ、あるえ!紅魔族にとって、文法や言葉の基礎が重要だという理由は何か!」

クラスで三番目に成績のいいあるえが、その場に立つと胸を張る。

「爆炎の炎使いなどのような、おかしな通り名を防ぐため。そして……戦闘前の口上を素晴らしい物にし、場の空気を熱くさせるためです」 

「100点!そう、我々紅魔族の通り名などはとても大切な物だ。この俺にもちゃんとこの里随一の通り名がある。そして学校を卒業する頃にはもちろん、お前達も通り名を考えなくてはならないのだ。……よし、次の体育の授業でこの俺が見本を見せてやろう!」

「うわ、興味ねー…」

「黙らっしゃい!」

もっとマシなモデルケースねーのかよ…。



校庭とは名ばかりの、炎魔法で焼き払っただけの学校前の広場にて、ぷっちんがマントを羽織り、先ほどから雲を呼ぶ雨乞いの護符らしきものを焚き上げていた。そういや今朝登校してるときも煙が上ってたな……さっきは今思いつきましたーみたいなスタンスだったけどよ、これ絶対早朝から前もって準備してただろ。

空に浮かぶ雲が満足のいく大きさになったのか、ぷっちんは一つ頷くと、

「よし!ではこれより、体育改め戦闘訓練を始める!我々紅魔族において、戦闘の上で最も大切な物は何か。では……ゆんゆん!答えなさい!」

「わ、私ですかっ!?え、えっと、戦闘で大切な……。れ、冷静さ!何事にも動じない、冷静さが大切だと思います!」 

「5点!次、めぐみん!」

「5点!?」

あらら…ゆんゆんの奴、目に見えて落ち込んでら……だからそんな合理的な答えじゃ駄目だって。

「勿論破壊力です。全てを蹂躙する力!力こそが最も大切だと思うのです!」

「50点!確かに力は必要だ。十分な破壊力を持たないのであれば、確かに紅魔族の戦闘は成り立たない。だが違う!それではたったの50点だ!」

「こ、この私が50点……!?」

「私なんて5点だから……」

落ち込む二人にぷっちんはまたムカつくほど露骨にガッカリした顔で、地面に向かって唾を吐く。

「ぺっ」

「「あっ!」」

俺に向かってあのリアクションしたら、しばらくは飲み食いできなくなるまでボコろっと。なんてことを考えていたら、さっそくぷっちんが俺を指名する。

「みんちゃす!答えてみろ!」

「あー?敵をどれだけグロテスクに処刑するか、とかじゃねーの?」

「怖っ!?しかも戦闘じゃなくて処刑!?違うに決まってるだろ!」

頭を抱えてからぷっちんはまた、困ったときのあるえ頼みに走る。

「あるえー!お前ならば分かるだろう!その、左目を覆いし眼帯が似合うお前ならば、戦闘において最も大切な物が何なのかを!」

あるえは前に出てから、人差し指で眼帯を下から持ち上げつつ答える。

「格好よさ」

「100点だ!ようし偉いぞあるえ、スキルアップポーションをやろう!そう、格好よさ!我ら紅魔族の戦闘は、華がなくては始まらない!では今から、それがどういうことかを実演する。……『コール・オブ・サンダーストーム』!」

ぷっちんが何かの魔法を唱えると、海雲から青白い電光が見え隠れしだした。

腐っても凄腕アークウィザード。普段のダメダメさからは想像もつかない魔法の余波で、不自然な風が広場に吹き荒れる。

クラスメイト達が吹き付ける風の強さに髪を抑える中、ぷっちんは用意していた杖を取り出し、それを高々と掲げた。

「我が名はぷっちん。アークウィザードにして、上級魔法を操る者……」

名乗りを上げると同時に杖先に雷が落ちる。そしてぷっちんがマントをひるがえすと、それをなびかせるように風が吹いた。

「紅魔族随一の担任教師にして、やがて校長の椅子に座る者……!」

その口上とともに、再び大きな落雷が起こる。その稲光を背に、ぷっちんはその体勢のまま制止する。へぇ……なかなかさまになってるじゃねーか。ぷっちんにしては上出来だ。

「「か、格好良い!」」

クラスメイト達にも概ね好評の中、ゆんゆんだけが真っ赤になった顔を両手で覆い隠していた。

「は、恥ずかしい……っ!」

相変わらずゆんゆんの感性は変っつーか独特だなー……俺もよく変わってるとか言われるがこいつには負けるな、うん。

「よーし!それでは、好きな者同士でペアを作れ!そして、お互いに格好良い名乗りを上げてポーズの研究に励むのだ!」

お、サボりチャンス到来。

「ゆんゆん組もうぜー」 

オロオロと辺りを見回しているゆんゆんに声をかけると、ゆんゆんは小動物のような顔でトテトテとこちらに駆け寄ってくる。

「ふ、不束者ふつつかものですが、よろしくお願いします」

「いや、ペア組んだだけでそんな大層な……」

近い将来、確実に悪い男に騙されるよなコイツ……ちょっと声かけられたら誰にでも着いていきそうだし。

「めぐみん、組む人がいないなら私と組むかい?」

ちなみにめぐみんはあるえと組むようだ。普段からめぐみんと友達になりたがってるであろうゆんゆんは、ちょっと寂しそうに二人の方を見ている。相変わらず面倒臭いなコイツ……あとめぐみん、そんな親の仇を見る目であるえの胸元凝視しても、悲しい現実は変わらんぞ。

「いいでしょう。私の調べた統計学に照らし合わせると、あなたは将来凄腕の大魔法使いになる可能性が高いです。ならば今ここでどちらが上か決めておきましょう」

「そ、そんな事が分かる統計学があるのっ!?」

律儀にツッコむゆんゆん。いや信じるなよ……どうせ大魔法使いは巨乳が多いとかそんなんだろうから。そしてめぐみんは格好良いポーズの研究で何を白黒つけるつもりなのか。

「よーし、ペアが決まったらそれぞれ各自始めていけ」

ぷっちんの号令とともにそれぞれのペアが各々のポーズを繰り出していく。

「よっしゃそれじゃあ……俺が暖かく見守ってやるから、頑張れゆんゆん」

「私だけやるの!?」

「俺もう専用の名乗りもポーズも考えてあるし。それにこいつはここぞというときまでとっておきてーし」

「そ、そうなんだ……」

チョロいゆんゆんはあっさり納得したが、勿論嘘だ。こうしてゆんゆんが何故か恥ずかしがりながらポーズを模索していく様子を、面白おかしく見守りながら時間を潰すって寸法だ。


「せ、先生ー!雨が!雨が降ってきて……って言うか、土砂降りなんですが!先生の格好良いところはもう見たので、この雨を止めてくれませんか!?」

「校長先生が大事に育てていたチューリップが流されてますよ!」  

「い、いかん!しまった、そう言えば今日は魔力の源たる月が、最も高く昇る日……!抑えられていた俺の魔力が溢れ出してしまったのか……!ここは俺が雨を収める!俺の事はいいからお前達は早く校舎の中に…」

「それっぽいこと言って誤魔化してんじゃねーよ!?後始末までちゃんと考えとけやこのダメ教師が!」

まあそんな俺の計画は、バカ教師の不始末のせいでおじゃんになったのだが。さっきの俺の関心を返して欲しい。



あのあとぷっちんは自身の失態を、里の片隅に封印されている邪神になすり付けることで隠蔽した。教師達は雨の制御のため午後の授業は全て自習になった。密かに校長の座狙ってることと言い、何もしなくても勝手にゆするネタが増えてくなー…。

午後は大半の生徒と同じように、図書館で暇を潰すことに。とりあえずマイフェイバリット小説『ポチョムキン男爵』の最新刊でも借りようと思ったが、生憎ただ今貸し出し中であった。しかたなく他に面白そうなら本を物色していると、『魚類とだって友達になれる』という本を食い入るように読んでいるゆんゆんがいたが、この状況で声かけるのは面倒なので見なかったことに。

再び本棚を物色していると、『爆裂魔法の有用性』というタイトルの本を、ゆんゆんと同じかそれ以上に熟読しているめぐみんを見かけた。

「…………」

少し思うところがあってそれを眺めていると、望んだ答えが得られなかったのか、めぐみんは肩を落としつつ本棚へと押し込む。そこで俺の視線にきづいたようで、めぐみんはその状態で固まった。

「み、みんちゃす……いつからそこに……!?」 

「よ。随分熱心に読んでたじゃねーか」


俺の推測が正しければ、こいつはほぼ間違いなく爆裂魔法を習得したがっている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る