第2話 死神と必中の槍

あの日の事を覚えている。


能力を制御する方法も知らず、どんな事が出来るのかも分からない小学生の頃、学校の帰り道に俺は誘拐された。


黒い覆面の大人達に口を塞がれ、目隠しをされ、ロープで拘束されながらワゴン車に乗せられていく。



ゼーレには兵器にすらなり得る強大な物も存在する。


それを本人の意志とは関係なく行使させようとする者がいるのも必然的だろう。


俺の能力に価値を認めてくれたのは嬉しいことだが、全く迷惑なことをしてくれたものだ。


気が付けば、薄暗く、衛生的とは言えないコンクリートの建物の中にいた。


そこで俺は救出される前に1人で自分以外の人間をまとめて殺した。


血は流れなかった。


ただ、骨1本残さず血の一滴も流さずに恐怖を与えながら殺した。


そう、一人として残らず…………


そして時は残酷に流れた。



このガキに恨みはない。


何をしでかしたのか、どんな価値があるのか、殺害により何が変わるのかは分からない。


が、そんなのはあってもなくても関係ない。


俺はただ生きる為に殺すだけ、喰うか喰われるか、それだけだ。


幸い大した戦闘能力は持ってないらしい。


避けるのに精一杯でろくに仕掛けても来ない。


あいつらからは簡単な仕事だと言われたが、その通り全くたいしたことはないようだ。


脚でアスファルトを蹴り、体勢を整えようとする少年の胸部に狙いを定め、槍の先端を突き出す。


「貰った!」


毒々しい色の槍が少年を穿つ。


はずだったが、それを阻むように何かがそれに衝突し、高い金属音が鳴る。


弾かれた槍を手でしっかりと握り直し、少年の方を見ると、少年が手にしていたのは鎌だった。


どこからともなく現れ、いつの間にか手にしていた。


柄が長く、少年の腹から胸ぐらいまであり、刃もそれに伴って大きく伸びている。


禍々しくもあり、宝石のように美しく輝いているようにも見える。


それに触れれば、吸い込まれてしまいそうな純粋な漆黒の鎌。


「ハハッ、おいおい、何だよそりゃあ、何の冗談だよ、お前死神か何かだったりするのか?農家だったらもっとちっこいの使うだろ?」


「そうだな……その奇天烈な槍が何なのか教えてくれたら答えてやろうか。その槍ただの鉄棒ってわけでもなさそうだしな」


両者共に睨み合い、緊張が走る中、槍の男は槍をクルクルと回しながら口を開く。


どことなく楽しんでそうな雰囲気を感じる。


「面白え、今の俺はちょっと面白いもんも見れたし気分がいい、答えてやるのも一興だ。こいつはゲイボルグ、皆ご存知、とはいかなくても聞いたことくらいあるだろ?正真正銘伝説上の武器ってやつさ」


『ゲイボルグ』、それはケルト神話における英雄、クー・フーリンが持つ怪物の骨から作り上げたと言われる槍。


それは穿てば必ず相手を殺すというまさに必中必殺の槍。


だがそれはあくまで伝説上の物であり、言わばお伽話と変わらない、空飛ぶ城や翼の生えた馬と同じように実在しない物だ。


それが何故街中は夜でも明るく人に溢れる今時で最先端なこの街でお目にかかる事になるのだ。


更にはそれと刃を交えなければならないのだ。


それが和也にはまるで分からなかったが、それは今考える余裕がないので思考は止まった。


「この世の中ってのは結構不思議な物で溢れ返っててな、作り話の中にそこそこ本当の話が混じってんだよ。まあ正しくは本当の凄い話がどっからか漏れ出て伝わって作り話と混合されるんだけどな」


槍の男は槍をクルクルと回して遊びながらやや自慢気に説明する。


この金髪の言っている事に信憑性はない。


だがここで尻込みしてても流れがこちらに向くはずもない。


ならば動き出すのが最善の一手と考えて良いはずだ。


足を踏み出し、鎌を強く握って走り出す。


すると金髪の男も走り出し、ジャンプしたかと思うと、上から勢いよく槍を振り降ろす。


それを柄で受け止める形で防ぐと、高い金属音が鳴り、小さな火花が散る。鍔迫り合いのような形で2人の動きが止まる。


「ガキの癖になかなかやるな、動きにセンスがある。何かそういう経験があったりするもんなのか。例えば…そうだな、とか」


和也は少しだけ沈黙したが、すぐに口を開き、変わらず落ち着いた声で答える。


「そういうのは殺し合う相手とする会話じゃねえよ」


「ハッ、そりゃあそうだ。ナメてかかるのはやめだ、こっからはちょっとばかし本気でいかせてもらおう。俺は敵にチャンスを沢山与えてやる程優しくはない。なに、すぐに決着は付くさ……一撃当てりゃあ十分だからな」


動かしていないはずなのに鎌の槍が当たっている部分に強い圧力がかかり、間合いを調整されるように体全体が何mか押し戻される。


まるで遊んでいたような笑っていた顔が引き締まり、獲物を狙う獣のような睨む目つきへと変貌していた。


金髪の男は槍を地に突き立ててブツブツと何かを呟き始めた。


うかつに手を出せずに近づく事が出来ない。


ほんの10秒ほどすると槍を逆手に持ち、まるで野球のピッチャーのように大きく足を広げる。


そして槍は紫のオーラのようなものを纏っている。


ここで今動かなければいけないと思った。


そして、後ろへ下がれば串刺しになるのを感じとった。


「狙うは必中……放つは一撃……穿つは必殺……我が敵を喰らえ!ストライク・ボルグ!」


もちろん本やネットの情報、つまり本物のゲイボルグなどこの世に存在するはずがないという前提条件下のものによるとゲイボルグの使い方の1つに投擲というものがあるらしい。


ゲイボルグというものである以上、投擲であろうとも投げれば当たる、そして相手を殺すというのは必然だ。


さっきガキに言った通りこれは正真正銘必中必殺の槍ゲイボルグだ。


当然当たればこいつは殺される。


そして当たらない訳がない。


必中、文字通り必ず命中するのだから。


本来ならこの少年はゲイボルグである確証もそうでない確証もないにしろひとまず回避やら防御に専念する事だろう。と、この槍の所持者、金髪の男は考えた。


だがこの少年は思考とは全く真逆の行動を取り、走り出した、真っ直ぐ金髪の男に向かって。


ゲイボルグを放ったにも関わらず。


何か策があるのかもしれない、しまったと思っても既に槍は手の中にはない。


そして、ゲイボルグが少年の心臓を穿ち、確実に貫通した。


肉を貫通する音をたて、綺麗に突き刺さった。


避けられないと思い血迷ったのか?やはり経験も少ない未熟な若芽か。


と思い、ついホッと安堵してしまった。


まだ心の中でガキだとナメていた。


「うおおおおおおおあああ!」


なんということだ、飛んできた槍の勢いに身体を仰け反らせながらも足を踏み締め、胸にゲイボルグが刺さったままこちらに向かって来る。


普通気力だけで立っていられるはずがない。


咄嗟に体を動かそうとするも、体が投げた反動で硬直したかのように動かない。


この技はそう何発も連発出来ない。


理由は単純、打つまでに時間がかかるのと、打った直後は少しの間動けなくなる、そういう技だからだ。


だが普通なら刺されればそれ以上は少なくとも刺した相手からの反撃はない。


それ故負担が大きくとも、連発出来なかろうと問題はない。


それが当然だったのでこれはこの男にとって初めての出来事だった。


それ故対応が出来なかった。


「チッ、クソがぁ!」


「お前は、いや、お前達は情報収集が足りなかった。当然こちらも一応情報の漏洩は対策してあるがな。間抜けだよ、俺と相性が果てしなく悪いのを送ったんだからな」


振り下ろした真っ黒な鎌が風を斬り、刃が男の胸から腹にかけてを大きく斜めに切り裂く。


「ぐ…ぐああああああ!」


鮮血が散り、男が何歩か下がりながらうずくまったのを見ながら胸に突き刺さった槍を抜く。


どうやら直前に少し後ろに飛び退ったようで、手応えが弱い。


が、一応はそれなりに傷は負わせられたようだ。


男は痛みを堪えながら問いかける。


「ハア…ハア…何故だ、何故刺されて生きていられる…?」


「言ったろ、相性が悪いって。ふん、あいにくと今は買ってきた食材が心配だし服に穴が空いてて気分が良くないから教えてやれねえな、自分で考えろ。答え合わせなら色々聞き出した後でしてやる、安心しろ」


金髪の男が和也の方を見上げると、服の胸の部分が露出していて、そこから肌が覗く。


が、ゲイボルグが刺さっていた胸に風穴が開いていないどころかえぐれた傷の1つもない。


何事も無かったかのように。


和也は槍をヒットを打ったバッターのように無造作に道に放り投げると、


「さてと、死にたくなきゃあれこれ吐いてもらおうか。なに、こちとら無闇な殺生は好まないタチだから安心しろ」 


少なくともまだ殺すつもりはない。


今後脅威になりそうだが金髪男の持つ情報と事情、内面を覗いてからでも遅くはないし、俺は無闇に人を殺めるサイコパスでも殺人鬼でもない。


うずくまった金髪男にゆっくりと近づく。


が、その瞬間視界の隅で男に向かってどこからか球状の物が投げ込まれるのが見えた。


その中から出たと思われる煙が広がって煙幕が張られる。


「クソ、仲間がいたか」


毒を警戒して反射的に後ろへ飛び退る。


が、少なくとも毒性はないことに気づく。


そもそも、そんな物をあの男が吸ったらひとたまりもないだろう。


となると、逃げるための物か。


煙幕が晴れて視界が回復してきたので辺りを見渡すと、遠くで人を担いで走る人の姿が見える。


あれでは一般人の走るスピードではない、俺じゃたとえ車を使ってでも到底追いつけないだろう。


道路を見るとご丁寧に俺が投げ捨てた槍まで回収されていた。


どうしたものかと考えていると、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえる。


一般人に見られたかどうかは分からないが、ここは撤退が吉だろう。


「………………ふぅーっ!危っぶねえ、なんとかまだ生きてるな!死ぬかと思った!」


へたれこみそうになるのを抑えて真っ黒な鎌を消し、買い物袋を拾って穴の空いたシャツの胸の辺りを隠しながら足早に家を目指す。


そういえば何故俺はあんなに冷静に戦いながら話せたんだろう。


そう思ったが、とにかく今は謎の達成感と生きることへの実感に胸がいっぱいで、走りながら自然と笑顔になっていてそんな心配は消え去っていた。




「俺は助けてくれだなんて一言も言ってねえぞ」


無様に女性の左脇に抱えられながら男は喋る。


「ああでもしなけりゃ今頃どうなってたか分からないでしょ。全く、変わらないわね、あなたは」


全身黒のスーツやらマスクやらで覆われた女が脇を絞めながら答える。


「ギブギブ、分かった。ありがとうよ」


「抜け駆けなんかするからよ、もう少し命を大事にしなさい」


「戦いで死ぬんなら本望だよ俺は」


「取り敢えずそれだけ元気なら死なないわね。病院に連れてくのもアレだしこっちで治療してあげるわ。幸いそこまで傷は深くないみたいだし」


「深くないっつーか、あんまりスパッといってないっつーか。下手に斬られたからその分余計に痛てーなこりゃ」


「相手も戦い方は下手だけどそれなりにやるみたいね」


すっかり暗くなった街を槍と男を抱えた黒ずくめの女が風と一体になるかのように左脇に男を抱え、右手に槍を掴みながら誰の目に止まることもなく建物の上を伝って走っていく。

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