第二十一話

 部屋に通されてやって来たのは60代ぐらいの男。白髪交じりの髪をオールバックに固め、口元にはカイゼル髭が蓄えられている。顔つきは相応のシワも刻まれ老人といった体だが、背筋は真っ直ぐに伸び体つきもがっしりとし、若々しい。

 セバス・スチュアート。代々カーネラ王家に仕える執事の家系の出身で、現国王の執事を務める。そしてこの『セバス』という名は、スチュアート家の男で一人前になった者のみが名乗れる、名であり称号。

 目の前のセバスもまた現国王が幼少の頃より仕え、時に剣と成り盾と成り尽くしてきた。そのため服の下には、数え切れないほどの傷が刻まれているという。

 この人の事は俺でも知っている。カーネラ王国の知識を詰め込んでいる時に、よく目にした。


「セバス、お父様がグレンに興味を持ったのは迷い人だから?」

「はい、その通りでございますシア様。ジョゼ様も大変興味を持っておいででした」


 王族を愛称で呼べる執事。噂に違わぬ人らしい。それだけ信用・信頼されているという事だからな。


「お母様まで……相変わらず耳が早い。言っておくけどグレンはそうゆうのじゃないわよ」

「それは勿論、このセバスを含め皆様方が承知しております」

「はぁ、分かったわ。ただし、グレンは私の部下よ。引き抜くのはでも許さないわ」

 うん?これはもしもの時は王様と争うという事か?あれか?私の為に争わないで的な?


「ありがとうございます。それではグレン殿参りましょう」


 ここで初めてセバスに視線を向けられた。


「へ?あ、はい」


 うわぁ。一瞬、ほんの一瞬殺気を向けられた。

 気付かない振りをして返事したけど……行きたくないなぁ。めっちゃ嫌な予感がするんだもの。


「グレン、相手はお父様。この国の王よ。くれぐれもバカな事はしないでね」

「殿下は付いてきてくれたりは……」

「申し訳ございませんが、グレン殿お一人を連れて来い、との事なので」

「だそうよ」

「……そうですか」


 セバスに殺気を向けられたという事は、確実に歓迎されてないよな。

 あ、でも確認と言う意味もあったのかもな。ある程度の報告は行ってるんだろうから、その通りの人物かどうかの。

 どちらにせよ、行ってみないと分からんか。上手く事を運べれば強力な協力者を得られるかもしれない。いっちょ気合い入れて行きますか。

 とは言え、この有無を言わさず連れていかれる感じは子牛の気分だな。ドナドナが流れている気がする。






 姫様の屋敷から城までは遠くは無い。目の前が城壁だからだ。

 城門を通ると広い庭が広がり、中央の通りは城の玄関口へと続いている。

 ちらほらと警備・警戒の為の騎士や兵士の姿が見える。場所が場所という事もあって、皆強そうだ。

 庭もただ広いばかりでは無く、感覚を研ぎ澄ますと至る所にあるオブジェなどから僅かに魔力を感じる事から、防衛機能もしっかりとしているようだ。

 庭の造りを十分に把握しながら、城へと至る馬鹿デカい階段を上り、扉を抜ける。


「はぁ~……」


 これが生きた城か。

 世界遺産などの城は、見た目煌びやかで絢爛でもどこか灰色がかっていた。当時は自身の感性を疑っていたものだ。

 だが、今なら分かる。城はそこで生きた人間が生活して初めて生を得る。

 勿論、装飾なども煌びやかに輝き綺麗だ。しかし何より、城そのものが鼓動し、建物が生きている。その様のなんと美しい事か。


「グレン殿、こちらです」

「はっ!す、すいません」


 セバスの声で我に返る。本当に我を忘れ、見惚れていた。

 慌てて彼の方を見ると、口元には苦笑が浮かんでいた。なんか恥ずかしい。

 でもヴィクトリアなら冷たい視線だったはず。そう思うと、なんか嬉しい。

 歴代国王の姿が描かれた絵画が飾ってある長い廊下を、メイド達の視線と彼方あちら此方こちらからの姿なき視線に晒されながら歩く。そう言えば朝からずっと居た監視、城壁から中に入って来なかったな。姫様の屋敷周辺限定か?

 やがて金属製の大きな扉の前まで来る。この辺りは不自然に人が居ないな。姿なき視線も、ここにたどり着く頃には全部無くなった。意図的な人払いだろう。


「こちらの謁見の間にて陛下がお待ちです。作法は?」

「さ、作法は大丈夫です。で、ですが、執務室とかではないので?」

「少人数なのですが、陛下の他にあと数人の方がいらっしゃいますので」


 ホントだ、5人ぐらい人の気配を感じる。なかでもめちゃくちゃ強そうな気配が二つある。

 マジでボコられるのかも。娘に近づくな的な感じかな。


「では、参りますよ?」

「は、はぃぃ」


 金属製の大きな扉がゆっくり開かれる。

作法通り玉座に座る王様の前まで進み、跪く。


「面を上げよ」


 そんな声が上から掛かる。


「はっ」


 言われた通り顔を上げる。

 これが≪賢王≫か。

 まさしく王様だ。思ったより派手では無いものの、金銀などの意匠があしらわれた衣装に身を包み、玉座の腰掛ける様は見るものを惹きつける。野性味のある顔をしているがその目には知性を宿し、纏う雰囲気には高いカリスマ性を感じる。

 その隣に居るのは王妃様だろう。40代前後で、どこか姫様の面影がある。そして何が面白いのか、その表情はとても楽しそうだ。何かを堪えるようにウズウズしてるのも気になる。

 そんな玉座のある場から数段下りた所に居る3人の男。


「そなたがグレンか?」

「はい。私が迷い人であり、先日マフション商会よりアリシア殿下に引き抜かれた、グレン・ヨザクラ本人で間違いありません」


 一人は槍を携えた屈強な男。この場で一番強いのはこの男だろう、俺を除いてだが。ただこの世界で会った人の中では、間違いなく最強クラスだ。

 そして何より気になるのは持っている槍。魔力を感じたりと不可解な部分はあるが、その装飾は知っている。実用性を落とさないように適度に施されたその装飾は、ヴィクトリアの持つ槍と細部こそ違うが同じ。という事は彼女の父である可能性がある。顔つきなどは似ていないが、どことなく固そうな雰囲気が似通っている。


「セバスよ、報告を」

「畏まりました」


 その隣には、豪華絢爛な衣装を纏う太った男。衣装だけ見れば如何にも貴族と言うていだが、この男の様子はどことなく疲れているようで、目の下にも隈が出来ている。苦労人といった雰囲気を醸し出し、隠しきれていない呆れた表情が窺える。


「グレン・ヨザクラ。22歳。髪も顔も、女と見紛う程に長く整っているが、紛れもなく男。王都エヴェリン入りは一ヶ月程前。魔物か何かに襲われ瀕死だった所を、Aランク冒険者パーティ【麒麟の角】及びその護衛対象だったマフション商会会長に助けられ、その際この世界に関する知識がゼロだった事、黒髪・黒目だった事から迷い人と思われ、迷い込んだのもその頃と思われる。アリシア殿下も王家の言い伝えを踏まえ同様の判断を下し、目を付ける。目覚めて以降はマフション商会で働き、その傍らこの世界の事を学ぶ。一週間も経たない内に商会での仕事を把握し、人心も掌握。そして三週間前後で常識や基本知識、文字などを完璧に覚えるほど頭脳明晰。また魔法に関しては【麒麟の角】メンバー≪暴風姫≫に師事。彼女とは親密な関係である様子。そして遂に昨日さくじつ、以前より目を付けていたアリシア殿下より引き抜かれ、異世界の知識含みその高い能力に期待が掛けられている。しかしその際、ヴィクトリア殿と諍いの後に取引を行い、三ヶ月以内に何かしらの成果を上げなければならぬとの事。なお戦闘面に関してはからっきしで、下手したらその辺りの子供にも負ける程との事。……以上が報告の全てにございます」


 調べられてるな~。表向きの部分は完璧じゃん。ある程度は予想してたけど、こうやって目の前で一から挙げられると怖いな。

 怖いと言えば最後の一人もそうなんだよな。

 太った男の隣に立つローブ姿の男。フードを被っているのだが、何故かその顔の部分は黒く塗り潰されたかのようになっており顔立ちは分からない。恐らく魔道具の一種だろう。動きを妨げる事の無い体にフィットしたローブの為、骨格で辛うじて男と分かる。

 槍の男に迫る強さのようだが、そのローブのせいで不気味さに拍車がかかりこの場で一番怖い。……怖いのだが、どこか目を離せない雰囲気を持っている。知っているような、懐かしいようなそんな雰囲気。


「ふむ。ご苦労。さてグレンよ、儂に仕える気はないか?」


 なんだ?


「申し訳ありません」


 妙な違和感を感じる。


「金か?地位か?女か?好きな物をくれてやるぞ」

「今は殿下の役に立つ事が私の喜びですので」


 断られると分かって聞いているような、何かしらの展開に持っていきたいが為に遠回りしているような、そんな口調。言葉に重みが無い。


「そうか。ではそなたにはここで死んでもらう」

「は?な、なぜ?」


 そしてなぜこんなにも楽しそうなんだ?人を殺すことを楽しむというモノでは無く、これから起こる事が楽しみでたまらないと言った風な態度。

 その瞳はまるで。王妃様もその表情はワクワクといった色に染められている。


「大事な娘に近づく男を排除するのは、父親として当然であろう」


 それは当然かもしれないが、言葉が薄っぺらい。父親ならもっと……父親?

 その瞬間、頭の中で急速にパズルのピースこれまでの情報が組み立てられていく。


「……ほう。そういうことか」

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